3-7 奇策?

「敵に秘密がばれた。多分」

 それまで黙っていたユキが口を開き、カノンは一瞬だけユキの方を見た。


 郎蘭土 カノンが操るアイアンメイデン―オーキッド・グランツィオーソのコックピットはイオのローズとは大きくかけ離れた形状をしていた。


 初見でそれを巨大ロボの操縦席と判断するのはあまりにも無理がある。

 部屋1つ分ほどの大きさを持った円形のホール。少しせり上がった壇上には上からスポットライトが当てられ、黒光りするグランドピアノが置かれている。そこにユキが座り、並ぶようにしてカノンが立っていた。

 ホールを囲うようにして投影されたスクリーンが無ければ演奏会のようである。


「元から隠していたつもりはありません」

 カノンはそう返すと、スクリーンに映ったイオのローズを見た。地面に這いつくばるその姿は恐らく、音域から逃げ出しているのであろうが、カノンは構わず演奏を続けた。


 カノンにしてみれば、攻撃の仕組みに気づいたかどうかはさほど重要な問題ではない。

 特定の場所にしか聞こえない音。

 一般的にはパラメトリックスピーカーと呼ばれるこの技術は決して珍しい物ではない。


 実際の音量と人間が感じる音には大きく隔たりがある。同じ音でも周波数や環境によって感じる音は変わって来る。

カノンの奏でるヴァイオリンにユキがピアノから発生させる超音波を重ね、肩のスピーカーから放出。例え、ヴァイオリン程度の音でも周波数を変調させれば、人間の耳を破壊するだけの音量になってしまうのだ。


 ぶつかった二つの音は、僅か前方、4kmと左右100mの範囲と言う高い指向性を持って可聴域に現出。対象の範囲に限定し、耐え難い轟音を与える。


 こんなことが分かった所で一体何になる。


 問題は敵が音を前方にしか放出できないと思い込んでいるか、どうかであった。そう思い込んでさえいれば、初心者の自分達にもやり様がある。

 それに、最後の布石もすでに打ってある。考えが頭を過ると同時にユキがフォローした。


「効果はまだでてない」

 ユキは鍵盤状のキーユニットを弾き、計測値らしきものをスクリーンへ表示。


「もう少し、あともう少しだけ時間を稼ぎましょう」




 そして


 敵は自分の読み通りに動いてくれた。


 前方への攻撃が無理ならば、後ろ、当然の行動だ。弱点を見せたようで、実はそれが行動を制限してしまう、故に予測しやすい。


 敵―イオは自分をだましたつもりであろうが、彼女は知らないのだ。

 パラメトリックスピーカーが背面にも、それも前面の倍以上展開されていることを。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ドンッ。と言う音。それは衝撃波にさも似たり。


 鋭く全身を突き刺してくる絶音を至近距離で受けたローズの身体は最初、突風を受けるようにして仰け反っていたが、数秒も耐え切れず、両の足を地面から離さざるをえなくなった。


ローズが宙を舞っても、音は止まなかった。二打目とでも言うべき、音の暴力がローズの身体をくの字に変形させ、激しくぶっ飛ばした。


摩擦で蒸発した空気が作り出した、何重にも重なる輪が音の大きさ、あまりにも軽そうな吹っ飛び方が衝撃の強さを物語っている。

 数百メートルほど吹き飛ばされたローズは再び地面とキスをする羽目になった。


 当たり前と言えば、当たり前である。

 そんな死角を作る必要などない。音響攻撃、ほぼその一点を主兵装としているオーキッドがそのような致命的弱点を作るわけがないのだ。

 戦いの初心者かどうかなど関係ない。幾多の天才が集結し作り上げるアイアンメイデンの性能の差だ。


 そしてそれを見抜けなかった自分は流石に甘すぎる―アンヌはそれが最早音ではなく断続的な耳鳴りに変わった事を全身で感じながらそう思った。


 イオはもう立てない。しかし、後悔などはない。むしろ、ここまで戦った事にアンヌは関心を覚えていた。彼女の見込みでは、もう少し早くギブアップすると思っていたが、イオは耐えて、戦った。初戦のような暴走もない。


彼女は十分やった。

次は必ず………

敗北を悟ったアンヌの思考はゆっくりと昏倒して行った。




 全身を打撲したような痛みにのたうち、イオは地面に倒れ伏していた。


 体は勿論の事、音をダイレクトに受けた両耳からは血が垂れ落ちている。今までとは全く違った痛みだった。耳の奥を刺してくる今までの物とは違い、グワングワンと広がる鈍痛。


 辺りの音が必要以上にくぐもり、ボゾボゾと雑音に聞こえて来る。

幸い、破れてはいなかったものの、鼓膜は大きく傷付いていた。

 胸が圧迫された衝撃で、途端に胃の中の物が逆流してくる。


 押しとどめるだけの筋力が彼女に残っているはずもない。


「うぶぇぇぇえッ」

 構わず吐いた。戦闘前に食べた携帯食料が胃液と混ざり、黄色いドロドロした液体となってレゴリスの上に広がっていく。


 イオの心にはそんな痛みを掻き消すほど強い感情が湧いていた。

 やってしまった―うつ伏せになったイオの視線が穢れたレゴリスを見つめる。

 

