2-5 怪獣

「なんで?」

 モネの疑問に返答する南 アンヌの声は、極めて落ち着いていた。


「げ、現にああやって百合園さんにも勝ったじゃないですか!」

 たった一日で掴んだ夢への切符がこの瞬間、崩れようとしているのだ。イオはとても口を開ける状態ではない。

 昏倒しそうなイオを支えながらモネが尋ねる。


「勝った……確かに形式上は、ね……」

 口を開こうとしたモネをイオが制した。


「じゃ、じゃあなんでだ……」

 アンヌは視線を再びイオに移す。


「何故か分からない?」


「わ、分からないね。あたしたちは上手くやって――」


「行けると思ってるの?」

 イオは唇を噛み、少し俯くと顔を上げた。心中には悔しいが、大門の言葉が浮かんでいた。


「ああ。思ってるさ。確かに、あたしは未熟で力も無いかもしれない。だけど……」

 だけど、自分に何かあるのか。目の前の才色兼備な天才を惹きつけるだけの何かが一体あるのだろうか?


「だけど……こ、これからもっと強くなるさ……」

 アンヌの目は動かない。冷静にただ、冷静にイオを見つめている。


「私達は道具じゃない」


「えっ……」

 戸惑うイオにアンヌは続ける。


「とても、あなたに命を預けることは出来ないわ」

 イオは自分の髪をグッと掴む。どうすることも出来ない。悔しさと怒り、そして情けなさでイオは震える。

 なぜ、自分をパートナーとして認めてくれないのか、分からぬ理由がイオをさらに混乱させた。


 理由は分からなかったが、ただ一つ表情で分かった。彼女は自分の意思を変えるつもりはない。自分が何を言っても駄目だと悟った。


 しかし、ダメだと分かっていても―苦し紛れにイオの口が動く。

「じゃ、じゃあ、一体どうすればあんたに信頼してもらえる……」


 イオの言葉を聞き終えたアンヌの目つきがスッと変わった。

 彼女は首を上げ、辺りを見回すとただ一言。


「来るわ」


 意味不明な答えにイオとモネが顔を見合わせたその時、けたたましいサイレンが辺りを包む。

 人の恐怖心を必要以上に刺激するその不協和音。

 正体は怪獣警報。

 人々に危機が迫っている合図だ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『怪獣は現在、U18森林区域を北東へ時速30㎞で進行中。7時間後に都市部へ侵入します』


『怪獣の発する熱波により、大規模な火災が発生。甚大な二次被害が予想されます』


『ギルドから名前来ましたッ! キルドは怪獣四号をモエロゴンと命名』


『よし、これより怪獣をモエロゴンと呼称する。イオ、アンヌ。聞こえるか?………イオッ! 聞こえているのかッ!』



 どこか遠くの雑音のように聞こえていた男性オペレーターの声に混じった大門の呼び掛けにイオはハッと我を取り返す。


「あ、ああ、……聞こえてるさ」


『しっかりしろ、これから初の実戦となる。怪獣の体長は――』


 戦闘体系術の教官は、怪獣戦においても指揮官として指揮を取るのが通例である。学院地下に作られた戦略指令室がガーデンに襲来する怪獣対策のすべてを担う。


 指令室が淡々と怪獣被害の規模と作戦概要を告げているが、そんなことイオにはどうでもよかった。アンヌにジェミナス解消を告げられた直後に鳴り響いた怪獣警報。二人は否応なしに呼び出され、アイアンメイデンに乗ることになった。アンヌは何も言わず、指示に従った。


 ここでごねることに意味がないことを彼女は知っていたのだろう。


 後方で計器類をチェックしているアンヌの方をイオは見れなかった。コクピットにはあまりに気まずい沈黙と空気が漂っていた。初めての対怪獣戦。夢にまで見た怪獣との闘いに、本来高揚しているはず。


 コクピットは正常な温度に保たれているはずなのに、嫌な寒さに胸が詰まる。自分には命を預けられないと告げたばかりの少女が後方で今まさに自分と戦おうとしている。

 いままで味わったことのない嫌な感じ。コンディション最悪だ。


 夢にまでみた怪獣との闘いをこんな状況で迎えるなんて―イオはどうもむかっ腹が収まらない。

 こんな状態で戦闘に出れば―イオは初めて死を意識した。


『三〇秒後、ブラッディローズをカーゴで区域付近ポイントU❘一三へ射出する。ショックに供えろ』

 大門が告げる。ロッカーからメイデンを運ぶ射出カーゴはガーデンのあらゆる場所へ通じており、瞬時にメイデンを輸送することが可能となっている。決闘の時と同じようにメイデンを固定していたハンガーが外れ、カーゴにセットされる感覚が伝わって来る。


