1-5 コウシャ・ウラ

 体全体をきつく締めあげるスキンドレスにイオは想像以上の不快感を覚えた。少しでも体を動かすと少しの隙間も許さないように生地が張り付いてくる。密着したスーツは体温を保ち、生温かく体と生地の間を埋めるリキッドがぬめついて更に不快極まりない。


 アイアンメイデンの操縦――それは大凡他の機械を動かす操縦とは全く異なる物である。アイアンメイデンは操縦者の動きをフィードバックし、戦闘に反映する。言うなれば、操縦者とアイアンメイデンは一心同体。


 その為、操縦者の身体の動きを微細に読み取る必要がある。


 高純度のラバー質で作られたスキンドレスはそんな操縦者の動きを微細に読み取り、拡大して反映する。


 モーションのトレーシングには余計な物は必要ないのである。しかし、余計な物を排除したあまり、余分な―本来見えなくてもいいものまでくっきりと浮き上がらせてしまう。


 そんな本来、味気の無いスキンドレスではあるが、そこは貴族。少ないながらも個性と気品を出す装飾が施されている。


 だが、イオにしてみれば赤字に黒いライン、そして所々に入った薔薇十字家の紋章、極めつけに両腕両足に付けられたPVC製のフリルの数々は、締め付け以前に羞恥極まりない恰好だった。


 加えてこの格好で座席に座るのであればまだしも、アイアンメイデンのコックピット《ウテルス》は円形の舞台に近い形状をしている。


 そのど真ん中に立ち、後方の少しせり上がった位置にある座席からパートナーに見下ろされているのだからたまらなく恥ずかしくなって来る。 


 それも今日の朝初めて知り合った素性の分からない少女、それも魔女である。


 名前は 南 アンヌ。


 彼女についてはモネにもう嫌と言うほど聞かされていた。

 魔女科 四年の超優等生。学園でその名を知らぬものはいないほどの超有名人。成績優秀、スポーツ万能、貴族からも魔女からも一目を置かれている存在である。そんな彼女の包容力と美麗さから次第に「お姉さま」と呼ばれるようになった。

 モネが最初「お姉さま」と呼んだのはその為だ。


モネの話ではかつて、一つ先輩の貴族とジェミナスを組んでいたのだという。

 アンヌのジェミナスは歴戦連勝のつわもの。他者を一切寄せ付けず、実に3年もの間、ランキング1位の座を守り続けていた。鮮やかな立ち回りとスタイリッシュな戦闘。それを全てサポートし、パートナーへ的確な判断をしていたのがこの、南アンヌなのだ。


 しかし、1年前、パートナーの貴族が卒業間近、突如として彼女はジェミナスを解消した。ジェミナスを組んだ魔女は貴族の卒業と共に学園を去り、パートナーの家へ奉公に出るのが決まりである。直前になってジェミナスを解消するというのはいささか奇妙な事であった。


 理由は不明だが、いや不明だからこそ学内では様々な憶測と下品な噂話が広まった。イオがモネから聞いたのは、アンヌの方から愛想を尽かし、パートナーを切ったという物。


 ただ、結局のところ真相は2人の間にしか分からない。

 その真相も片方が卒業してしまった今では謎のまま。

 そんな謎めいた少女が見ず知らずの自分へ自らジェミナスを申し込み、こうして後部に座っているのだ。


イオの心は慣れないスキンドレスと相まってより一層落ち着かなくなっていた。


 手首周りの突っ張りを直しながら後方へ目線をやると、計器類をチェックしているアンヌがこちらを一度も見ずにしゃべりかけて来る。


「緊張してるの? もしかして、乗るのは初めて?」

 イオを気遣っているのか、朝とは対照的に優しく落ち着いている口調であった。


「……そんなの分かってるんだろ?」

 今のイオにその気遣いはどう処理していいのか分からなかった。むしろ、彼女の心をくすぐって来る。


「普段、心は読んじゃダメって決まりがあるのよ」


 アンヌは声色一つ変えず、返答する。そこに緊張の影は見えない。彼女自身、アイアンメイデンに乗るのは初めてではなくとも、このブラッディローズへの搭乗は初だ。これから不慣れな機械と向かい合い、立ち回らなければならない。相当な緊張があるはずであった。


