2-6 灼熱



 射出完了後、コクピットの会話や様子は全てシャットアウトされる。つまり、戦闘開始から五分余り、以前動きを見せないブラッディローズの中で一体何が行われているのか、戦略指令室では全く分からないのである。


 学院地下に構えられた指令室は階段状になっており、指揮を取る大門から順に階層が下がっていく。中央部には巨大な水槽が天井から迫り出しており、中を全裸の少女が3人漂っている。指令室内のあらゆるシステムを駆動させ、管理する魔女の少女達。『セイレムの少女達』と呼ばれる彼女達に知能は乏しく、無邪気な笑顔のまま水槽を行ったり来たりしている。


 戦闘を傍観するしかない指令室は、微動だにしないイオとアンヌを沈黙のまま見つめる。


「動きませんね……」

 オペレーターが溜まらず応える。大門は指令室の中央で腕を組んだまま、モニターを見つめるだけで返答しない。


「機械トラブルでしょうか?」

 別のオペレーターが言う。


「いえ、電気系統への異変は特にみられません」

 また、別のオペレーターが返答した。


 それを最後に指令室には再び沈黙が戻って来る。

 巨大水槽のごぼごぼと言う音だけが指令室内に木霊する。


「動くぞ……」

 大門が言う。全員の視線が動く。誰もがやっとメイデンが動き出すのだと思っていた。が、しかしやっと動き出したのは怪獣の方だった。


 蹂躙を続けていた怪獣―モエロゴンは索敵の中で初めて自分と相対するべき存在に気付いたのだ。


 怪獣は対向を変え、

「ぎゅもぉぉぉぉうぅぅぉぉぉぉンッ!」

と咆哮。目が無意味な破壊と殺戮から、遊び相手を見つけた様な無邪気な凶暴性を秘めた目へ変わった。怪獣は武者震いすると胴体に配された無数の管から、紫色の毒々しい触手をブラッディローズめがけて放つ。


 先に察知したのはイオだった。振り返るイオに迫る無数の触手が、彼女にこれが実戦であることを思い出させ、反射的に体が動く。


 イオは身を屈め、膝に力を籠めるとそのまま高く跳ね上がる。上方へ回避行動を取ったのだ。


「行動で示すってんだろォッ!」

 ローズの両肩から伸びる翼が風を切り、摩擦熱で蒸発した大気が白く尾を引く。現実へ引き戻されたアンヌはすぐさま、ローズの姿勢を空中へ押し上げる為にフォトンを噴射する。


「ブラッディメアリィィィィーッ!」

 空中で姿勢を固定したイオが叫ぶ。


 彼女の叫びが両肩の翼を1つの大太刀―ブラッディメアリーへ合体させる。

 全長53mの大太刀が陽光を照り返し、鈍くハレーション。


「これでぇぇぇぇッ!」

 推進剤を切って、自由落下に任せる。


 自重と重力が相乗的に加わった凄まじい“斬り”が触手に叩きつけられる。


 イオの行動も、そしてアンヌの付けた狙いも正確そのものだ。申し分のない攻撃。回避を瞬時に攻撃へ転用させた2人の判断は流石としか言いようが無い。

 だが、2人を狙った触手が、怪獣の持つ全ての触手ではないことを、彼女たちは知らなかった。


 別の触手が掴んだ巨石が、極めて正確な照準で2人へ投擲される。


「まずいッ!」

 口論の中、乱れていた精神が本来、気づくべきであるアンヌの反応を見誤らせる。叫んだ時には既に遅い。


 巨石は怪獣の狙い通り、触手を断とうとするローズの攻撃を空中で阻止した。


「うぐぅッ! ぅぇええッ!」

 みぞおちへ潜り込んで来た岩石は、怪獣の放つ熱で高温に焼き上がっており、打撃と同時にイオの腹を焦がした。打撃のショックで彼女の手を離れた長剣が空中で回転し、地面へ突き刺さる。


