第31話 祭りの日①


「うわあっ、人が一杯やわ」

 叔母さんは目の前の人ごみを見て言った。

 神社の境内に向かう道には、家族連れ、女同士、アベック、近所の子供たち、あれ、学校の先生まで歩いている。

 鳥居をくぐり抜け神社の中に足を踏み入れ石畳を歩いた。

 両脇には屋台が並んでいる。綿菓子、たこ焼き屋さん、並ぶ色んなお面、金魚すくい、りんご飴、石畳の上も屋台の前も人でごった返していた。

 あれは・・田中くん、じゃなかった、山中くんが新しいお母さんと一緒に歩いている。

「こんな大勢の人がおったら、はぐれてしまいそうやわ。陽ちゃん、叔母さんと手をつないで歩こか?」

 叔母さんは僕の方に手を伸ばして「ほら、ほら」と誘うように振っている。

 僕は手を背中にまわして「そんなん、子供やあるまいし、恥ずかしい」と断った。

「だって、陽ちゃん、まだ子供やん」と笑っているので「それに、知ってる人に見られたら格好悪いやん」と返した。クラスの誰かに見られたらまた変な噂が立ってしまう。

「ふーん、そやったら、誰も見てなかったら手をつなぐ?」

 意地悪そうな叔母さんの目だ。

「そういうことやないって」

 終わりそうにない会話を続けながら、叔母さんは屋台で何が売っているかもちゃんと見ているようだ。

「あそこに陽ちゃんに似てるお面があるよ」

 叔母さんがお面屋さんを指差した。

 僕が「どれ?」と訊くと「うそ」と言って舌を出して笑った。

「欲しいもんあったら、遠慮せんと言うくれてかまへんよ。叔母さん、買ってあげるから」

 叔母さんの右手には巾着袋が握られている。

「あれ、村上やんか」

 男の子の声に振り返ると電気屋の松下くんだ。

 今日は洟が垂れていない。隣に僕の知らない男の子がいる。

「そっちの人、お姉ちゃんか?」やっぱりそう見えるんだな。

「お姉ちゃんみたいな人や」なぜか僕はいつもと違う答え方をした。

 相手が松下くんだというせいもある。松下くんはなぜかすごく安心する。

「なんやそれ・・村上、まさか、恋人か!」

 僕は吹き出しそうになった。「ちゃうちゃう、なんでやっ」思いっきり松下くんに返した。

「陽ちゃん、別にええやん、恋人と思われても」

 叔母さんは何も気にしていない様子で微笑み僕たちを見ている。

「ええことないっ、お姉ちゃんはお姉ちゃんや、僕は僕で、まだ小学生や」

 あれ? 自分で言ってることがわからなくなってきた。

 叔母さんはそれよりもお面屋さんの方が気になるのか、その方をちらちらと見ている。

「お姉ちゃん、お面を買ってっ」僕は恥ずかしさを紛らわせようとして言った。

「どのお面?」叔母さんは食いついてきた。

「僕に似てるって言ってたお面や」

 その場しのぎで僕が言ったけど、確か叔母さんは「うそ」って言ってたよな。

「あれ、どれやったかな?」

 叔母さんはお面屋さんの前に立って、たくさんあるお面を物色しだした。

 えっ、僕に似てるお面って本当にあったの?

「さっきほんとに陽ちゃんに似たお面、あったと思うたんやけどなあ」

「これかなあ?」 叔母さんは上段の一つのお面を指差した。

 そのお面を見た僕は「お姉ちゃん、それ、ひょっとこのお面や」と言った。

「ひょっとこやったら、陽ちゃんとは違うなあ」

 本当はそんなお面ないんと違うんか?

 松下くんはとうに友達とどっかに行ってしまっていた。

 そして、鳥居の向こうに小川さんと香山さんが見えた。

 仲良く手を繋いで歩いている。

 よかった。来てくれた。小川さんが香山さんを誘ったんだ。

 小川さんの方が僕を見つけたらしく、香山さんのスカートを引っ張り僕の方を指差した。

「お姉ちゃん、やっぱり、ひょっとこでもええから買って」

 なんだか今の状況が少し恥ずかしくなり立ち去りたくて叔母さんにねだった。

「でもこれ、陽ちゃんに似てないよ」

「ええから、僕、ひょっとこがええねん」

 叔母さんは僕にひょっとこのお面を買ってくれた。

 僕は先にお参りをしておこうと叔母さんを促し境内を進んだ。

 叔母さんはその間「やっぱりそのお面、似てへんわ、他のお面やったと思うけどなあ」とぶつぶつ言い続けている。

 社に着くと賽銭箱に小銭を放り込み二人で同時に手を合わせお参りをした。

「何をお祈りしたん?」社を後にして少しの沈黙の後、僕は叔母さんに訊ねた。

「無病息災」叔母さんは一言で簡潔に答える。

「それだけ?」

「それと早く結婚できますようにって」

 僕はプールに叔母さんと行った時、迎えに来てくれていたあの優しそうな男の人を思い浮かべていた。

「陽ちゃんは?」叔母さんは僕の顔を覗き込むようにして訊ねた。

「僕は、叔母さんが幸せになれますように」

 叔母さんの口から結婚の言葉が出たので思わずそう言ってしまった。

「それだけ?」

「あと、みんなが幸せになれますように、って祈った」

「みんなやったら、そん中に叔母さんも入ってるやん。二つもお祈りして、私がどっちもはいってるやん、なんか得した気分やから、別にかまへんけど」

 そう言いながら叔母さんは笑った。

 僕も一緒になって少し笑ったけれど・・それだったら、きっと叔母さんはみんなより倍も幸せになれるのと違うかな。

 でも幸せって何だろうか。 叔母さんにとって幸せって、結婚することなのだろうか?

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