「あたしがジェミナスいないの見抜いただろ……あれはどうなんだよ」

 アンヌは計器類を弄りながら一瞬、イオへ視線を投げた。アンヌの目は微笑んでいた。イオは思わず、目を逸らし前へ向き直る。


『二人とも聞こえるか。教官の大門だいもんだ』

 コクピット内に男の声が響く。


『まもなく、お前達のメイデンを射出する。気を引き締めろ』

 そう冷たく告げる男の声は2人の返答を待たずに切れた。



 コウシャ・ウラ―そう呼ばれた場所はガーデンの真裏にある。

 真裏と言うのは全く持って比喩ではない。水平を保ったガーデンの生活圏の真下で戦闘は行われる。


 その為、射出と言うのは便宜上の表現で、正確には地下へ高速で潜り、反対側へ押し出される。


 ロッカー内でハンガーに固定されたメイデンをしっかりとロックしたまま、地下への射出口が開く。


 射出レールへハンガーがセットされ、固定されていた安全装置が外れる衝撃がコクピットにわずかばかり伝わって来る。程なくして、ハンガーのレールを支えていたロックが外れ、イオのメイデン―ブラッディローズが高速で重力に任せ落下して行く。


 しかし、その速度感覚は超高高度ショックアブゾーバーの内蔵されたコクピットの中では全く分からない。イオは自分が今落下しているのかすら疑問であった。

 程なくして伝わって来た強いショックが無事、コウシャ・ウラに打ち上げられたのだと教えてくれた。


「射出完了。これより、システムを起動するわ」


 アンヌの声と共に薄明るい照明だけだったコクピットが一斉に灯りを帯び、前面に展開された電光板が外の世界をくっきりと鮮明に映し出した。


 そこは、生命の息吹がまるで感じられない死の世界。

 真裏―生活圏が夕暮れであれば、必然的にその裏は夜になる。

 天候リングがく、疑似月光が荒れた岩と乾いた砂地を照らし出していた。周りは幾多の丘陵と巨大な岩石。そして遠くには不気味なほど静まり返る森林。


「これがコウシャ・ウラ、か」

 話には聞いたことがあるが、イオも見るのは初めてであった。


「レゴリクター展開開始」

 アンヌはこなれた様子で次々と作業を片付けて行く。


 イオの立つ、円形の舞台の床に敷き詰められた微細な砂の塊が一斉に振動をはじめ、メイデンの立つ場所とその周囲の地形を一気に形作る。


「おおっ……」

 まるでイオがメイデンと同じ場所、同じ高さでその場にいるかのようである。このレゴリクター技術は磁力を帯びた月の砂、レゴリスを利用した画期的なシステムである。

 操縦者の動きを拡大して反映するメイデンにとって自分とメカの誤差を限りなく少なくするこのシステムは無くてはならない物だ。


「敵、メイデンは約6000m先に射出されてるわ」

 アンヌはモニターに映ったセイラのメイデンを拡大し投影する。


 艶やかな青を基調にした細身のボディ。その頭部は烏帽子えぼしを被っているのかのように長く、黄緑のセンサーが不気味に明滅している。

 背中には、身長よりもはるかに長いのではないかと思われる武器―バスターランチャーを装備している。凛としたその立ち姿と、頭部から垂らした排熱ファイバーの束が如何にもセイラらしかった。


