2-7 ワンインチパンチ



「だめかッ!」

 思わず、見ていたセイラは叫んだ。


 画面に映し出されたブラッディローズの放ったプロトンビームは着弾と同時に凄まじい爆発を引き起こした。白く巻き上がった煙と空気中に散漫する放電線で戦いの行方は一時中断される。


 電子を加速して打ち出すプロトンビームは確かに効果的な攻撃と言える。しかし、怪獣の体内からは絶えずマイクロウェーブが放出されている。その衝突は怪獣の肌を焼く前に空気中で大規模な化学反応を起こしたのだ。行き場を無くなった電子とエネルギーが煙と炎を撒く。


 もちろん、セイラがそのような細かい事象まで理解していたかは分からない。だが、彼女の経験と勘が先の攻撃が怪獣に無意味であることを直感させた。噴煙の中姿を現した怪獣の触手には


 状況は分からなかったが、依然ローズは怪獣の手の中に居た。


「イオちゃん……」

 モネ目を固く閉じる。気持ちを落ち着ける為に。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 歯と歯を固く噛み合わせ、アンヌは顔を酷く歪めた。汗でずぶ濡れになった顔を手で覆う。


 光線はイオの言う通り、全く意に介さなかった。アンヌは脱出ポッドに手を伸ばし、やめた。高温の中に脱出して一体何になるというのか。最早彼女、そしてイオ、そしてローズに打つ手はない万策は尽きたのだ。


 張っていた気が解け、熱波が彼女の頭、体に潜り込んでくる。意識が次第に朦朧としていくのをアンヌは感じていた。


 一方、哀れな少女のささやかな抵抗を怪獣は許すつもりはないようであった。イオを掴む触手に力が入る。より一層締め付けは強く、激しくなる。


「うぐあぁぁぁッ!んあぁぁッんッ!」


 熱で筋肉が収縮し、骨を締め上げる。予想外の力に筋肉はびくびくと反応し痙攣を始める。

 肺の中にも熱が入り込む。イオは自分の身体が中から業火に焼かれているような感覚さえ覚えた。


 締め付けを抑えると怪獣は自分の目の前にローズを掲げ、不気味に笑う。怪獣に表情があるのか分からないが、少なくともイオにはそう見えた。醜悪な生物が捉えた獲物いたぶり、弱りもがくのをせせら笑っている。


 今のイオにはそんな怪獣の目をただ睨み返すしか出来ない。意識は朦朧とし、凄まじい頭痛で視界は二重三重に見え、息を吸う力も無くなり始めている。熱は確実に体力を奪っていた。イオはもはや限界なのだろうか。

 

 アンヌは薄れゆく意識の中、胸のざわめきについて考える。


 イオを初めて見た時感じたアレだ。幼いころから“何か“を感じることはよくあった。しかし、その何かは必ず意味があった。それも自分にとってプラスに働く。


 イオにもそれを感じた。だが、これまで以上にそれが何なのか分からない。分からないからもどかしく、そして怖い。一体、イオに感じたざわめきは何なのだろうか。


 最期ぐらい、そんなことを考えて見たかった。


 実家への報償だけが狙いだったわけではない。もしもそれが目的ならばこんな見ず知らずの素人を選ぶ事はない。セイラにジェミナスを申し込まれたこともある。だが、アンヌはそれを断った。


 ざわめきを感じなかったからだ。


 その判断は浅はかだっただろうか、あまりにも自分の直感を過信し過ぎただろうか。そもそも、魔女とはなんだろうか。


 直感とは― 

 ざわめきとは―



  一体

      なんだ。






 どこかでイオの声が聞こえている。

 悲鳴や嬌声ではない。自分に問いかける声だ。

 死ぬのか―アンヌは幻聴にそう思った。

 

 