 数百トンの巨躯が地面へ墜落し、大地が揺れる。衝撃でローズが転がる度、なぎ倒される木々。


 腹部を押さえて蹲るイオを怪獣は待ってはくれない。

 間髪入れず、怪獣の触手がローズへ迫る。


「プロトンビームをッ!」

 ローズの主力武装となる太刀を失った今、他に方法はない。アンヌの叫びにイオも答える。


「クソぉぉッ! プロトンビームだァァァァッ!」

 何とか身を起こしたローズの額に青い光が収束し、閃光が森を劈く。高温と超振動するイオン粒子が大気を焼き、怪獣にレーザーが肉迫する。


 読み通りだった。青い熱線は表皮をジジッと蒸発させ、驚いた触手が散開し、追撃を取りやめた。


 初めてダメージを受けた怪獣は身を揺らして再び鳴き叫ぶ。苦悶の叫びか、それとも―


「やったッ!」

 効果を見止めたイオは拳を握り呟いて、不覚にもアンヌの指示が功を奏したことに気づき、唇を強く噛む。後方へ視線を一瞬映したが、アンヌは極めて落ち着き払っていた。


 喜んでばかりいられない。イオは寸秒で立ち上がり地面へ突き刺さったブラッディメアリーへ走った。腹部に残った鈍痛が足の動きを乱してくる。


 怪獣の咆哮は決して苦悶ではなかった。むしろその逆、明確な敵意を感じ取った事による怒りと攻撃を意味する叫びだったのだ。


 太刀へ走るローズを怪獣は自分に怯えて逃げる哀れな獲物だと思ったのかもしれない。管から蒸気を吹き出すと再び触手が放散され、だらりと垂れ下がる。


 触手は激しく地面を鞭打つと走るローズを追った。


「左、来るわッ!」

 意識を太刀一点に集中していたイオは迫る触手など眼中にない。アンヌの声にも、太刀を掴み取って反撃という事しか頭に浮かばなかった。武器を回収さえすれば十分互角に戦えるという算段もあった。


 だが、イオの速力では、迫る触腕から逃げきれ無いことがアンヌには分かっていた。だからこそ忠告を―


 彼女の予想通り、幾重に重なり合った触手の束がワッと開いて走るローズの足をからめとった。複雑にそして頑丈に、触手は足に巻き付き、固く締め上げる。


 地面へ引っ張られる感覚でローズ―イオは転倒する。受け身を取る間もなく、うつ伏せに倒れたイオは顔面を強打。

 ドッと鮮血がレゴリスを染めて行く。


 顔を上げると太刀は目と鼻の先。手を伸ばそうとしたイオの希望を引き裂くように怪獣の触手は強い力で彼女を引きずって行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 見ていた誰もが思わず「アッ!」と声を漏らした。


 数十個の扇形ソファーと電光板が用意された生徒用待機室では、ほぼ全ての生徒達がトップジェミナスの戦闘を固唾を飲んで見守っていた。


 今、スクリーンには怪獣に引きずられ、怪獣の目の前で吊り下げられたローズが映し出されている。

 巧みな触手さばきで完全に固定され、目の前で宙づりになったローズは逃げ出そうと身をよじるが意味はなさそうだった。怪獣から発せられる熱波がじりじりとローズの身体を痛めつけ、煙が上がっている。


 全ての生徒が画面に映るブラッディローズに注目していたが、その心中で気に掛けているのはアンヌだけ。待機室のあちこちから、アンヌを憐れむ声と彼女をそそのかした―いつのまにか噂は事実となって伝播していた―イオを中傷する声が上がる。


 モネはそんな声を一瞥し画面へ視線を戻す。

 画面では怪獣が更に触手を這わせ、足だけだった拘束を全身に広げていた。股関節や胸回り、熱と分泌液でヌラヌラと輝く触手は如何にも官能的にローズ―イオを締め付け、なぶる。


「い、イオちゃん……」

 このままでは二人とも焼け死ぬ―昼間聞いた彼女の決意がモネの頭にフラッシュバックする。余計に生々しい死がそこまで迫ってきているのを感じた。モネは思わず両手でをギュッと掴んで目を瞑った。


 どうか、イオちゃんが―


「このままじゃ彼女死ぬわよ」

 声に驚いて振り返るとセイラが両手にカップを持って立っていた。セイラはモネを見ると無言でカップを渡す。

 木製のカップにはココアが湯気を立てていた。


「そ、そんな……」


「分が悪すぎるわ。怪獣の周囲は数百度の高温、機体が持っても操縦者の身が持たないわ。恐らく、コクピットは50℃、いや下手したら100℃を越しててもおかしくはない……」

 セイラはソファーに腰かけながら喋る。


「じゃ、じゃあイオちゃんはどうすれば……」

 セイラは答えなかった。ココアを口に運びながら、静かに戦いの様子をただ見つめる。


 数十度に熱されたコクピット、モネには想像もつかない。想像もつかないほど苦しい環境にいる友人のことを思うと胸が強く締め付けられた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 コクピットはモネが想像する、数十倍も過酷な状況になっていた。


 レゴリスの作り出した怪獣の触手が舞台中央でイオを逆さづりで締め上げている。触手は彼女の四肢をそれぞれ別々の方向へ引っ張る。大開になった腕と股。股に食い込む触手。


 乙女の身体がいやらしく縛られるこの背徳! その姿は最早、辱めを受けていると言ってもいい。しかし、イオには恥ずかしいという感情を抱けるほどの余裕はなかった。肉と肌に食い込む触手の痛み、凄まじいばかりの高温が冷静な判断力と思考を鈍らせていく。


 室内は既に80℃を超え、むわっとした大気がそこら中に満ちている。


 スキンドレスは既にびっしょりと汗にまみれ、地面へぼたぼたと水溜りを作る。必死に冷却の策を練るアンヌも汗でまともに目を開けることが出来ない。万能戦闘兵器であるアイアンメイデンに空調設備や耐火設計が無い筈はない。だが、怪獣の攻撃はその想定をはるかに超えていた。怪獣は単なる熱源ではなかったのだ。怪獣が発する熱の正体はマイクロウェーブ、つまりは電磁波。