「ぬぅッ………強そうだな」

流石に現状一位とあって、その姿はいやに説得力がある。


「名前はリリー・ザ・キッド」


「空かした名前だ」


「落ち着いて。冷静にやればきっと大丈夫よ」

 アンヌが自分を無理に落ち着けているのだと分かり、イオは何も返答しなかった。


『両者とも、準備が整ったようだな。まあ、知ってはいると思うが……念のため決闘のルールに目を通して置け』


 前面のモニターに条文が並ぶ。



・その一 現在順位から一つ上のジェミナスにしか挑戦することは出来ない


・その二 自分より下位のジェミナスには自由に決闘を申し込むことが出来る


・その三 決闘はコウシャ・ウラのみで成立する


・その四 原則として先に頭部を破壊した者が勝者とする


・その五 これら決闘によって勉学が妨げれてはならない





『よし、戦闘開始ッ!』


 男の叫び声と共にブラッディローズがハンガーから外れる。


 ローズはずんっと言う衝撃と共に地面へ深く沈む。

 ドクンッとイオの心拍数が跳ね上がった。いよいよ始まるのだ。得も言われぬ恐怖と緊張が一気に体を駆けあがって来る。


 モニターにはセイラのリリーが拡大され、ロックされている。


 不意に、リリーがビシッとイオを指さす。


「ひィィっ!」

 攻撃か―と思ったイオは咄嗟に両手を顔の前で構え、ガードの体勢を取る。


『薔薇十字さんッ!』

 セイラの声と共にイオはそれが攻撃ではないことを悟り、ゆっくりとセイラを向き直った。


『薔薇十字さん。あなた良くここまで逃げなかったわね。それでだけでも褒めてあげる。でも、ここからはお遊びじゃないわ。本気であなたをぶっ潰す……っと言いたいところだけど』


「なにっ……」


『あなたみたいな素人相手に本気で掛かったら私の方が顰蹙ひんしゅくを買うわ。私が本気でぶつから無くたって、あなたみたいなガキ、赤子の手をひねる様な物だって教えてあげるッ!』


 セイラはそう言うとゆっくりと自分の周りに円を引き始めた。

 大きく足を広げてしまえばもうはみ出るというような小さな円である。


「な、なんだその円はぁッ⁉」


『あなたみたいな雑魚はこの円から一歩もでなくても充分勝てるわ。私をここから一歩でも出したらあなたの勝でいいわよッ!』


 侮辱。何たる侮辱であろうか。勝ち誇ったセイラの行動と口調にイオのはらわたがぐつぐつ煮えかえる。


「あの野郎……ッ、コケにしやがってぇッ! ぬうぅぅっ……いいさ、ハンデを付けたこと、後悔させてやるッ!」


『来なさいッ!』


「のぞむところだぁぁぁッ!」

 走りだそうとしたイオをアンヌが止める。


「待って、薔薇十字さんッ! まさか、突っ込むつもりじゃないでしょ?」


「ああ、そのまさかだ」


「ダメよ。ここは距離を取って遠距離用の武器で様子を見るのよ。幸い、敵は動けない。隙を見て背後からの攻撃で決めるのがベストだわ」


「いいや、ダメだね。そんなんじゃカッコが付かない。それに奴は遠距離攻撃専門なんだろ? なら尚更だ。敵の懐へ潜り込んで一気に叩くッ!」


「ダメよッ!」

 アンヌが制する声も聴かず、イオは走りだす。


 6㎞の距離は50mのアイアンメイデンを持ってすれば人間で言う数百mにすぎない。

 人間では到底体感することの出来ないスピード感とパワーをイオはその身でぐんぐん体感していた。


 体が軽い。

 軽いのだ。


 足が弾み、血を蹴る度に確かな重みと筋肉のばねが自分を遥か高い場所へ跳ね上げてくれる。凄まじいスピードで変わっていく情景にレゴリクターの生成が追いついてこない。


「だ、ダメっ」

 誰に言うでもないアンヌの声。


 彼女の目は前方でスッと体勢を構え、バスターランチャーを肩から引き出し、構えるリリーの姿を見ていた。


 くるッ――アンヌもイオもそう思った。


 しかし、リリーの攻撃は二人の予想から大きく外れていた。

 右半身を大きく後方へ傾けたリリーは振りかぶって長い、ランチャーの砲身を真っ直ぐ投げつける。

 常識外の馬力で投げつけられた砲身はやり投げの槍の如く、イオ―ローズへ向かう。


『あなたにはこんなもの使わなくってよぉッ!』


「危ないッ!」

 アンヌが叫ぶと同時にイオは飛んでいた。


 かつてない浮遊感がイオを包む。ローズの滞空時間とイオの滞空時間のずれが微妙な感覚を呼んだ。

 跳躍したローズは足元すれすれを抜けて行く、砲身を蹴ってもう一度空へ。踏み台に使われた砲身はそのまま地面へ突き刺さる。


「へっへーッ! そんなもんが当たるかよぉぉッ!」

 ローズは半ば飛び込むようにしてリリーへ迫る。


「まさか、拳で⁉」

 アンヌの驚きの声を無視し、イオは大きく振りかぶる


 一発。

 頭部を狙ったその一発で終わらせる――


 つもりだった。

 


