3-3 セッション!

 近くで見ると迫力があった。


 セイラやアンヌよりも長身。それでいてバランスが取れているので大きさを感じさせない。モスグリーンの美しい髪は室内灯を反射し、柔らく輝く。


 郎蘭土カノン―その姿はイオが言葉を数秒失ってしまうぐらい美しく、憧れた。

 気品があるというのはこういう事を言うのだ―イオは納得する。

 そんな少女が自分へ直接、それも褒めているのだ。

 狼狽えないわけがない。


「曲はあまり聞いたことのない感じでしたけど、聞き入ってしまうような素晴らしい演奏でした」


 白い手袋を嵌めた手を前で組んだまま微笑みかけるカノン。

 イオの顔が紅潮する。

 不意にぶつかったカノンとの視線。目の色まで薄い緑なんだとその時分かった。


「えっあ、あ、ありがとうござい、ました……」

 声を出してみて初めて自分が緊張していることに気が付いた。頓珍漢なことを言ってしまったことで頬は更に赤くなる。


 そんなイオの姿を見てカノンは少し声を漏らして笑った。


「薔薇十字 イオさん……ですね?」

 胸が痛いほど心臓が強く打つ。


「な、なんで、あたしの名前を……!?」


「先日の戦いを拝見させて頂きましたので、名前ぐらいは」


 あんな無茶苦茶な闘い方やグロッキーになった自分をこの人に見られていると思うとむず痒い。


「あ、あはは。私なんか、まだまだで」


 妙にかしこまって謙遜するイオはモネからすれば違和感しかない。


「学園のトップジェミナスに来ていただけるとは。私も光栄です。音楽がお好きなのですか?」


「は、はい。好きです。か、カノンさんのヴァイオリンも……」


「聞いてくださっていたのですか?」


「きょ、今日の朝」


「そうでしたか………」

 カノンは微笑みながら頷くと少し考え


「薔薇十字さん。もしよろしければ、壇上で私と一曲セッションしてみませんか?」

 予想外すぎる提案だった。


「え、あたしが!?」


体中を血が駆け巡っていく。

何を言っているんだろう、この人は―思わずそんなことを考えてしまいそうになる。もしや馬鹿にされているのでは、そうとすら思った。


 あんぐり空いた口を片手で閉じながらもう一度カノンを見る。

 グリーンの瞳に人を嘲る嫌な感じはない。真剣に彼女は提案している。


「どうでしょう?」


「い、いやでも……あたし、この曲しかまともに弾けないし」


 顔を赤らめ首をくねくねさせながらイオはモネを見る。

 モネは少し口角を上げながらイオを見ていた。


「かまいませんよ。むしろ、その曲を是非皆さんにも」


 勿論悪い気がするわけではない。イオはどうしようか、とモネの方を見る。モネは目線がぶつかると再び口角を上げ、頷いた。

 行って来たら―モネがそう言っている。イオは肩から掛けているギターを降ろすと息を吸った。


「じゃ、じゃあ……」

 立ち上がろうとしたイオにカノンはスッと右手を差し出す。サテンの白い手袋に包まれていてもその掌は細くしなやかだと分かる。


 イオは一瞬戸惑い、そっとカノンの手を握った。


 あっ―不思議な感触。イオは思わず声を漏らしそうになった。

 細くて薄く、しかしそれでいて中に芯が通ったようにしっかりとしている。芯を包む肉は丁度いい弾力。ふわっとしたその手はまるで職人のそれだ。


 やはり、一流の人は違うとイオでも思った。この完成された掌が見事な音色を作り出すのであろう。気が付くとイオはカノンの手を握ったまま立ち尽くしていた。


「では、薔薇十字さん。前へどうぞ」


 ハッと手を離し、モネへ再び視線を送る。

 緊張しているのかモネの顔が少し強張っている。イオはそんな彼女の緊張ほぐす様に微笑み返すと高座へ歩いていった。

 

