1-2 アイアン・メイデン

 アイアンメイデンを人は兵器と呼ぶだろうか?


 それを見た人々はまず、美しいと思うであろう。洗練されたデザインとふんだんに使用された高純度のメッキフレームが織りなす艶やかな採光はまるで巨大な人間がドレスを纏っているようにさえ思われる。特徴的なウェーブと呼ばれる放熱機関は戦闘時、髪のようになびく。


 人間を遥かに凌駕するその巨大さが見る人々に恐れと威厳を示す。体のどこかに大きく刻まれた一族の紋章が誇りと権威を見せつける。


 彼等はアイアンメイデンの製作に莫大な資金をつぎ込むことを決して躊躇わない。それ1機が一族の貴重な財産となりうるからだ。


 各貴族家が一族の威信をかけて作り上げられる鋼鉄の処女は、兵器である前に壮麗な芸術品なのである。


 女の子であれば誰でも一度はこのアイアンメイデンに乗り込み、世界を守ることを憧れるに違いない。だが、多くの少女が物心つき始めるころにその願いは一生叶わないことを知る。

 アイアンメイデンに乗ることが出来るのは15から18の少女だけ。それも貴族の長女だけだ。


 勿忘草 モネも勿論、貴族の長女である。女の子の夢が叶えられるステージに立っているものの、実際その立場になってみるとさしての喜びはない。


 彼女は幼い頃より体が弱かった。生まれてすぐにホイクカズラの中で死の境を彷徨い、ほんの坂道ですらまともに登りきれたことはない。巨大なドレスを纏うためには体力が第一条件。乗り込んだところでまともな戦闘は到底無理と言える。


 それより、なによりも彼女にとってアイアンメイデンでの戦闘は恐怖でしかない。

『青き月の会』で行われるバトルトーナメントは勿論、摸擬戦のような物だ。

 しかし、一瞬の迷いや判断ミスが死を招くことだってある。加えて、一度トーナメントへ参加してしまえば、殺伐とした人間関係やお互いを蹴落とし合う血にまみれた学園生活を送ることとなる―少なくともモネはそう思っている。

それは穏やかなモネには百害あって一利なし。彼女にとってアイアンメイデン、青き月の会は自分とは全く関係のない出来事であった。


そんな、彼女ですらイオのアイアンメイデンを初めて見た時は素直に『美しい』と思ったし、その思いは自然と言葉になった。

 弱視の彼女は自分の目を呪った。

 自分の目があればもっと、もっともっと鮮明にこの戦う乙女の華麗な武器を目に焼き付けることが出来るのに――


 学生寮の真裏に設けられた無数の銀の箱。全長70mのそれを果たして箱と呼んでいいかどうかは定かではないが、形状は正に箱。


 ずらりと並んだ箱はどれも、日を照り返すほどの光沢を持った銀で出来ており、唯一判別を付ける方法が前面に彫り込まれた各貴族家の紋章である。

 その紋章が持ち主を示している。

 

初めて訪れたイオも巨大に彫り込まれた家紋のお陰で一切迷わなかった。


 生徒たちはそれをロッカーと呼ぶ。

中には自分のアイアンメイデンが格納されているからだ。

 

先にモネを中へ入れ、外の簡易ポストの入った無数の書類やチラシを片手に持ちながらイオはやっと自身のロッカーの中へ入って来た。

 薄暗く、遥か高い天井に焚かれた白色電光灯が闇の中に巨人を映し出す。

 モネはあんぐりと口を開け、眼鏡を手に掛けて上を向いていた。


「やっぱりもう届いてたんだな」

 イオはテーブルにドサリと荷物を置くと頭を掻きながらモネの後ろへ立つ。


「これが……イオちゃんのアイアンメイデン……」


「ああ。血まみれの薔薇ブラッディローズだよ」


「ブラッディローズかぁ……かっこいい名前……」


「そうかぁ? 変な名前だとあたしは思うけど」


「へ? どうして?」


「だって、血まみれの、なんて名前が付いてる癖に真っ白だ」


「確かに……でもすっごく綺麗な白色……」


 正確な体色は白ではない。純白のパールホワイトの上に一層設けられた薄い透明の膜が光を反射して白く目に映るのだ。だが、モネの言うように視線が飛びそうな見事な白である。

 鶏冠のような頭の飾りや各部の装飾は中世の騎士をそのまま巨大化したかのような無骨さとそれでいてしなやかさすら感じさせる。ウェーブは後頭部で結わえてあり、さながらポニーテールのように見える。