 空気中のあらゆる分子を高速振動させ、放熱させることによってこの高温を作り出しているのだ。炎やビームとはわけが違う。


 機外は既に2000℃と言う常識を遥かに超えた温度になっている。外装もナノマシンの再生が追いつかない程、凄まじい勢いで破壊されていく。


 更に怪獣は追い打ちを掛けるように、ぴったりと密着させ、直に電磁波を浴びせた。


「うあぁぁぁああああぁぁぁッ!」

 もだえ苦しむイオの絶叫が響き渡る。


 冷却を諦めたアンヌは反撃の手を練る。と言っても、彼女には一つしか策はない。


 ブラッディローズの持ちえる唯一の射撃系武装はプロトンビーム。


 先ほどの怪獣の回避行動を見るに、アンヌは熱線の効果が十分に見込めると踏んでいた。しかも距離はほぼゼロに近い。瞬殺は不可能だとしても怪獣へ一太刀浴びせることは出来る。そうなれば怪獣は拘束を解く。


 少なくともただ、焼き上がるのを待つだけのこの状況下から脱することは出来る。

 問題は出力だ。最出力のまま照射する時間が長くなればその分怪獣は怯み続ける。怯む時間が長ければ長いほど、回避は有利になる。


 ローズのあらゆる動力系統をプロトンビームへ回していくが、肝となるのはアンヌ自身の精神エネルギーだ。彼女がフォトンを捻出すればするほど熱線はより強固な物になっていく。


 過酷な環境下で冷静な判断力や体力の消耗に耐えながら沈着に自分の中からエネルギーを抽出することはアンヌにとって造作もないこと。通常であれば熱と死の恐怖で精神をすり減らし、絶望してしまうが彼女はそれをやってのけたのである。


 だが―


 自分の判断ミスを呪った。口論でぶつけ合った感情は予想以上に彼女の精神エネルギーをすり減らしていたのだ。


 後悔する気持ちを咄嗟に抑える。無駄な思考と感情でこれ以上ロスを生み出すわけには行けない。いまは持てる全てを持って怪獣に向かわねばならない。

 アンヌは額をぼとぼと伝っていく汗を拭い再び計器と自分に向き合う。


 彼女がこれらのことを思考し、行動に移したのはものの2秒ほどだった。


 セッティングを終えた彼女は最後の仕上げに取り掛かる。


「イオ、撃つのよッ!」

 アンヌが叫ぶ。いくら、魔女が準備をしたとしても操者であるイオの意思が無ければ発射することは出来ない。


「うぁぁぁあっがああああッ……んんッ!」

 イオは怪獣の発する炎熱と体中を締め付ける触手に喘ぐ。


「聞くのよイオッ!私が最大限まで出力をあげる。そうすればこの状況から脱することが出来るわ。だから…プロトンビームを放つのよッ!」


 イオにはアンヌの声はほぼ聞こえていなかった。いや聞こえてはいたのだが、脳が言葉を理解しようとしなかった。だが、苛烈極まる状況にビームで一矢報いることだけは理解する。


 痛みを耐え、叫ぶ。


「ぷ、プロトンッ……ビィィィィィムぅッ!」


 プロトンビームはブラッディローズの頭部、丁度人間でいう額に発射機構が備わっている。菱形をした高純度マイクロファイバーの束は機体内で超加速させた陽電子を、フォトンを使って誘導放出させた際に出来る電磁波を収束させて一気に放出させる。


 ローズが体内で生成できる陽電子には限界があるが、フォトンの限界は魔女の裁量。一定量の陽電子でも強いフォトンを加えれば誘導放出の量は大きくなる。


 あらゆる機関電源を陽電子加速に回し、今持てるだけのフォトンを使い込んだビーム。


 高温のあまり、青い一つの線となって放たれるそれはあらゆる物質を貫通し、鋼鉄でさえも融解させる。ことに生物― つまりは怪獣の皮膚を一閃すれば火傷を与える間もなく、貫く。高温で焼かれた傷口は一瞬にして塞がり、一滴の血も流さず怪獣の命を絶つ。


 正に華麗にして鮮やかな攻撃。貴族の兵器にはふさわしい武装と言えた。


 決して最大限とは言い難い出力だが、距離が違う。運が良ければこの一撃で怪獣は死止められるかもしれない。アンヌはそうとすら思った。


 絶叫するイオに肩の力が抜けた。


 これで、これで終わる。これで怪獣との戦闘はひとまず終わる。そうすればもう二度と目の前で悲鳴を上げる少女とアイアンメイデンに乗ることはない。


 もう二度と危険な真似はしない。


 蒼色の集熱が怪獣に命中する。


 途端に火花と爆炎が辺りを包みこんでいった。


 あまりに近くで爆ぜたビームにローズの視界はホワイトアウトし、機内には高熱線が照射される音だけが響いていた。







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