第3話『不敵!音楽少女の挑戦!!』

3-1 ヴァイオリン

【前回までのあらすじ】

月の裏にある世界、アストラルワールド

人類は人工の島を浮かべ、日夜怪獣の脅威と戦っていた……


巨大ロボ、アイアンメイデンに乗り込む少女達を人はジェミナスと呼ぶ。

アポロン女学院に転向して来た一人の少女、薔薇十字ばらじゅうじイオ。

謎の美少女、みなみアンヌと晴れてジェミナスとなった彼女だったが、2人の間にはまだまだ見えない壁。

そして、そんな2人に新たな刺客が迫ろうとしていた………



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 窓から入って来た風がそっと 薔薇十字 イオの頬を撫でた。

 まだまだ生温かい晩夏の風はそれでも心地よく、穏やかな眠りへと彼女を誘う。

 呼吸は深く、少ない。


 吸い込む朝の大気の中には葉の香りも混じっている。

 耳にはあくせく仕事を始めようとしている小鳥たちのさえずりが木霊のようだ。

 ゆったりとした時間が流れていた。

 とても、早朝―それも登校時間前とは思えない穏やかさであった。

 

「………有史以来、我々人類は宇宙から飛来する未知の生命体を総じて怪獣と呼び、武力によってそれら幾多の戦いを演じて来た…………」

 耳の奥には低く野太い男の声が浮かんでは消えていく。熱心に授業を続けるその声も今のイオには子守歌代わりにしかならない。


 「―怪獣は全くもって意思疎通不能、正体不明。人類とは決して相容れない絶対的な敵だ。しかるに、我々人類はこの脅威に恒久的な対処をせねばならない―」

もっと深い眠りにつけるはず。だが、椅子に座って机に身を預けた体勢がなかなかそれを許してくれない。心地の良い重心がいつまでたっても決まらないのだ。

それでも眠気には勝てず、意識は昏倒しかけている。



「薔薇十字ッ」


 男の低い叱責が現実へ引き戻す。

 イオはビクッと身体を震わせ、顔を上げる。

 壇上で授業をする男―大門だいもん モユルだけでなく、教室にいた全員が自分を見ていた。

 イオは口元の涎を拭き取りながら苦笑いする。


「薔薇十字イオ。全ての怪獣に共通する行動原理はなんだ? 言ってみろ」

 鋭い声がイオを突き刺す。先ほどまで大門の声など一切耳に入っていなかったのだ、分かるわけもない。黙ってやり過ごそうかと思ったが、そうはいかないらしい。


「えっとデカくて、怖い……みたいな」

 行動原理なんて難しい言葉の意味は分からない。だが、それが間違っているという事は肌で感じた。


「いいか。怪獣とはいかなる個体であっても常に人類への明確な敵意と徹底的な破壊を行動原理にしている。つまり、怪獣は必ず人類を抹殺するという強い使命感をもって行動しているというわけだ」

 大門は不正解だとも告げず、前を向き直ると授業を続けた。

 まわりの生徒のかみ殺した様な笑い声がイオに突き刺さる。

 ったく、なんでよりにもよって補習なんか― イオは羽ペンを持ちなおすと先を親指に強く突き付けた。


 早朝補習、それは学院内における罰則の一つであった。

 何らかの校則違反者、提出物未納者、成績不良者、など様々な付けられた生徒達が早朝、授業が始まる前の二時間、みっちりと勉強を行う。


 内容に意味は殆どないが、皆が眠っている中、課題満載の授業を三週間毎日受け続ければ誰でも二度とここへ戻ってこようとは思わない。


 イオは校内でガムを噛んでいたというただそれだけの理由でここへ呼ばれた。

 校則にそんなことが書いてあるのかと抗議したが、そもそも淑女はガムを噛まないというのが学院の意見だった。


 ただでさえ、早朝の授業などむかっ腹が立つというのに今日に限って担当教師が大門だ。

 運の悪いことに全学年が必修である怪獣学の二年担当が大門だったのだ。戦闘体系術の教官が別の授業を兼任するのは異例のことであり、イオには当てつけに思えた。


 はぁッと溜息を吐き、教本に目を落とす。

 途端に文字は複雑な模様のようにイオの視界と頭を掻き乱した。

 これではまた寝てしまう―そう思った時、その曲は聞こえて来た。

 

 美しい弦の音。

 柔らかいヴァイオリンを弾く音だった。

イオはふっと顔を上げる。

 

目の前には机に並んだ数人の生徒と教本を見ながら話し続ける男。

 先ほどと変わらぬ早朝の教室。


 イオが辺りを見回して尚、曲は聞こえている。気のせいではない。

 導かれる様にして彼女は音のする方―窓の外へ視線を向けた。


 窓側の席からは、今彼女がいる南棟へ登って来る道がまっすぐ見える。

 音の正体は直ぐに分かった。

が、彼女がそれを理解するまでには少し時間が掛かった。

 それはほんの数週間前に貴族の世界へ入ったイオには到底理解しがたい光景だった。



 ヴァイオリンを肩に載せ、優雅に奏でながら道を昇って来る少女。


 すらっとした長身の少女は目を瞑り、少し体を音に合わせて揺らしながら登校してくる。周りには次第にギャラリーが出来、イオ同様にうっとりした顔で演奏を聞いている。


 その姿はまるで自分の腕前を誇示しているように見えるが、全く厭味が無い。加えて、自慢するのも納得なほど見事な演奏であった。


 少女が演奏しながらくるりと回転すると長い緑色の髪がなびく。合わせるようにして円形のギャラリーが出来た。

 円の中心で優雅な演奏を続ける少女。無駄が無く、そして洗練された動き。

 弓を握った白いサテンの手袋をした手は細くしなやか。


 ヴァイオリンから奏でられる音は優美で滑らか。人を魅了し、惹きつける何かがある。

 綺麗だ―イオはそう思ったが、それが容姿に対してなのかヴァイオリンに対してなのかは自分でも曖昧であった。


すっかり眠気は醒め、ギャラリーと同じようにイオはその音色にうっとりと聞き入ってしまう。

 それが新たな試練の序曲になることをイオはまだ知らなかった。

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