 会話を一切しないまま、イオのメイデン―ブラッディローズは勢いよく射出された。


 安全ロックが外れる感触と共に、重力が機体をぐんっと地面へめり込ませる。床に敷き詰められたレゴリスが瞬時に森を作り上げる。

 スクリーンには広大な森と遥か前方を進む怪獣の姿。

 燃え盛る炎と煙を上げて倒れる大木が怪獣を包む。


「か、怪獣……」

 イオにとってこれほどまでに近い距離で怪獣と相対するのは初めての経験だ。アンヌが画面右上へ拡大した映像と投影する。


 樽のような寸胴に、猟犬にも似た細長い頭部が乗っかっている。腕はなく、胴体からは数個、管のような物が飛び出している。

 その巨体を支える太い足でのっしのっしと前進する。そこに明確な意思や目的があるのかは分からない。分かったとしても到底相容れる存在ではないことは明白である。


『アイアンメイデン射出完了。これより、怪獣戦は全てジェミナスに一任します』


 オペレーターの声が冷たくそう告げる。怪獣退治は貴族の役目であり、特権だ。一つの演舞でもあるそれは、単純に怪獣を葬り去る事だけが使命ではない。どう美しく、そして華麗に敵を殲滅するのか、見事な戦闘が求められるのだ。その全ては操縦するジェミナス達に一任される。ここからは何があっても、それは全て貴族の責任。

 指令室はそれをただ、見守るだけ。必要以上の介入はしない―というよりもしてはならないのだ。


「怪獣の半径300m以内は摂氏120℃。中心部へ近づくにつれ、温度は上昇してるわ」

 やっと口を開いたアンヌが機械的に告げる。


「歩く熱源……いや歩く炎ってところか……」


「近づくのは危険よ。プロトンビームで牽制し、様子を見るのよ」

 セイラと戦った時と同じじゃないか―イオは思った。


「ビームなんかじゃあいつは倒れない。ローズがもし最深部へ潜り込むとして、どれくらい耐えれる?」

 イオは静かに尋ねる。


「……もって、1時間。ただそれは機体の話。あたしたちは5分もあれば失神して死ぬわ」

 アンヌの声は悟っていた。


「5分か……」


「突っ込むのは無理よ。絶対に」


「どうしてだ」

「初めてで近接戦は危険すぎるわ。ただでさえ、怪獣の周囲は高温になってるのよ。遠距離攻撃で様子をみつつ、冷静に―」


「そんな間の悪い事やってられるかよ。ローズなら一気に攻めて終わらせてやるさ」

 アンヌの声を遮りイオが言う。ここら辺で証明しておきたかった。自分が決して無能ではなく、怪獣と戦うに相応しい存在であると。その為にも今自分が思いつく最大限の力と技量で怪獣を殲滅し、アンヌ、そして教官に見せつけてやろうと思ったのだ。


「南さん。あたしはやるときゃ、やる女だ。あたしを信頼できないんだろ? じゃあ、行動で信頼させてやるよ。あたしの判断と行動で信頼させて見せるさ」


 振り向き、やっとアンヌを視界に止めた。黒いドレススキンに身を包んだアンヌは俯き、拳を計器の上へ置いて震えている。


 んッ?―異変をイオが感じ取るのと、アンヌが顔を上げるのはほぼ同時だった。顔を上げたアンヌにイオはハッとする。


 それは彼女の顔立ちからは考えられない怒りと苦悶に満ちた表情だった。


 眉を歪め、眉間に皺をよせて鋭い眼光がイオを睨みつける。

「あなたって人は……どうして……どうして、どうして、どうしてそんなに無鉄砲なのッ⁉」


 あぁっ―練り込められた気迫が押し潰してこようとするのを感じ、イオは情けない声でそれに耐える。怒っている。あの、南 アンヌが感情をあらわにし怒っているのだ。


「わ、悪いかよォッ!」


 人間には二種類存在する。強い感情をぶつけられた際、圧倒され、黙り込む人間と、強い感情をぶつけられた反動で、自らの感情が解放されてしまう人間だ。

 この時のイオは確実に後者だった。朝からの様々な鬱憤を閉じ込めていた蝶番が弾け飛んだのだ。


 まさかこの状況で反論してくるなんて―アンヌは瞠目した。


「馬鹿でそんなに悪いかよォッ!」

 強い怒りの波長がアンヌをたじろがせる。


「少しは、自分の行動に責任を持ちなさいッ! プライドだけじゃ戦いは勝てないのッ! いいえ、あなたのそれはプライドなんかじゃないわッ! 傲慢よッ!」


「あたしが何だってんだッ! じゃあなんで断らなかったんだよッ! 」


「私の善意も踏みにじる気なのあなたはッ⁉」


「善意ぃ? どこがだァッ! こんな最悪な状態で怪獣と戦うぐらいなら、次へ譲ったほうがましだぁッ!」


「思っても無いことをッ!」


「だいたい、あんたみたいになんでも上手くやれる奴ばっかりじゃないッ! あたしがどんな気持ちで無鉄砲やってるか分かってるのかよォ!」


「無鉄砲に気持ちもクソもあるのかしらッ⁉」


「あたしは自分がダメだから、あんたみたいに上手くやれないから……無鉄砲で行くしかないんだろうがぁぁぁッ!」


「屁理屈……ッ」

 イオが次々とぶつけて来る感情にアンヌの頭がくらりと揺れた。


 目の前に怪獣が迫っているというのに自分達は一体何をしているのか―アンヌは思わず涙が出そうになった。







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