3-5 音量戦争

 


 いくら初心者のカノンと言えど、全く攻撃を忘れている訳ではなかった。ギャルギャルと何かを擦り合わせるような不快音が再び、コックピットを支配する。


 イオは「がァァッ!」と唸りを上げて頭を抱える。何度、何度聞いたとしても慣れることは愚か、耐えることなど出来ない音。掌から、握っていた太刀が零れ落ちて行く。


 膝をついて倒れ、拳を耳へ押し付ける。反撃など出来るはずもなかった。


 そう。問題はこの音。


 オーキッドの発する爆音に対処しない限り、勝利への道はない。シンプルな音の攻撃がイオの行動を制限し、アンヌの思考力を奪っていく。


 物理的な攻撃や複雑な策略でもない、原始的でアナログな音の攻撃。しかし、単純であるが故に抜けが無い。

 波状に広がる音には逃げ場がない。音源から離れれば緩和されるのだろうが、それでは攻撃のしようがなくなってしまう。


 僅かばかりに抱いた微かな勝利への希望が揺らぎ、イオは痛み以外考えられない。

 どんな爆弾、どんな大剣よりも恐ろしい攻撃。アンヌに感服している余裕はなかったが、それでも思ってしまった。


 ざずずずッと音がほんの僅か変調したと思った瞬間、そこに声が混じった。


「『音量戦争ラウドネス・ウォー』、攻撃の名前……と言うよりはこの曲の名前です」


 ノイズの混じった音に、同化するようなカノンの声である。頭の中に滑り込み頭蓋の中を何重にも反射し続けるかのような声は嫌でもハッキリと聞こえた。


「……もっとも、あなた達にこの曲が聞こえているのか分かりませんが」


「うるせぇぇぇッ! 卑怯なぁぁぁぁぁぁッ! 正々堂々と戦いやがれぇぇッ!」


 喉を裂くようなイオの叫びがカノンの声を跳ね返す。彼女の頭ではカノンへの尊敬や憧れと言う言葉は消え去っていた。今はこの苦しみを与えて来る敵がひたすらに憎い。


 しかし、それでもカノンは続けた。


「私も、パートナーのユキも戦闘はこれが初めてです。だから私達にできる音楽で、戦います。拳をぶつけ合うだけが……戦いではないという事です」


 その言葉もイオには最後まで聞き取れなかった。いや、耳には入っていたのだが脳が処理しきれ無かったのだ。

 ある程度、意識や痛みを知覚の外へ追いやることが出来るアンヌも、自分がそう長くは持たないことを察していた。

 

 必死に音を意識の外へ追い出そうとしても、突き刺すような尖った波は鼓膜を刺激し、耐え難い苦痛を与えて来る。自分ならまだしも、何の力も持たないイオがこのまま音を聞き続ければ、自我が崩壊しかねない。


 何か策を探さなければ―眉間に激痛が走った。我慢していた体が既に限界を感じ始めている目に強く手を当て、熱を込めると再び顔を上げた。

 

 なぜそんな所を気にしたのか、自分でも分からなかった。

 じんわりと充血の重さを持った眼がスクリーンに映った一本の木に注視する。

 大きく伸びた枝に一匹、が止まっていた。

 鳥はまるで穏やかな音楽でも流れているかのように木の上でくつろいでいる。


 なぜだ、この絶音が響いているというのに―

 刹那、アンヌのニューロンにフラッシュが起きた。目の奥が痛い。しかしそれはダメージではない。可能性を求める疼きだ。

 まさにそれは魔女の直感ともいえるひらめきであった。


 活路が見えた。

 可能性に賭ける為には、この状況から脱しなければ。


「フォトンをッ」

 誰に向けた言葉でもない。その声で自分を奮い立たせた。

 今は動けないイオに変わって自分でなさなければならない。アンヌはものの数秒で反抗の準備を終えていた。


 ローズの脚部に配されたフォトン噴出口が粒子を放った。今出せる名一杯のフォトンメノンを噴かせる。ブースターの位置を変えるのは貴族の役目であるが、フォトンの位置やタイミング、量は魔女が調整できる。


 腰からのフォトンがローズを後方へ押しのけ、垂直方向のフォトンが上空へ体を跳ね上げる。音がフッと消える。

滅茶苦茶な軌道を描きながら、退避行動をとるローズにオーキッドの演奏する手が止まっていた。

 

 相手がカノンであったからこそ出来た手段だった。こんな隙だらけの回避方法など普通であれば致命的な敗因に繋がる。


 フォトンを噴かし、上空へ逃げ去ったが、アンヌが出来るのは此処までだった。

 いくらフォトンを調整しようとも姿勢制御までは完全に行えず、ローズの身体は仰向けのまま地面へ激突した。


 なぎ倒された木々がメキメキと音を上げ、粉塵が巻き上がる。この程度ではアイアンメイデンに傷一つ付かない。

 問題はまだイオが立てるか、であった。


 眼を塞ぎ、腹を大きく上下させながら苦しそうに息を吐くイオ。玉のような汗は髪を乱し、開け放たれた口からは涎、鼻からは鼻水がだらだらと溢れ出ている。痛みに震える両手が地面を鷲掴んでいた。


 今すぐに飛んで起こしてやりたい衝動をグッと押さえ、アンヌはイオを見つめる。

 策に確証を持つためにはまだ材料が足りない。

 最低でももう一度、もう一度だけ試さなくてはならない。


 その為にはイオ、あなたが立たなくては―アンヌは鈍痛残った瞼を閉じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます