3-2 ロック

 

「それ、郎蘭土ろうらんどカノンさんだよ」

 勿忘草モネが重い教科書を両手で抱えながらイオにそう教えてくれた。


「ろ、ろうらんど?」

 南棟へ向かう長い渡り廊下であった。


 昼食を取り終え、次の授業へ向かうイオとモネ。昼食時の話題はもっぱらイオが朝見たヴァイオリンを弾く少女についてだった。


「うん。アポロンじゃ、そこそこ有名人だけど……イオちゃんは知らないか」


「名前もヴァイオリンも今日初めて聞いたよ」


「まぁ、そうだよね。いつもこの時期に演奏会をやるんだけど、今年は怪獣の影響で中止になっちゃったからね…………」


「演奏会? そんな凄い奴なのか?」


「郎蘭土カノン、アポロン女学院 貴族科四年。お父さんは作曲家、お母さんはヴァイオリニストって音楽一家だよ」


「すげぇぇ………はぁ……ッなんか、憧れるなぁ……」

 イオが素直に感動し、ため息をつくほど感心したのでモネは少し驚いた。画に描いた様なエリート一家など、彼女が一番嫌っている物だとモネは思っていた。


「あの曲もすっごくよかったんだよなぁ……ヴィヴァルディの四季のぉ………かなあれは。でもあれ、弾くの多分凄い難しいぜ」

 モネは再び驚いてしまった。


 まさか、このイオに音楽の知識があったとは。

 そう思いかけて、モネは友人を勝手に裁量にかけていた自分を責めた。


「イオちゃん、音楽好きだったんだ」


「ん、ああ。結構好き」


「そうなんだ」

 モネはそう短く言った後、少し考えてイオの方を向いた。


「じゃ、じゃあさ、放課後会いに行ってみる?」


「へ? モネ、知り合いか?」

 モネは笑いながら首を振った。


「まさか、カノンさん、毎日放課後に楽奏室でレクチャーとかもしてるんだよ」


「へぇー、じゃあ決まりだな。放課後、その郎蘭土さんってのに会いに行こう」


 モネは何故か嬉しくてその場で立ち止まってしまう。

 今まで感じたことのない感覚であった。吹いている風が心地よく感じられる。

 と、少し前を歩くイオが歩みを止める。


「お姉さま!」

 イオの声につられて見ると向こうからこちらへ向かって来る南 アンヌの姿があった。


 アンヌは足を止め、落としていた視線をイオに向けると

「こんにちは」

 と無感情に言った。風でなびく黒髪を手で押さえている。


「お姉さまもこれから授業?」

 アンヌは頷く。


「そうだ、お姉さま。今日の放課後、暇?」


 なぜかモネはドキッとする。


「どうして?」


「楽奏室で楽器を教えてくれるみたいなんだけどさぁ……」


「遠慮しとくわ」

 イオが言い終わる前にアンヌは断った。


「そ、そっか……」

 イオは冷たいような断り方に少し戸惑いながら返事をする。


「それより、アイアンメイデンに乘っておかなく大丈夫?」


「どういうこと? 別に今は誰からも挑戦は来てないし、怪獣だって」


 イオにもアンヌが意図していることは分かる。いつ緊急事態が起こってもいいように体を慣らしておけ、という事なのだろう。だが、自分は閃きと根性で戦う人間だという自負が彼女にはある。前に怪獣と戦った時やセイラと戦った時もそうだった。わざわざ時間を割いてそんなことをするなど時間の無駄だ。


「そ。じゃあ」

 アンヌはそう冷淡に返すとモネに視線を一瞬移し、去って行った。

 怒っている訳ではないが掴みどころのないアンヌの対応にイオはどうしていいか分からず、去っていく彼女の背中を見ながら頭をかいた。


 前とは違い、共に戦うジェミナスとして打ち解け合っているはずなのに。しかし、イオは直ぐにきっとあまり感情を表に出さない人なんだろうと納得した。


 パートナーを見つめるイオの視界にモネが映る。


「さ、早く授業いこ。遅れちゃうよ」


「あッそうだった! やば」

 ハッと気がついたように小走りで歩き始めるイオ。モネはどうして胸にホッとしたような気持ちが湧いているのか分からないまま、初めて出来た友人を追いかけた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 楽奏室は中央棟の最上階。最も端に位置している。

 アーチ状のドームになった内部は縦に長く、奥行きがあり、明るい石造りの床、壁に彫り込まれた微細な装飾と数対の壁龕が並び、壁に張り付いた円柱がそれを支えている。


奥には高座があり、グランドピアノが据え置かれていた。

 図書館と並び、学院のどの部屋よりも凝った内装が施されていることから、音楽と言うものが貴族社会においてどれだけ重要視されているかが伺えた。

ステンドグラスから差し込む光は人工灯とは違う、温かい印象を部屋中に与えてくれる。


部屋は既に大勢の生徒でごった返していた。

本来であれば奥に向かって何列もの木のテーブルが並べられているのだろうが、イオとモネが訪れた時それらは全て教室の両側へ退けられていた。

空いた広いスペースに各々が椅子だけを持ちより、座っている。

イオとモネはその一番後ろに何とか腰を下ろした。


程なくして絶え間なく聞こえていた喋り声がさぁっと水を打ったように静まり返った。

顔を上げ、群衆の隙間から見ると高座に少女が二人、姿を現す。

モスグリーンの髪を後ろで束ね、アップにした長身の少女。

間違いなかった。

朝、イオが見たヴァイオリニストだ。

主催者の登場に自然と拍手が沸き上がっていた。


「あれが、カノンさんだよ」

 モネが拍手の音に紛れて呟いた。


 朝見た時は分からなかったが、丸い大きい目を持った美しい容姿を持った少女であった。これで楽器も出来るというのだからたまらない。

 カノンの後ろには髪を短くまとめた少女が一人、控えている。黒の制服を着ている―つまりは魔女である。

 イオの頭に嫌な予感が走った。


「も、モネ」


「なに?」


「あの二人、まさかジェミナスじゃないよな」


 もし、二人が青き月の会のメンバーで、学内ランキングにエントリーしているジェミナスであれば戦う時があるかもしれない。イオには何故かこの二人には勝てないかも、と思った。


「まさか。だって、カノンさんはヴァイオリン一筋。後ろにいるあの人はカノンさんの調律師、ユキって人だよ」


「はぁっ……よかった」

 イオはホッとして胸をなでおろす。


「ユキさんはヴァイオリンの調律だけじゃなくてカノンさんとピアノのセッションもするんだよ」


「なるほど。ジェミナスではないけど、パートナーってことか。なら、何も問題はないな」



 しばし続いた拍手が静かになって来ると少女は深く頭を下げた。


「ようこそ、皆さん。郎蘭土カノンです。はじめて来られた方、そしてもう何度も来てくださってる方、様々な方がいらっしゃると思いますが……」

 集まった生徒達を満遍なく見渡しながら喋るカノンが止まった。


 それは僅か一瞬の出来事に過ぎなかったが、イオはそのほんの刹那、カノンと目が合った気がした。

 カノンは直ぐに気を取り直し、頭を振って続ける。


「……すみません。主催者などと恰好のいいことを言っていますが、ここでは私が何か課題を与えてこなさせるというような、堅苦しいことはしません。私が考える音楽とは自由で人の心を解放するものです。皆さん各々が自由に楽器を使い、音楽を奏でることで音楽への興味を深めてもらう事が目的です。私は教室を巡回しますので、何かあれば遠慮なく言って下さい。では―」


 丁寧な言葉遣い。必要以上、アンヌ以上に大人びている。落ち着いたイメージと立ち振る舞いはそれだけで気品と品格を感じさせる。喋ることでその印象はより一層深いもになった。

 

 カノン話が終わると生徒達はすぐさま教室に備え付けられた無数の楽器に飛びついて行く。確かにまるで授業のような厳しい手ほどきを受けるよりも、自由に楽器を触り、演奏できるというのは幾分マシだったが、カノンの演奏を再び聞き、彼女と話がしてみたかったイオにとってみれば少々肩透かしだった。