 次の瞬間、イオの身体は九の字になって宙を舞っていた。

 胸骨を恐ろしい力で潰されかけた彼女の口から鮮血が床へ落ちる。


 操縦の反射速度、危機回避の能率を向上させるためにスキンドレスはメイデンが受けた攻撃を操縦者へダイレクトに反映する。

 イオの身体はローズが受けた攻撃と同じだけのダメージを受けているのだった。


 イオの視界ははっきりと光景を捉えていた。脳は何が起きたのか処理し切れていなかったが、彼女の視界は自分がゆっくりと空中へ飛ばされ、そして地面へ仰向けに打ち据えられるのを認識していた。


「ごはぁぁッ!」

 気管に残った血をレゴリスで作られた地面へ吐き出す。


 なにが、何が起こったのだ――

 仰向けになったままイオは考える。


「薔薇十字さんッ!」

 顔色を変えたアンヌが自分を座席から見下ろしているのが見えた。

 しかし、口と肺は新しい空気と痛みを吐き出すのに精いっぱいで彼女の問いかけには到底応えられそうになかった。


「ッぅうッ……」

 アンヌの身体にも疲労がドッと圧し掛かって来た。


 前述の通り、アイアンメイデンの動力は魔女―アンヌの捻出するフォトンエネルギー。急激な戦闘で消耗したエネルギーが彼女の体力を削り取っていた。初めて操るマシーンにアンヌはまだ、エネルギーの配分が出来ていなかったのだ。


「いッ、今のは……今のはなんだ…………」


 かすれた声でイオが喋る。それはアンヌへ問いかけたのか、それとも自分自身か。

 しかし、どれだけ自分に自問しても果たしてどのような攻撃が体に与えられたのか、分からなかった。確かに、こちらからの射程には入っていたはず。

 火器、それはあり得なかった。あの距離で火器を使ってしまえばリリー自身も巻き添えを喰らう。

 では、物理的攻撃か?


 それもイオには考えられない。自分をあれだけ吹っ飛ばした攻撃がもし物理的な物であるならば、あの円形内では踏み込むスペースが無さ過ぎる。

一体。どんな攻撃が。


「ワンインチパンチ………」

 アンヌが呟いた。


「わ、ワンインチパンチだと?」

 アンヌにはそれしか考えられなかった。飛び込んでいったイオとは違い、後方で一部始終を見ていたアンヌはほんの一瞬のうちにイオの胸部へリリーの手が軽く据えられるのを見ていた。


「な、なんなんだそりゃ……」

 イオが口の血を拭いながら立ち上がる。


「ワンインチ、つまりは2.5㎝の距離から無構えで打ちだす打撃技……」

 その発端は中国武術の八頸の中にある攻撃技の一つ、寸頸にあるとされる。敵対者との距離が極端に短く、踏み込むなどを行えない場合においても、外的変化を全く見せずに強力な痛打によって相手を押し出す技、それがワンインチパンチである。


 無論、それは誰もが使いこなせる技ではなく、使用には並外れた腕力と鍛錬が必要となる。

この状況において何の迷いも無く、冷静にパンチを繰り出すことが出来るセイラ。両者の間にある実力の差は明白であった。


『そんな無鉄砲な攻撃で、あたしを倒せると思って?』

 セイラの声。


 アンヌは床に倒れ伏したイオから視線を上げ、セイラのメイデン、リリーを見る。

 彼女は直感した、セイラは分かっていたのだ。イオが猪突猛進し突っ込んでくる事を。それを分かった上での挑発。


 やはり、素人に敵う相手ではないのか――アンヌの頭を不安がよぎる。


「くっ……言ってくれるじゃねぇか……ワンコだか、平凡パンチだがしらねぇが、そんな子供だましにあたしが負けるかよッ!」

 立ち上がったイオはファイティングポーズのままセイラとにらみ合う。


「薔薇十字さん、分かったでしょ。至近距離での攻撃は無謀よ。一旦引いて策を練るのよ」

 アンヌは座席から身を乗り出し、呼びかける。


イオは胸を摩り、軽く体を動かし体勢を整えながら、首を横に向け、完全には後方を見ず、応える。


「南さん、あんたは黙っててくれ。あたしはあたしのやり方でやる。あんたの指図は受けたくないんだ」


 アンヌは言い返さなかった。唇をギュッと固く結び、歯を食いしばるとそのまま座席へ身を落ち着けた。幸い、強固なブラッディローズの装甲はほぼ無傷である。


「正面がダメならッ!」

 イオは再び走り始める。


 アンヌの心の中にあった不安は次第に後悔へと変わり始めていた。



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