 床からほんの少しせり上がっているだけだったが、部屋の形状と空気感のお陰で、教室全体を見渡している気分になった。


 壇上にカノンが上がった事で生徒達は作業中断し、前を向き始める。

 生徒達はカノンの隣にいる見慣れない生徒を怪訝な目で見つめて来る。本人は気づかれていないつもりなのだろうが、イオからはその様子が嫌と言うほどはっきり見えた。


 怪訝な目だけでは終わるはずもない。

 生徒の一人が「あの娘、見た事ある。転校生よ」と言い出せば「ほらあのセイラ様にやられそうになった」「ああ、あの運がいいだけの?」と続いていく。


 イオは―なにをッ―と飛び掛かろうかと思ったがすぐさまカノンが咳払いをしたことでひそひそ話は一瞬で掻き消された。


「みなさん。ご紹介します。我が学院のトップジェミナス、薔薇十字イオさんです!」


 パラパラと疎らな拍手に紛れてモネは精一杯拍手をしてくれた。しかし、そんな精一杯の行動も周囲からの視線ですぐにやめてしまう。


 カノンは優しい視線をイオに送り、挨拶を促す。


「あ、どうも……薔薇十字イオです」


「薔薇十字さんはギターがお得意なのですよ。ね?」


「あ、はい。んっ、ああぁ………と言ってもほんとはエレキギターなんだけど」


「エレキギター……?」

 カノンもその楽器を知らなかった。


「これの進化版みたいなやつ?」

 手に持ったアコースティックギターを持ち上げ振りかざす。冷たい生徒達の視線が痛い。


 気まずい沈黙もすぐにカノンがフォローする。


「生憎、ここにはそのエレキ、ギターがありませんけど、大丈夫ですか?」


「あ、いえっ、全然大丈夫です!」


「トップジェミナスの薔薇十字さんが皆さんにギターを披露してくれるということですが………私もご一緒しても?」

 尋ねるカノンにイオは「もちろんです!」と即答する。


 やっと本来の大きさの拍手が起こった。


「薔薇十字さん、皆さんに曲の紹介を」


 カノンに促され、イオは一歩前へ出る。先ほどのような囁き声は聞こえてこないが、奇異の視線が一斉にイオに突き刺さって来る。


「えっと、これは所謂、オールディーズだけど………それは……あたしが前いた所ではオールディーズだな……」

 ロックもエレキも知らないというギャップが忘れかけていた距離を感じさせ、言葉が途切れる。サッと身を引き、ギターを構えた。


「Bから入って途中で変わるけど、適当に合わせて付いてきて」

 イオは振り返りながら言う。カノンは既にヴァイオリンを構え、その後方ではユキがピアノに座っていた。


 深呼吸をすると余計に胸が圧迫される感じがした。手が汗でじっとりと濡れている。不思議だった、何故怪獣と戦う時よりも緊張しているんだろう。

 照明を少し落とした部屋の中で爛々と輝く無数の瞳が自分を見ている。


 イオは短く呼吸を整えると弦を弾いた。

 

 曲が進むにつれ、疑惑の視線を浮かべていた生徒たちの顔が好機に変わっていくのが分かった。モネと同様、初めて聞く曲調と軽快なテンポは新鮮だったのであろう。なかにはただ聞いているだけでは収まらず、体を揺すってリズムを取り始める生徒もいる。


 勿論、それは自分だけの力ではないとイオも分かっていた。

 初見の、それもジャンルの違うロックに2人はしっかりついて来る。それだけではない、間奏や曲の僅かな隙間へカノンが見事にヴァイオリンを差し込む。そしてそれが決して邪魔ではない。むしろ、曲を最大限まで引き立ててくれている。


 最初は緊張気味だったイオも段々と熱が入って来る。そうなれば顔から緊張が消え、頬が緩んだ。体を揺らし、曲に乗りながらイオは隣のカノンを見る。


 肩を揺らし、弓を弾きながらカノンが微笑み返す。


 イオは理解した。

 だ、と。

 

 こんな分別をするようになったのがいつかは分からないが、世の中には2種類の人間がいるという事をイオは知っていた。


 才がある人とそうでない人だ。持って生まれた才を使って成功して行く人。世の中の多くはそんな人を追いかけて努力をする。しかし、突き詰めれば突き詰めるほど才と言う壁が大きく絶対に越えることのできないものだと理解する。