「こうやって見てると首が痛くなるな……上、上がってみるか?」


 50mもの巨体を俯瞰するには大きく体を仰け反らせねばならず少しばかりきついのだ。


「う、うん」


 興奮気味なのを抑えてモネが頷く。

 ロッカー脇の階段を上り、丁度腰のあたりまで来ると顔を無理に上げなくてもその全体像を確認することが出来るようになる。


「すっごい。胸に薔薇が咲いてる!」


「蕾だけどな」


 ブラッディローズの胸部には中に埋め込まれたように薔薇が刺さっている。それも装甲に合わせディフォルメされた物ではなく、本物の薔薇をそのまま巨大化したような細かさだ。

 その薔薇は花弁を寄せ合い、固く閉じられている。

「明日か……」

 イオは目の前の巨人に再び現実を突きつけられ、呟く。


「ごめんね………あたしのために…」

 モネが静かに謝る


「いや、いいんだよ。モネは何も悪い事していない」

と、弁解したものの、少しばかり罪悪感もあった。勿論、セイラの態度が許せなかったのは事実。モネを守らなければならないという気持ちも本物である。しかし、イオ自信、アイアンメイデンに乗って戦わなければいけない理由があった。


流れでそうなったとは言え、自分の目的の為に今日知り合ったばかりの友人を利用すのは気が引ける。だが、もう言っていても始まらない。

戦いは明日に控えているのだ。何としてもセイラに勝つ。現在一位である彼女に勝てば必然的に自分が一位となる。

そうなれば――

『青き月の会』のトップにのみ与えられる名誉―も手に入るのだ。


「そう言えば、イオちゃん、寮の部屋って決まった?」

モネの一言がまた別の現実を突きつけた。


「あ、完全に忘れてた………」

彼女は今日来たばかりの転校生なのだ。朝一で一悶着あり、モネの抱えた本の束を図書館へ返却し、現在に至る。思えば転校の手続きらしい手続きもまだしていない。

「よ、よかったら……本当によかったらでいいんだけど……あたしの部屋空いてるから……」

「ほんと!? 行く行く!」

 急に言葉に詰まりながらなんとか声にして行くモネを遮る様にイオが返す。急な返答と嬉しそうなイオの顔にモネはしばし硬直する。

「じゃ、じゃあ。荷物もっていこうか」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 女子寮。それは、そう聞いて思い浮かべる物とは全く異なっていた。

 そもそもまず、外観から異様な雰囲気が漂っている。レンガ造りの建物はその至る所にツタが絡まり、今にも繋ぎ止めた石を締め上げ、破壊してしまいそうな勢いがあった。

コケやこびり付いた煤は掃除する人間が現れるのを待っており、ランプの周りには蜘蛛の巣が張り、不気味な暖色を街路や廊下に放っている。


 モネの部屋はそんな寮の最上階、五階の一番隅にあった。

 立て付けの悪いドアを開けると粗末な二段ベッドと二つ並んだ木製の机。部屋の隅の炊事場には少しの食器と簡易の電気式加熱器がある。勉強熱心なのであろう。部屋は汚いながらも整頓され、本棚には無数の本が並ぶ


 部屋の至る所にモネが張ったらしきポスターと手書きのメモ。

 唯一の救いは天窓があり、そこから日光が落ちてきていることであった。


「すこし、狭いけど。あたし、いつも下のベッド使ってるから上を使って……ってあ、まだもう一冊本残ってたんだぁ……」

 モネは二段ベッドを指さした後、自分の机に残った本を手に取る。


「また後で返しに行かなきゃ……」

本を机に戻すと炊事場へ向かい、ポットを加熱器にセットする。


「あ、ありがと……」

 部屋を見回しながら自分の持っていた頭陀袋をベッドの上へ頬り投げ、入学の手続き書だけを未使用の机の上に広げた。


「コーヒー、ミルクは入れる?」

 モネが沸騰したポットを加熱器から上げながらイオに尋ねる。


「たっぷりと」

 モネは黙ってコップに注ごうとしたが、当然のことに気が付き手を止める。


「ごめん、イオちゃん。コップって持ってる?」

 当然ながらこの部屋にはモネのコップしかないのだ。イオは頭陀袋を探ってくぐもった鉄製のコップを差し出す。

 モネから手渡されたコーヒーを口に運ぶ。ミルクの甘みが既にコーヒー独特の苦みを消し、甘ったるくまろ付いた味を口に広げる。


「ところで、イオちゃんのパートナーって誰なの?」


「いや。まだ決めてないけど」


 イオはモネが使うコップが木製でよかったと痛感した。

イオを見つめたまま、彼女の手を離れたコップは割れずに地面にバウンドし、床をコーヒーで湿らせるだけだったから。






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