1-4 魔女


「で、パートナーはどうするの?」

 鏡の前で制服の襟を整えながらモネがイオに尋ねた。


 決闘の挑戦状を事実上叩きつけてから一夜明け、今日はイオにとって初めての授業日となるはずであったが、彼女の心中はそれどころではなかった。


 今日の放課後には学園トップの少女と巨大兵器を使った戦闘をしなければならないのである。

 通常、アイアンメイデンの操縦は2人で行う。戦闘機で言う所のパイロットとコパイロットの関係だと思ってくれればよい。


 イオは心構えだけならまだしも、そんなアイアンメイデンに乗る為に最低限必要となるパートナーを見つけてすらいなかった。


 イオは教科書を掴んで立ち上がるとモネの後ろに立つ。

 鏡越しに2人の視線がぶつかった。と、同時にイオは頭を下げた。


「頼む! あたしと一緒にあいつに乗ってくれッ!」


「へっ?」

 顔を上げると鏡の中にモネの顔は無く、彼女の顔は正面でイオを見据えていた。


「あたしとジェミナスになってくれッ!」


「えっと……」


 イオも無理な頼みだとは分かっていた。昨日今日知り合った友人に頼めることではない。しかし、それでも他に方法はない。


「大丈夫だ。乗ってくれるだけでいいから!」


「えっと……も、もしかしてイオちゃんジェミナスの仕組みしらないの?」

 モネの返答はイオの予想とは少しずれていた。


「と、いうと?」


「ジェミナスの1人は魔女じゃなくちゃいけないんだよ?」


 イオも魔女ぐらいは知っていたが、ジェミナスの明確なルールそしてそれがどのように関わってくるのかよく分かっていなかった。


「えっ……魔女ってあの?」


「そう。魔女もこの学院に入学できるのは知ってるでしょ?」


「あ、ああ。なんとなく……」


「じゃあ、その魔女がどうして入学できるとおもう?」


「それは……あれだ。不思議な力を使えるから、貴族のお供には持って来い、みたいな?」


 モネの顔が珍しく真剣だったのでイオは作り笑いをサッと辞めた。


「はぁ……いい? 魔女がなぜ必要か、それはね? アイアンメイデンを動かす動力源になるからだよ」


「ど、動力源?」


 魔女はアイアンメイデンを駆動させる際に重要な役割を果たす。


 巨大な体躯を動かすだけなく、あらゆる攻撃に対応する為、機敏な動作が必要である。そのエネルギーは莫大で、電気などでは到底補うことが出来ない。


 そこで登場するのが魔女である。

 魔女が体内から発する未知のエネルギー―フォトンがその巨躯をしなやかに、そして力強く躍動させるのである。


 加えて、魔女の直感的な瞬発力や判断力、予知能力は戦闘において有機演算機の役割すらも果たす。

 実際、魔女が学院への入学を許されているのは往々にしてこのような事実がある為と言うのが大きい。


「ってことは……魔女に頼まないとだめ?」


「うん。それも……魔女からの指名がないとダメ」


「そ、それって結構ヤバくないか……」


「やばいね……」

 2人は見つめ合ったまま苦笑いする。


 魔女の生徒と貴族の生徒が使用する校舎は分かれており、余程のことが無い限り接点は中々作り辛い。


 それも転校してきたばかりのイオなら尚更。


 今日一日、丸々授業が詰まっている彼女にパートナーを探し出す余裕などあるはずもない。一気に気が抜けた気がしてイオは思わずその場にへたり込む。


まさかこんな所で躓くとは思ってなった。昨日の言葉を激しく後悔した。これでは背水の陣どころか、最早水の中に沈んでいるではないか―


「ま、まあまだ放課後まで時間はあるんだし、お昼休みにもう一回考えよ。あたしも協力するから」

 しゃがんで慰めるモネが差し出した片手を掴んで何とか立ち上がる。


「そ、そうだな……」


「とりあえず、授業、授業」


 始業の時間まであと数分も無いことを確認し、2人は慌てて部屋を飛び出す。


 先に出たモネの背中にイオは勢い良くぶつかり、閉まりかけたドアにもたれ掛る。急いで出たのだから、そのまま階段を降りて行ってもいいような物だが、なぜかモネはドアの前で立ち止まっていた。


「ご、ごめん。だいじょぶか?」

 激しくぶつかられたはずのモネは一切振り返らず、ただ一言。


「お、お姉さま……」

 イオは首を傾げる。


「へ? モネのお姉さん?」


 顔を上げ、背中越しに前を見るとそこには1人少女が立っていた。

 顔立ちはセイラに負けず劣らず整い、さらりと降ろした黒い髪が美しい。

 見た所、明らかにイオよりも年齢は上に違いなかった。


 イオは彼女がモネの姉ではなく、自分と同じ、貴族科の生徒ではないと直ぐに悟る。イオの着ている制服が白を基調としているのに対し、目の前の少女の着ている制服は黒く、地味な色合いだ。


 魔女だ――イオは声に出さずそう思った。


「あなたが薔薇十字 イオさんかしら?」

 澄んだ声でそう呼ばれ、思わずイオはモネの前へ出た。


「は、はい……」


「あなた、ジェミナスを探しているみたいだけど。よかったら、あたしがあなたのパートナーになってあげるわ」


「は?」


「もしかして、もう新しいパートナーが見つかったの?」


「い、いや……まだだけど」


「じゃあ、私がパートナーで決まりね。放課後、あなたのロッカー前で会いましょ」

 一方的にそう告げ、立ち去ろうとするアンヌを勿論イオは呼び止める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「なに?」

 少し振り返るアンヌ。


「あたしはあんたと今はじめて会ったんだ。会ったことも無い奴とパートナーを組みたいってのは普通の感覚じゃあない。何が目的だ!」


「別に……理由はないわ。あなたが一人ぼっちだって聞いただけ……」

 イオはサッと血の気が引くのを感じた。これが魔女か。そう思った。


 自分は一切、ジェミナスを組んでいないとどこでも発言はしていない。しかし、目の前の少女はそれをどういう訳なのか知っている。


「怪しい……あんた、あのセイラってやつの差し金か!」

 叫ぶイオの手をモネが引いた。


「イオちゃん。それはないよ……だって、だってこの人……南 アンヌさんだよ?」


「有名人か?」

 モネが明らかにアンヌへ気を使いながら頷く。


「あなたがどう思おうと勝手だけど、他に方法が無いんでしょ?」

 それが彼女の捨て台詞だった。イオが反論する余地も無く、彼女はそそくさと立ち去って行く。


「あいつ、一体何者なんだ……」


「南 アンヌさん。この学校じゃ知らない人はいない程の有名人だよ」


 モネはアンヌが立ち去って行った階段を見つめながら呟く。

 この出来事がラッキーだったのか、それとも災難なのか、そう考える余地も無く鳴り始めた始業の鐘にイオとモネは全速力で走り始めた。

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