第2話『お姉さまと呼びなさいッ!』

2-1 ランキング表


~前回までのあらすじ~


 アポロン女学院に転校してきた少女、薔薇十字 イオ。初めてであった友人の為、そしてちょっぴり自分の為、学院のトップジェミナス、百合園セイラと決闘する!

 奇跡的に勝利したイオ。だが、事件は今まさに起きようとしていた!




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ランキング表、そう呼ばれる木製の板は北棟と南棟を結ぶ、中央棟の渡廊下に掛けられ、学院の生徒であれば誰でも目にすることが出来る。


 カシで出来た本体の周りを装飾が施された金属製フレームが囲う、その板はあまりにも巨大だ。壁の上端から下端まで名一杯に埋め尽くす、馬鹿でかい板には『青き月の会』に入り、戦い続ける少女達―ジェミナスの名が並ぶ。


 掲示されるのは便宜上10位まで―無論、この表が10個すべて埋まるのは稀だ。


 入れ替え可能な細長い板に刻まれた少女たちの名前。


 その最も上位に並んだ見慣れない名前とよく知る名前に蚊帳の外にいる少女達は驚きを隠せず、口々に噂話を始める。


「この薔薇十字って子、転校生らしいよ」「セイラ様を負かしたのが見ず知らずの転校生って本当?」「それも、本当はぼこぼこにやられちゃったのにセイラ様のお情けで勝てたらしいわよ」「でもこのパートナーって……」「あのお姉さま?」「嘘でしょ、なんでお姉さまがこんな小娘と」


 登校前、何気なく確認したランキング表の番狂わせ。騒ぎを聞きつけ、出来る人だかり。人だかりを見つけ、集まる人だかり。


 少女たちはいつの時代、幾つになっても噂話が大好きなのである。ある事ない事、自分の知識を使って推察し、自分の説を唱える。膨らんでいく、複雑に絡み合う事象とその裏に潜む闇の数々に―事実がどうであれ―胸ときめかせるのが少女と言うもの。


 そしてそんな時、噂の中心人物は意外にもすぐそばに居るのが世の常である。

 人だかりの最も外側に居た少女が気配に振り返り、友人数人の肩を掴み世間話を中断させる。伝播する違和感に最後の一人が振り向く。


 南 アンヌは大勢の野次馬達には一切視線を向けず、物憂げにランキング表を見つめていた。

 彼女が注視するのは無論、1位と2位。

 薔薇十字 イオは初めて掴んだ1位に輝き、敗北者、セイラは2位へ降格している。

 アンヌは大きく息を吐くと、進行方向を北棟、つまりは貴族科の入る校舎へ定め歩き始める。


 彼女がその場を去ると再び人だかりは一つの塊を形成した。

 今度は木製の板ではなく、去っていくアンヌの後姿をチラチラと見やりながら、噂話の続きを始めた。


「お姉さま、なんかあったのかな」

 少女が言う。


「大きなため息ついてた見たいだけど」

 誰かが口を開く。


「きっと、あの一件以降おかしくなっちゃったのよ」

 言った少女を皆が探し、

「聞こえちゃったら、どうするの」

と、付け加えた。



 南アンヌはそこに溜まっていた負のエネルギーを感じ取っていたが、そんなことはどうでもよかった。そんな些細などこでもありうる人間の醜い一部分等よりも今は、もっと大きなものを胸に抱えているのだ。

 それどころではない。


 久々の戦闘から一夜。彼女にしては久々の長い夜だった。

 いつもであれば寝癖が付いている彼女の身体は必然的に眠りを求めているはずであった。加えて、戦闘で体は疲労し切っている。


 体は寝ろ、睡眠を早く、と訴えるが脳が決してそれを承諾しなかった。

 単純な一言では片づけることが不可能な気持ちが複雑に絡み合い、眠りを妨げるのである。


 元々、魔女である彼女がこの学院へ入学したのは両親を支えたいという気持ちが第一であった。平民の中でもかなりきつい暮らしをしている自分の両親を何とか助けたいという一心で学院に入学した。


 入学するだけでは何も家族の助けにはならない。


 彼女が狙うは青き月の会トップ。トップに座し、怪獣と戦えばその度、魔女の家庭へ褒章が出る。貴族からすれば、微々たる金額に過ぎないが、彼女の家族に取って見れば充分な大金。


 加えて、ジェミナスのまま卒業すればパートナーの貴族の家へ奉公し、侍女になるのが慣例だ。貴族を支える仕事とあればその報酬も莫大。

 正にアンヌが考える最大公約数の親孝行だった。


 だからこそ、薔薇十字 イオという少女が果たして自分に見合ったパートナーなのか疑い深い。先の戦闘を思い出せば信頼し、力を合わせることが出来る存在であるとは到底思えない。


 それならば、ジェミナスを解消すればいい。そう思ったが、一つ引っかかる事があった。


 胸のざわめきだ。イオを見た時の胸のざわめき、そして自分の好き嫌いでせっかくのチャンスを奪ってしまってもいいのだろうかと言う罪悪感。


 この二つを必死で押さえつける頃には既に日が昇り始めていた。

 しかし、今はこうして気持ちを落ち着け、自分の意思の整理ははっきりできていた。だからこうして北棟へ目指して彼女は歩いている。 



「あら、南 アンヌさんじゃない」

 悪意、先ほどとは比べ物にならない悪意にセイラは少し先の床を見つめていた目線を上げた。


 おかっぱの腕を組んだ少女を中心に後方に二人。

 主人とその部下。まさにそのような雰囲気を漂わせた少女達である。


 全員、貴族科の白い制服に身を包んでいる。

 中心にいるカールの掛かった長髪、赤髪の少女は特に雰囲気が悪かった。

 アンヌへ喋りかけたのも彼女であろう。


 決して不細工ではない。パーツのバランスが整っている為に、独特な狐目も気にならない。少女は目を細く歪ませ、不思議な形で口角を歪ませる。


 直ぐに名前を察した。

 赤毛の少女の名はボッコ・ホワイトウッド。後ろに控えるのがプッコとノッコだ。

 別に名乗られた訳ではないが、名前ぐらいならアンヌにはすぐに分かる。年齢も直感した。年下、それも二つ年下だ。


  無視して立ち去ろうと考えたが、魔女と貴族、下手な対応をするわけにはいかなかった。

 立ち止まったアンヌが応答しようとする間もなく、少女―ボッコが喋りかけて来る。


「あなた、ここから先は私達の校舎よ。まさか入るつもりじゃないでしょうね」


 今まさに足を踏み入れようとしていたのだから、答えは分かり切っている。


「穢れた魔女がうちの校舎へ入ると、建物まで穢れてしまうわッ!」

 アンヌは目を細め、三人を見た。


 慣れている事とは言え、心が掻き乱されない訳ではない。

 不思議な能力を持つ、魔女のことを恐れ、憎むべき汚らわしい存在として扱う人々―もちろんこれは貴族に限った事ではない―が一定数いる。


 元来、人間は未知の存在や理解不能な物を嫌悪する生き物なのだ。

 アンヌもこれまで幾人にもこれに似た、いやこれ以上にひどい言葉を投げかけられたこともあった。


 彼女の醸し出す、嫌な雰囲気の正体をアンヌは直感した。

 しかし、こういう時、どのような対応がベストなのかもアンヌは知っている。


「ごめんなさい。でも、用があって仕方がないの。用が済んだらすぐに退散するわ」

 落ち着いた声で謝る。


「私の言葉が聞こえなかったの? 校舎に入るだけでダメだって言ってんの」

 アンヌは少し息を吐く。


「穢れた魔女がこの学校に入学できるのがそもそもおかしいのよ。それに聞いたわよ、あなた。見ず知らずの転校生、それも下級生なんかとジェミナスになったそうじゃない。あの天才ジェミナスのあなたが、随分と落ちぶれたものねッ!」


なぜ、そこまで自分の心を掻き乱す―アンヌは強く拳を握りしめる。しかし、決して反論はしてはならない。反論すれば、彼女は更に図に乗る。


 アンヌの苛立ちを知ってか知らずか、ボッコは続けた。


「だいたい、愚かしい庶民、それも哀れな魔女の分際で貴族とパートナー? それがそもそもおかしいのよ! あたし達の足元をはいずり回って隙あらば取り入ろうなんて、図々しいにもほどがあるわッ!」


 アンヌは俯き、その言葉を頭から浴びる。こういう時、アンヌは静かに耳を閉じる。もう何を言っても無駄だ。相手が体力を消耗するまでただひたすら聞き流すしかない。


「ちょっと、あんた聞いてんの?」


「ごめんなさい」

 アンヌは閉じた耳のまま、儀礼機的に謝罪する。


「ほんっっっと、私魔女って嫌いッ! 分かったら、さっさとこの場から立ち去りなさいよッ!」

 アンヌが唇を噛む中、更に応酬しようとするボッコを別の声が遮った。


「ホワイトウッドさん」

 俯きかけていた視線を上げるとそこには見覚えのある顔。

 そして黄金色の髪。


「そんな言い方はなくってよ」

 百合園セイラがそこに立っていた。目の下にくっきりと浮き出たクマにアンヌは少し、ギョッとした。


 しかしボッコは決して臆することはない。


「誰かと思えば百合園 セイラじゃない。何か用?」


「魔女であろうと構内は自由に移動してもいいはずですよ」

 ボッコの表情が聞かれていたのか、と決まり悪そうに曇った。

 静かに舌打ちをする。


「……ところで、昨日のあなたの負け様、あれはなに?」

 雲っていた顔がすぐさま悪い顔へ変わる。狐目が再び歪む。


「あんなのが、トップだったなんてほんと、このガーデンと学院の未来が心配ね!」

 セイラは吠えるボッコを一瞥し、アンヌを見る。


「御用があるんでしょ?」

 アンヌがボッコへ一瞬、目線を逸らすのを見てセイラは振り返る。


「文句があるなら、メイデンに乗って戦ってから言ってもらえるかしら?」


「なんですって?」


「戦いもせず、ただ傍観しているだけの人間ほど、ぶつくさと入らぬ文句を垂れるものよ」

 その一言が刺さったのか、ボッコは口ごもり、その切れた目で二人を睨むと「せいぜい、無能っぷりを晒してるといいわ!」と吐き捨て去って行った。


 去っていくボッコを見つめるアンヌ。何処を見るでもなく校舎の方を向くセイラ。残された二人が再び視線をぶつけ合う事は無かった。


「勘違いしないで。あたしは魔女も貴族もこの学院では対等という事を言いたかっただけだから」

 アンヌが振り向くとセイラは既に反対側へ歩き出していた。


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