「南さんッ!教えてくれッ!」

 アンヌは熱く詰まった吐息を肺から追い出して、った。


 イオが叫んでいる。確かに自分を呼んでいる。


 まだ彼女にあんな体力が残っているなんて―


「聞こえているなら返事をしてくれッ!」


 イオは精一杯、首を後方に向けアンヌを捉えようとしていた。アンヌは計器類に倒れ伏していた体と頭をスッと上げた。びしゃ濡れの髪を掻き分けて、イオを見た。


「さ、最後の頼みがあるッ…! 頼むッ!」

 変わらぬ視線はイオに話を続けさせる。


「ワンインチパンチだ……あんた、知ってるんだろ? 教えてくれッ!」

 アンヌの眉がピクリと動き、かすれた声で返答する。


「えっ……?」


「分かってる……だけど、プライドだけじゃあ勝てないんだよなぁッ! あたしは何としても勝たなくちゃいけないんだッ!だから南さんッ!」


 熱い空気をゆっくりと吸い込む音が聞こえた。アンヌは呼吸を整えながら身を起こす。口元に手を当て、再度呼吸を整えると、頭を振って垂れ下がった髪を退かした。


「………南さん? お姉さまと呼びなさいッ!」


 それはざわめきの正体では無かった。しかし、イオの目の中にあった“それ”はもしかすれば“ざわめき”なんかよりも喜ばしい物かも知れなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ゆっくりまぶたを上げたモネにローズは奇妙な動きを取っているようにしか見えなかった。


 しかし、セイラは分かった。あれは確実に―

「ワンインチパンチ……」


 モネは疑問符を浮かべてセイラを見る。セイラは険しい表情で画面を見つめていた。


「あれは、確実にワンインチパンチだわ……」


 確かに理に適っていると言えた。怪獣に密着するようにして拘束されたローズに出来る精一杯の対抗策を練った時、距離と引きを用いない超至近距離パンチは有効だ。


 宙づりになったローズはぴったりと拳を怪獣に当て、腰と肩をひねる。パンチとは本来、体中の筋肉が発するパワーを、肩を使って腕から加速させるものだ。原理さえ理解していれば、肩甲骨をひねる動きだけで充分なエネルギーを使い、高速に加速させることが出来る。


 だが、それをまさかあの状況で行うとは―

 原理は簡単でも一日そこらの短時間で習得するなど不可能に近い。肩を捻り、拳を打ち出すローズ、いやイオの動きは確かにかなり粗がある。まだ、拳を当てる衝撃でダメージを与えようとしているのだ。


 それではだめだ―セイラは無意識にそんなことを思った。


 問題は距離ではない。肩と腰の筋肉を使った高速射出で敵を撃たなければならない。それを頭で理解するのに1ヵ月。体で覚えさせるのに3ヵ月、セイラでもかかったのだ。


 なのに―


 イオは少しづつ、コツを掴み始めている。恐らく彼女の性格からして頭で理解しているのではないはずだ。彼女は危機を脱する一身と、先日の決闘で見せた自身の技をリプレイし体に染み込ませているに違いない、セイラは思った。


 頭で理解しているのはアンヌ。アンヌが頭脳となり、イオが筋肉となる。

 二人の息の合ったコンビネーションが今、結実しようとしている。セイラは顎に手を当て、わずかばかりの皮を手で掴んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「そうよッ! いいッ! もっと肩を捩じってあなたの力を打ち込みなさいッ!」

 アンヌが叫ぶ。イオは頭を空っぽにして彼女の指示を忠実にこなす。


 脳を無にし、アンヌの的確な判断に全てを仰ぐ。


「チェストォーーーーッ!」



 荒々しいが確かにそれはワンインチ、いやその上、まさにそれはゼロインチパンチ。イオが必死に削り出した体力と胎動する肉体が放つ激越な一撃が怪獣の肌を砕いた。


 固い皮膚が弾け、青い体液が弾け飛ぶ。激痛に驚いた怪獣は触手に入れる力を堪らず、解放させた。


 好機を逃がすわけにはいかない。怪獣の額を蹴ると後方へ飛ぶ。バク中で反転しながら、地面に突き刺さった刀を引き抜く。


 抉れた土が太陽の中で飛んだ。


 大太刀へ身を預けるようにして正眼に構える。ズンッと刀身の重量が肩にのしかかって来る。体高を越える長さ、そして120トンの重量を持つブラッディローズの必殺武器。



 である!



