プロローグ

プロローグ~宇宙~

一筋の閃光が暗闇の中を一直線に駆け上っていく。


 加速度的に速さを増し、闇夜を裂くように直上する姿は、遥か彼方からでもよく確認できる。

星は無く、暗く重い夜空。


光の渦を全身に纏いながら、舞い上がってゆくそれは、人であった。

いや、人と呼ぶにはあまりにも巨大で、あまりにも美しい。

純白で、流線と曲線の極めて女性的なシルエットは全身から放出される光の束を照り返し、眩く輝いている。見れば見るほど美しい姿だった。頭には立派な鶏冠、そして胸には見事な薔薇をあしらった装甲が張り付いている。

 

機械人形ロボット、人はその巨体をそう呼ぶであろう。

 

 少女はその巨大な機械人形ロボットの中に居た。


「スカートと臀部の装甲を切り離して……予備のジェルも全て投棄。少しでも機体を軽くするわよ」


 少女は後部に座るパートナーにそう告げると、機体を一気に減速させた。

 高性能のアブゾーバーのお陰で、慣性の法則に殴りつけられることも無い。

 少女の載った機体は闇夜で静止し、下方を振り仰いだ。


 ロボットの頭部からサラリと流れるウェーブが、なびく。まだ辛うじて大気がある証拠だ。

 

全身から沸き立つ光の結晶がハイライトのように巨体を闇夜へくっきり浮き上がらせる。


 眼下には大地があった。

 大地と呼ぶにはあまりにもちっぽけで心細い、偽物の大地。正体は巨大な浮島だ。その遥か下に本物、冷たく乾いた灰色の大地が見える。


 浮島のあちらこちらから爆炎と劫火が立ち上っている。

 人々を載せ、繁栄と平和を守って来た、大地の一つが今まさに沈もうとしていた。

 浮島の周りには避難する人々を載せた救助艇が、我先にと離岸しようとしているのが見える。


 あと、あともう少し、あともう少しだけ時間を稼げらればそれでいい―

 少女の頭に逃げ惑う人々の姿が過った。


「敵は?」


「分からない。しばらく前からロストしてる」


 パートナーが落ち着き払った声でそう伝えた。あえて、落ち着いた声で戦況を伝えるパートナーの優しさに少女は数時間ぶりに笑みを浮かべた。


怪獣あいつの標的は私達だけよ。少しでも引きつけて島から引き離して、時間を稼――」

 言葉を切ったのは前方、闇の彼方に一瞬、光が見えたからだ。


「来るッ」

 パートナーも察知していた。

 

ぐんッと、一瞬にして敵が前方に迫る。

 疾い

 対象物の無い空間では距離感を掴みにくい。


「……ッッ!」


 ジュバァッと機体の周りに閃光のような光の輪が走る。それはドンっと巨体を上方へ押し上げた。彼女たちは間一髪、推進剤を噴かし回避したのだ。それは最早反射神経とでも言うべき素早さであった。


 直線的な敵の攻撃を避け、ぐんぐんと高度を上げていく。

 メインスクリーンの右端に表示された高度計が目まぐるしくその数値を変化させる。

 今まで体感したことのない速さであった。強固な機体が激しく振動し、少女の筋肉が緊張して神経が逆立つ。


 恐怖。


 上昇しながら少女は、自分の腕や足がまだ付いているかどうか確認しようとして笑った。

この期に及んで自分は何の心配をしているのか―

だが、それでよかった。自分がまだそれでも生に執着しようとしていることは素晴らしい。生きる活力があればまだ戦える。


 急上昇をし続ける機体を、少女は虚空で泳がせた。

 辺りは既に大気の枠からは逸脱し、推進剤を切っても推力を殺さないまま機体は上昇して行く。


 反転しながら少女は追従してくる敵へ顔を向ける。


「……はぁッ」


 ため息だったのか、少女は息を吐いた。後方のパートナーも心を決めたようであった。


「行くわよ……」


 機体の全身を覆っていた光の粒子が途端に背面部へ収束して行く。粒子は渦を巻くようにして集まると、バッと爆ぜた。


 ロボは片足を曲げ、右足を真っ直ぐに伸ばした体勢のまま突貫。

 上昇してくる敵に向け、機体は急加速しながら落下して行く。



 インパクトはそれから1秒もかからなかった。

 少女は最後の一瞬まで意識が覚醒し、全てをはっきり知覚することが出来ていた。

 恐怖が消え、自分が死ぬのだと分かった。




「イオ……」

   それが少女の最後の言葉であった。




 目もくらまんばかりの閃光と衝撃波が宇宙空間へ一斉に散開する。

 






 くすんでボロボロになった機体が回収されたのはそれから数か月後の事だった。

 胸の薔薇は清く美しく咲いていたが、コックピットは抉り取られ、生存は可能性から消えた。


 その日。

 白い鉄の人形に乗った二人の少女が。

 宇宙の塵となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます