1-6 薔薇の十字

 応酬に次ぐ、応酬。

 

 上空から飛び蹴り、敵を飛び越え、後方からの不意打ち。

 

 イオは思いつく限りの攻撃をリリーもとい、セイラへ叩きこんだ。

 しかし、その攻撃のすべてはどれも、たった一発さえ彼女へ直撃していなかった。


 イオが見せるほんの一瞬の隙にセイラは件のワンインチパンチをめり込ませてくる。その度にイオは血反吐を吐きながら地面を転がり、そして再び立ち上がった。


 どれだけの時間が経ったのか。


 満身創痍のイオは時間間隔がぼんやりと歪み始めていたが、彼女達の後方には天候リングがゆっくり傾き、東からは疑似太陽光が差し始め、確かな時間の経過を伝えていた。


 アンヌはドレススキンの中にぐっしょりと汗をかいていた。イオが激しく動く度、アンヌの精神と体力はすり減っていく。


 彼女自身、なんとかイオに対応しようとしたが慣れないローズのフォトン消費は激しく、肉弾戦しかしていないにも関わらず、アンヌの両手、両足は筋肉と神経が疲弊しきっていた。


 そして再び、やけくそに間合いを詰め、放った右フック。


 そんな破れかぶれな攻撃をセイラが対応できないわけが無かった。アンヌは最早忠告する気力も失せ、脇腹にワンインチパンチを受けたイオが転がるのを視線で追うだけだった。


 数十に渡る攻撃を受けた一人の少女は最早、自力で立っているとは到底言い難い状況であった。


 立ち上がろうとすれば、平衡感覚を失った脳がそれを遮り、ばたりと力なく倒れ込む。口からだけだった血は鼻、額、とその領域を広めイオの顔は真っ赤に染まっていた。腫れ上がった虚ろな目は焦点がまるで定まっていない。


 それでもなお、彼女は立とうとしていた。


 膝を突き、傍にそびえ立つ岩を支えにしながらふらふらと立ち上がる。

 アンヌは分からなかった。何故こうまでして彼女が立ち上がるのか、そして諦めないのか。


イオが弱いからだ――と彼女は思う。

弱いからこんなくだらない所で意地を張っているんだ――

そして、そんな彼女をなぜ自分は選んだのか激しく後悔し始めていた。図書館で彼女を見かけ、セイラとの問答を聞いた時、胸があれほどまでに騒いだのは一体何だったのか――


 コクピットにはセイラの高笑いが響く。


『あなたはそうやって個人の下らない憧れや心情の為、有利な戦闘を選ばない事は分かっていたわ。だからこうして、敢えてハンデを作ってあなたをおびき寄せたの。生半可な覚悟じゃ勝てないってことよッ!』

 彼女の言う通りだ、とアンヌは思う。戦略、技術、そして精神、全てにおいてセイラの方が上回っている。


 イオは虚ろな目でモニターを見ている。


『あなたは私をここから一歩も動かすことも出来ず、負けるのよ』


「薔薇十字さん、私達の負けよ。ここまであなたは良く戦ったわ。それだけでも――」


「うるさい………ッ まだ、まだ諦めねぇ、諦めねぇぞ………」

 かすれた、息も絶え絶えな声だった。背中越しに見えるイオは自分を奮い立たせるように激しく呼吸を繰り返している。肩で息をしているのが分かった。


 アンヌは座席をグッと掴む。


「もし、次あの攻撃を受ければあなたの身体は持たないわ。下手をしたら死ぬわよあなた。死んでもいいのッ⁉」


「ふっ……負けるくらいなら死んだ方がマシだ」


「薔薇十字さんッ! 負けを認めるのは恥ずかしいことなんかじゃないわッ!今のあなたは冷静さを失ってる。次に――」


「あたしの意識がまだあるうちは、ぜってぇぇに負けなんか認めてたまるかぁぁぁッ!」

 イオの怒号がアンヌを遮った。


 アンヌは俯き、大きく息を吸い込むとイオを見る。


「大丈夫だ、南さん。戦いはまだ三回表だぜ……」

 イオが笑った――気がした。


 刹那、イオは走りだしていた。

 まさか満身創痍とは思えない身軽さだ。

 全速力。全速力を上げてセイラへ突っ込むつもりなのだ。


「やめてぇぇぇぇぇッ!」

 アンヌの叫びが木霊する。


 眼前にはリリー。

 2つの巨体がインパクトするッ!



 咄嗟にアンヌは目を背けた。


 どうなった―


 衝撃がほぼない、と言う違和感が直ぐにアンヌの視線を元に戻す。


 目の前には地面に足をめり込ませ、リリーギリギリで急停止したイオ―ローズ。

 その向こうにはワンインチパンチの体勢のまま、停止するリリー。


 前方向へ撃ちだされたパンチはローズと言う対象物があってこそ、そのパワーが相殺される。しかし、ローズと言う目標を失い、行き場を無くしたパワーは必然的に………


 どぐぅぅぅッ!という衝撃音と共に土煙が上がり、リリーが前のめりに倒れ込んだ。セイラも止めの一撃のつもりでその一発を放ったのであろう、体勢が一気に崩れるのも無理はなかった。


 無論、体は円の外。


「へへっ……あんた、手押し相撲って知ってるか?」

 しゃがんだ体勢でイオが勝ち誇る。


『こ、この私が………』


「力が無ければ勝てない? それは違うね。相手の力を利用して勝つ方法だってあるってことだ」


「な、なんてこと………」

 アンヌも思わず、呟いた。


『百合園セイラの定めたルールにより、勝者、薔薇十字 イオ』

 男の声が無機質にそう告げた。


「だってよぉッ! あんた、約束通り、モネに謝るんだな!それと、今日からあたしがトップジェミナスだぁぁぁぁッ!」




もう皆さんお分かりであろう

君たちの期待を一身に受け、迫りくるライバル、そして怪獣と戦う少女!


この少女こそ本作の主人公ッ!


その名も


薔薇十字 イオと言うッ!




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 伝声管を切った男は掛けていたサングラスを整え、電光板に映ったブラッディローズ、操縦者、薔薇十字イオを見つめた。


「薔薇十字イオ……」


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