 部屋を回ると言っていたカノンも直ぐに無数のギャラリーに囲まれ、自分の所までは大凡やって来そうもない。


 イオは少し溜息を吐いて立ち上がった。


「楽器、何にする?」

 モネが尋ねる。


「んー」と、辺りを見回してみる。自分が最も得意としている楽器が見当たらない。


「何探してるの?」


「あれだよ。エレキ、エレキ」

 当然のように答えたイオにモネはポカンと口を開ける。


「え、エレキ? それってどんな楽器?」


「えぇ!? 知らないのか? エレキギターだよ」

 モネが知らないのも無理はなかった。エレキギターで演奏する様な曲を貴族が聞くはずがない。対極にあると言ってもいい存在である。


「ギターってこと? それだったら……」

 モネはスタンドに掛かったアコースティックギターを持ち上げ、イオに渡す。


「こ、これじゃあないんだけどなぁ……」

 苦笑しながら渋々受け取る。

彼女がまともに演奏できる楽器はこれ以外にはなさそうだった。

 モネもイオに続いてギターを手にすると椅子に腰かけ、向かい合う。


「そのエレキギターはこれとは違うの?」

 モネは見様見真似でじゃーんッと弦を弾く。


「エレキギターってのはさ、こう……ギューンッドギャーンッ!ギャルルルルッて感じで骨に響いてくるんだよ。ロックってやつ?」

 モネは半笑いで顔を歪めて首をかしげて見せた。イオの説明を理解しようとも全く理解できないという様子だ。


「ろ、ろっく?」


「んーっとそうだな……」

 イオは軽く昔聞いていたロックソングの走りを弾いてみる。音は確かに出るもののエレキほどの重さはない。


 モネはその曲よりも見事な指さばきに呆気にとられ、目を丸くした。


「どう?」

 ワンフレーズ弾き終え、得意げに顔を上げるイオ。


「えっ。えっと………ゴーゴーの事?」

モネの回答にイオは思わず噴き出した。


「ゴーゴーって、古いなモネ」

 自分の言葉で笑っているイオの顔が妙にうれしく、モネはつられて笑う。


「そ、そうかな。で、でもイオちゃんすっごく上手だね!」


「まあな。特技って言ったら、これぐらいだ」

 イオは再び短いフレーズを弾いて見せる。


「どっかで練習したの?」


「練習っていうか、奉公先にいた時はこれぐらいしか楽しみがなかったからさ」

 それで言葉が切れてしまった。モネはイオの顔から一瞬笑顔が消えるのを見ていたが、どう答えていいのか分からなかった。

 幸い、気まずい沈黙は起こらない。2人の間には音楽が流れている。

 

「…………ギター、私にも教えてよ」

 モネは自分で額を汗が伝うのを感じた。

 しかし、すぐさまその心配は消える。イオの笑った顔がモネを見ていたから。


「そこが、難しいんだよなぁ………」

 イオは弦から手を離し、膝の上にギターを預ける。


「や、やっぱりギターって難しいの?」


「いや、ちがんだ。なんてゆーか……これがこうだからこう、みたいな感じで覚えたわけじゃないからさ」


「どういうこと?」


「体で覚えたっていうかさ。人がやってるのを見て自然と覚えたから、楽譜とか、コード?とかはからっきしで」

 モネはそれを聞いて含み笑いをする。


「な、なんだよモネ」

 恥ずかしそうにイオが笑う。


「ごめん、でもなんだかイオちゃんっぽいなって」


「そ、そうか?」

 首を傾げながらイオは変に納得した。


「じゃあ、私もイオちゃんが弾いてるのを見て覚えよっかな………」


「お! それなら、早速一曲、我が友人の為に弾いてみせよー」


 再びギターを構えたイオは、少しばかり緊張している様だったが、モネの心臓も同じぐらい早く鼓動していた。

 

 その曲はモネが今まで一度も聞いたことが無い曲調であった。

 子気味の良いリズムが高揚感を与えてくれる。

 音量こそ小さいが、それはしっかりロックの曲調を捉えていた。


 イオはその間一切歌っていなかったが、そんなことは気にならない程、楽しい曲。聞いていると自然と身体が熱くなってくるようだ。

 全く休まる気が無いメロディは更にペースを上げ、ただでさえ早かった鼓動が加速して行く。心と体が踊り出すような曲―それがモネの初めて聞いたロックのイメージだった。

 音楽と言えば堅苦しい物しか知らなかったモネには衝撃的な曲。その自由さと軽快さはまさにイオを象徴しているようでもある。


 軽快さからか、数分間あったその曲もモネには一瞬に感じられた。

 最期に弦を一気に弾き、絶妙な余韻を残してイオは演奏を終えた。

 顔を上げる、イオ。その顔には満足感が溢れ出ていた。

 音楽を奏でるってそんなに気持ちいんだ― そんな友人の顔を見るとなぜかモネまで嬉しくなってくる。


 すごいねッ!―言おうと思った。単純な言葉だが、それ以外の言葉が見つからないし、妙な分析や御託は返って貧相ではないか。

 たった一言。凄く上手な演奏、それを伝えようとした。

 ただそれだけだったのに。

 モネの言葉は奪われた。


「お見事。とってもお上手です」


 郎蘭土カノンが目の前に立っていた。






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