「ぎゅるぅぅぅぅるるるぅぅぅッ!」


 怪獣が苦悶の叫びをあげ、怒りと殺意に満ちた眼光を巨大な獲物に投げつけて来る。


 鼻から蒸気を上げ、体を大きく振るわせる。


「み、……お姉さま。あんたを信じる。だから、あたしの事も少しは信じてくれ。2人であいつを倒すッ!」


 彼女は理解した。自分を信じてもらうためにどうすればいいのか。全てはモネが教えてくれたような物。


 今更言葉にしなくとも―アンヌは笑った。優しい笑みだった。だが、目の前のパートナーには言葉でないと伝わらない。


「ええ、よくってよ……」

 図った様に怪獣の触手が迫る。もう二度と取り逃がすまいと触手はローズの四方を囲む。


「無駄よ。魔女の私に読めないとおもって? 右ッ!」


 誤差。各触手に生じる微かなずれと到達速度の差。アンヌには全て見えていた。

 イオは指示通り、右へ踏み込み、触手の束を叩き切る。青い鮮血が光の中に散っていく。


「次左ッ!」

 身をひるがえし、叩き切る。


「前に踏み込むのよッ!」

 一閃が触腕を薙ぐ。怯まず続けて来る攻撃をアンヌの的確な指示とイオの動きが打ち落としていく。


 その華麗な動き。怪獣の撒き散らす鮮血は青い花びらにも見えた。花散る中を演舞するかのように斬り進むローズ。見事な光景に思わず待機室でも歓声が上がった。


「イオ、熱源の中にもう一度入るのは危険よ」


 忠告ではなかった。アンヌにはイオが考えていることが読み取れていたから。


「分かってるんだろ? それはやってもいいって事か?」


「勿論、それしかないわ」


 イオは頷くと最後のあがきと迫る触手を振り払うと、腰を落とし、身を屈め地面を蹴った。


 怪獣へ向かって突っ走りながら肩を引く。


「これでぇぇぇぇッ!どぉぉだぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 ワンインチパンチを生み出した肩の動きと筋肉加速。その力を使ってブラッディメアリーを一直線に投げた。


 推力をほぼ失わず到達した太刀は怪獣に突き刺さることはなかった。

 イオの生み出した力はそれ以上だったのだ。怪獣の身体を貫いた大太刀は、地面に深々と突き刺ささり、やっと停止した。


 怪獣は断末魔を上げようと口を開いたがそれは叶わなかった。彼が叫ぶよりも先に怪獣の爆散器官が凶悪な体を木っ端みじんに吹き飛ばし、森一面に青い雨を降らす。怪獣の生命活動は完全に停止した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 倒れたのだとイオは分かった。怪獣がではない。自分がだ。安堵か達成感か、それとも疲労か。いずれも間違ってはいない。全てを背負うにはまだ若すぎる16の身体は限界を期して力無く地面に倒れ込んだのだ。


「イオッ!」

 アンヌが後部座席から飛び降り、イオに駆け寄る。


 床に倒れたイオを静かに抱き起す。人の事を言えた口ではないが、イオの身体はぼろぼろであった。だが、それだけに掴み取った勝利は大きい。


 命に別条がないことは触れて分かった。大きく疲弊しているが、彼女の心も体も極めて落ち着いている。


『怪獣の撃滅成功。任務終了だ。2人とも指示があるまで待機だ』


 教官― 大門の声は決して労をねぎらわない。だったらせめて……


「お疲れ様、イオ」

 アンヌはイオに言う。


 虚ろな目をしたまま、イオも答えた。

「お疲れ……お姉さま……」


 アンヌは乱れた髪を整え、優しくイオを覗き込む。強気で口も悪い彼女だが、こうしてみると普通の女の子だとアンヌは思った。


「これで最後……なんて勿体ないな…」

 イオが呟く。彼女はこれでジェミナスが解消されることを言ったのだ。


「思っても無いことを言うもんじゃないわ」

 アンヌが微笑みながら応える。


「勝手に……人の心を、読んじゃ……いけないんだろ…」


「表情を見てれば分かるわ」


「じ、じゃあ……あたしも分かる。お姉さまも……同じことを考えてる……」


 アンヌは応えなかった。答えなくてもいい。二人の中には正解があるからだ。

 アンヌはイオの頭を撫でながら、もう少し彼女に賭けてもいいかもしれないと思った。






つづく

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