3-8 勝利の行方

「………音が攻撃だってんならッ……単純に……聞かなきゃいい……………ただそれだけだッ!」

 イオの叫びは昏倒しかけているアンヌには聞こえなかった。意識を保っているだけでも精一杯の音。どんなに集中してもその音がアンヌの意識を阻害し、どこかへ追いやってしまおうとする。


 魔女であるアンヌでも耐え切れない。

 それが常人のイオなら尚更の事。


 そのはずなのに―


 イオは真っ直ぐ立って敵へ向かっている。

 平常でないのは分かった。顔には無数の汗粒が浮かび、浮き出した血管がぴくぴくと痙攣している。それでも立って歩いていることに変わりはない。


 我慢、根性。そんな言葉がアンヌの頭を掠める。しかし、そんなはずはない。いくら根性があろうとも肉体には限界があり、現象には摂理がある。ギリギリのところで踏ん張っているアンヌだからこそそれが分かる。


 なら、どうして―

 薄く開けたアンヌの目が、イオの手からはらりと落ちる一枚の紙切れを見止めた。

 スローモーションのように宙を舞う紙片。


 !?― 一瞬であらゆることが頭を駆け抜けて行った。彼女は自分で噛んだガムを耳栓にしたのだ。弾性が弱く、形状が不定なガムは個々の耳にしっかりフィットする。粘着力も隙間を防ぐ大きな手助けになる。防音性はかなり報償できると言えた。


 先ほど、口をもごつかせていたのは自分への助けを求める為ではない。ガムを噛んでいたのだど気づいた時、アンヌは純粋に―馬鹿ッ―と思った。


「って……聞こえてるか分かんねぇけどよぉぉッ」

 イオはそう言い終えると歩くのを止め、地面を蹴った。


「聞こえなきゃこっちのもんだぁぁぁぁぁぁッ!」


 ローズはブラッディメアリーを振りかざし、正眼に構えた。間合いまでは数十メートルも無い。リーチが長い分、イオの優勢は圧倒的である。この状況、カノンが対応できる見込みはない。

 しかし、アンヌは何故か不穏な物を感じた。彼女の必死さの裏には何かがある。


 何かを証明する為、何かを忘れる為に戦っているような気がした。そこに勝ちたいという純粋さは無く、心の濁りや迷いがある。

 そんな戦い方はいずれ身を滅ぼす。

 今のイオにはその危険性がある― ボロボロになりながら進むイオにアンヌの鼓動が早まっていった。


 振り絞るという言葉はこの時の為にあるのだとイオは感じる。

耳栓をしてもやはり音はがんがんと頭を打ち鳴らす。それでも直撃を受けるよりは幾分マシだと思うように努めた。

 絞り出す、斬獣刀ブラッディメアリーを振り上げるだけの力を。振り上げてしまえば、あとは重力に任せ、打ち下ろせばいい。


「ぬぅぅあぁぁぁぁあああッ!」

 全長50m、鉄の刃が上空へ振り上がる。


 と。

 ずるッという肉が裂けるような感覚がイオに伝わって来た。彼女は関係ない、と言う風に太刀を振り下ろした……つもりだった。


 虚空がカノンのオーッキドを掠めた。

 降ろされたローズの二の腕から先が綺麗になくなっている。千切れた人工筋肉ソフトアクチュエーターからは真っ赤なジェルがドクドクと血の如く溢れていた。


「えっ………」


 間抜けな声を上げたイオ。

 彼女の視界がゆっくりと沈んでいくのはそれとほぼ同時であった。

 みるみる地面が迫り、前倒しになりながらブラッディローズは地面に伏した。スクリーンがブラックアウトする。


 音は止んでいた。

 アンヌにも最初訳が分からなかったが、涙と鼻水を腕で拭い計器を見て初めて理解した。

 両腕、そして両ひざ、全ての関節が破損し、それらを繋ぐソフトアクチュエーターが千切れ飛んでいる。


 カノンからはその様子がよく見えていた。

 赤いジェルが作り出した血だまりの中に、四肢をもがれ転がるブラッディローズを見れば、誰しも敗北と言う文字を思浮かべるであろう。

「………はぁっ……」

 それを見ながらカノンは安堵の溜息を吐いた。



「な、なにが………」

 イオにしてみれば痛みも無く、十分体も動かせる。

 慌てた彼女は耳栓をむしり取る。

 アンヌへ訳を尋ねようとするのを、大門の声が遮った。



『ブラッディローズ、行動不能。勝者はオーキッド』



 せめて、自分がなぜ負けたのか知りたかった。

 未だに状況を掴めていないイオをアンヌの物憂げな視線が見つめた。


 ため込んでいた不安や緊張感がイオの中で弾けていく。

「あたしは………あたしはまだ戦えるんだぁぁぁぁぁぁッ!」


 絶叫は円形のコックピットの中でしばらく反響していた。



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