 やっぱり、才能なんてないんだ―

 でもそれは―

 嫌だッ―


 またやってしまったという後悔、敗北が才能を否定してしまうという恐怖、その二つが混ざり合って胸の奥で重くつっかえて来る。

 なんだこの感情は―


 固く拳を握りしめると床を強くたたいた。

 胸に滞留したその感情が一刻も早く、立ち上がれと囃し立てる。

 膝を付き、太ももに力を込める。もっとも、込められるだけの力などほぼなく、単に姿勢を保ったに過ぎなかった。


 しかし、そんな必死に抵抗もあっけなく遮られた。

 また、あの音だ。


「うあぎゃあぁあぁあああああッ!」


 骨が軋み、肉が震える。

 安直にも死を選んだ方がマシだと思える苦痛。

 昏迷していたアンヌも叩き起こされ、それでもイオが立とうとしている姿に、思わず息を呑んでしまった。


 もういい、もういい―なぜここまで彼女は立とうとしているのか、アンヌには分からなかった。その姿は単純な負けず嫌いには見えない。もっと何か別の要因がそうまでさせているような気がした。


 イオが何かを叫んでいる。

 絶叫ではない。もごもごと口をしきりに動かし、自分に何かを言おうとしていた。頭を読まなくても分かる。彼女は助けを求めているのだ。そうに違いない。


 胸が痛む。

 年端もいかない少女が自分に助けを求めている。なのに聞き取れない。それどころか、助けに行くことも出来ない。


 体力、精神力が限界に達し、どうしてやることも出来ないこの状況に不甲斐なさを感じかけ、アンヌは止めた。


 必要以上の同情は止める。それはアンヌがイオとジェミナスになる時、決めた事だった。無論、その考えに至った理由はある。しかし、胸にある痛みを理性で押し殺そうとしても目からは涙が滲んだ。


 違うッ違うッ―アンヌは首を振る。

同情などしない。下手に他人への深入りをすれば、またあんな事が―



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 演奏を止めたカノンは呼吸を整えた。

 攻撃も、激しい動きもほぼしていないが体はドッと疲れていた。

 もうすぐ終わる。感覚がそう告げていた。楽譜が最後のページに入った様な空気感と微かな匂い。戦いを経験していなくとも、終局に向かう気配と言うのは分かっているという自信がカノンにはあった。


「最終勧告です。もしあなた達がギブアップをせず、これ以上戦闘を続けるというのであれば………命の保証は出来ませんッ」


 強い言葉を使う事に多少の抵抗があった。脅す意図はなかったというのはあまりに欺瞞であろうか。しかし今から行おうとしている事を考えれば、充分本気の警告だ。

 

 ずむっと立ち上がるローズ、そしてその中にいるイオの姿を感じてカノンは声ともつかぬ、うめきを漏らした。まだ、まだこれでも立とうとしている。


 驚きと呆れの入り混じって空いた口をカノンは直ぐに閉じた。

 鼻を突き抜ける小刻みな空気。薄赤い紅の乘った唇が尖る様にして上がっていた。


「ふふっ」

 嬉し笑いをほんの少し漏らすと再び、大きく息を吸い込んだ。


「………分かりました。徹底的にやります。ッッッ徹ッッッッッ底的ッッですッ!」


 唾を飛ばしながら言い終えたカノンはスッとユキに視線だけを流すと

「一瞬。一瞬で構いません」


「フルパワー……?」

 ユキがまっすぐ前を見たまま尋ねる。


 カノンは深く頷いた。


 相手がどう抵抗してくるかどうかなど、もうどうでもよかった。そんなことを考えている次元は最早超えている。

 肩だけだはない。胸部に隠された無数のスピーカーが全て、展開した。


「喰らいなさいッ! ラウドネスウォォォォォォォォォォォォォォォォオォォォォッ!」



 ぐぼんっとスピーカーが膨張して激しく振動する。自分も反動を受けて倒れてしまいそうな凄まじい音が一気に放出されたのだ。

 波動の如き音波が空気を湾曲させ、視界が次第に霞んでいく。

 まさに、とどめの一撃に相応しい攻撃。

 音の圧が拳となって殴りつけて来るような感覚。まさにそれは音の暴力ともいうべき凄まじさであった。


 素晴らしい。全身が唸っているのをカノンは感じて目を閉じた。

 圧倒的な力に身をゆだねているという快感。自分の中にある感情や思考が全て昇華して行くようであった。


 快感に酔いしれていたカノンは、直ぐにハッと気が付き、眼を開ける。

 長すぎる。数秒でも耐え難いはずの暴音。それが数十秒以上も放出されている。いくらイオでも肉体の破壊だけではとどまらず、精神崩壊をも招きかねない。

 

ユキがミスするとは思えない。

 しかし、思った時には叫んでいた。

「ユキッ! 音をッ!」

 

 カノンは髪を振り乱しながらユキを見る。

 冷静なユキの顔が蒼白していた。大きく見開かれた二つの眼球が前方スクリーンを捉えて離さない。

 無意識にそれを追ったカノンの顔が一瞬にして驚きに染まった。


 立っている―

 だけではない。

 イオが駆る、ブラッディローズがこちらへ向かって平然と歩いてきている。


「あり得ませんッ! そんなことってッ!」


 開け放たれた口を隠す様に片手で覆った。爪が固く、皮膚へ食い込んでいく。指先の血液がぷくりと沸騰する錯覚。そこからぶわぁっと鳥肌が全身へ広がると震えがそれを追った。

 あり得ない。絶対にあり得ない、カノンをもってしてもそう言い切る自信があった。


 通常音の大きさはデジベルで表すことができる。

 騒音とされる音の大きさは100ホーン程度、ジェット機の轟音ですら140をぎりぎり超えるほど。比べてフルパワーで放出するラウドネス・ウォーの音圧は2万ホーン。やせ我慢を出来る音量ではない。メイデンの耐圧殻が緩和すると仮定しても、常人であれば一瞬で気絶するほどの音の大きさなのだ。


 現実を受け止めきれ無い。

 また、笑いそうになった口元をカノンは必死で戻そうとした。



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