 自分がどっちにいるかなど考えなくても明白。だからと言って悲観するという事も無いぐらいにはイオも大人だった。世界の9割はそうなのだから、悲観しても意味はないのだ。

 ふっと姉の姿が頭を過る。


 姉さんも才のある人だったな―



 耳が割れそうな程の拍手でやっとイオは演奏が終わった事に気が付いた。一種の陶酔状態に入っていたのか、後半の記憶がイオにはなかった。


 やり終えたという安堵の息を吐いて前を見る。

 人とはこうも一瞬で変わってしまうのだろうかと思うほどイオを見つめる生徒達の顔は一変していた。嬉しいやら戸惑うやら、イオは照れ臭そうに笑う。


「素晴らしい演奏でしたね」

 カノンが手を差し伸べて来る。


「は、はい!」

 握り返すと再び柔らかい手がイオを包んだ。


「薔薇十字さんのお声も聞いてみたかったですが……」


「あ、いや。か、歌詞を知らないんで………」


「そうですか。歌は心を燃やすいいものですよ」

 カノンもそれ以上は語らず、手を握ったまま生徒達の拍手に応える。


 心が揺れる。

 数週間前に突然貴族の世界へ飛び込み、右も左も分からないまま巨大なロボットに乗り、怪獣と戦った。それでも生意気な転校生と元ヤンガーサンと言う立場は奇異の目に晒される。耐えるつもりだし、それを跳ね返す度量を持ちたいとも思っている。


 しかし、それでも無数の視線と重圧は堪える。

 イオは学園に来て初めて嬉しさと心が満たされていくのを感じた。


 拍手が鳴りやむとカノンは再びイオの手を握った。

 一瞬、アンヌの事を忘れてしまいそうだ。

 心臓は未だに納まることを知らずに心拍数を上げている。その所為で胸の奥が熱い。

 

それでもイオは再び口を開いたカノンの声色がわずかに変わっていることに気づいた。

「薔薇十字さん。もう一つお願いしたいことがあるのですけれど……」


 呼吸の乱れは幸福の所為ではない。

 嫌な予感がしたからだ。


「えっ……?」

 視線を投げたカノンの顔が笑っていない。


「私と決闘など、いかがでしょうか?」


 イオの耳から音が聞こえなくなった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「で、受けたの?」


 アンヌの声は冷たく感じた。カノンの優しい声を聞いていた所為もあったのだろうが、彼女の暮らす寮が、あまりに殺風景だったことも拍車をかけた。くすんだ弱々しいカンテラに照らされるポーチは、イオ達の寮に比べても煌びやかさの欠片も無い。

 イオが訪れた時、アンヌはそのポーチ立って待っていた。まるで全ての成り行きを既に知っているようでもあった。

 

 散々こんなことになってしまった言い訳ばかりを取り繕って、肝心な結果を教えていなかったイオはアンヌの言葉に下唇を噛んで俯く。


「ごめん……」


「なんで謝るの?」


「だって、余計な……」


 自分がセイラに使った手だから一概に卑怯とは言えなかった。カノンはアイアンメイデンで学園のトップを決める『青き月の会』にはエントリーしていない。そんな彼女が一位のイオと勝負をするには、イオから仕掛けてくるよう挑発するしかない。


 大勢の群衆の前で決闘を申し込んでくれるよう言い放ったカノン。イオに向けられる視線。彼女が断れるはずが無かった。

そんなイオの性格を知っていたのかどうかは分からない。

 明朝にはジェミナスとしてエントリーするというカノンに、イオは躊躇いながらも決闘を申し込んだ。

 

「イオ、あなたジェミナスになったんでしょ?」


「そうだけど………」


「早く慣れなさい。これが日常になるぐらいにはね」


「うん」

 短くイオが頷く。

 

「決闘は明日の放課後、分かったわ。今日は明日に備えてぐっすり寝なさい」


 アンヌが別に怒っていないと分かっただけでもイオは嬉しかった。途端に自分が何の心配をしていたのかと、急に馬鹿馬鹿しくなってくる。なにも謝ったりする必要はなかったのだ。ライバルたちと切磋琢磨し、怪獣と戦う。自分はそういう世界にいるのだ。


 イオの胸がスッと軽くなった。


 おやすみを互いに言い合い、南棟へ降りる小路を歩き出したイオをアンヌの声が呼び止める。


「それとイオ」


「ん?」


「ガムを噛むなら部屋でになさい」


「げっ……」


 アンヌには言っていなかったはずなのに―イオは苦笑いしてアンヌを見るが、イオにはその顔が微笑んでいるのかどうなのか全くわからなかった。



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