ママことりママ

本木颯介

第1話 覚醒


 箱崎さんは特別だ。箱崎加蓮。

 僕が通う、私立箱崎高等学校の支配者。

 圧倒的な美貌と優秀な学力。箱崎グループのご令嬢という出自。

 そして何より、彼女の持つカリスマ性によって、この学校は支配されている。

 そんな箱崎さんが、僕の腹を蹴飛ばした。

 僕は学校の屋上フェンスに叩きつけられる。

「あーあ、つまんない」

 と言って、箱崎さんは再び僕を蹴った。

 彼女の上履きが、僕の鳩尾に突き刺さる。

「うぐごぉっ」

 間抜けな声を出しながら、僕は痛みにひざまつく。  

 キャハハハと、いくつもの笑い声が重なった。

 箱崎さんの取り巻き共が、僕を笑っているらしい。箱崎さんの美貌、権力、カリスマ性に吸い寄せられた虫。

 つまり、僕の同類たち。

「小鳥って、つまんないよね」

 そう言って箱崎さんは、日本人離れした長い足で、僕の頭を踏みつける。

 僕はひざまついている為、箱崎さんのスカートの中が見えてしまっているが、箱崎さんは気にしていない。

 まあ、そうだろうな。

 箱崎さんは、僕のことなんか気にしない。

 へえ、意外と清楚なパンツだ。

「小鳥ってさ、本当つまんないよ」

 僕を見る箱崎さんの瞳は、恐ろしいほど冷えきっていた。

「そうだね、僕はつまらない人間だ」

 僕がそう言った瞬間、僕の顎が、屋上の床に叩きつけられた。

 箱崎さんが僕の頭に、かかと落としを決めたのだ。

 キャハハハと、取り巻きたちが再び笑う。

「何が『そうだね、僕はつまらない人間だ』だよ。達観してるつもり? ダッサ。そういう所がつまらないの」

 美しいアーモンド型の目を細め、箱崎さんは吐き捨てるように言う。

 ああ、素晴らしいなぁ。 

「ねえ小鳥」 

 箱崎さんに『小鳥』と呼ばれる度に、名前としての小鳥ではなく、本当に小さい鳥として呼ばれている気分になる。 

 僕は人間扱いされていない。

「私を崇めてる連中は多いけど、大抵おこぼれに預かろうとか、私の権力にビビってるかのどっちかなんだよ。後ろのコイツらみたいに」  

 箱崎さんは取り巻き共を指さす。

 安全圏から僕を笑っていた有象無象たちは、箱崎さんの発言で一斉に固まる。

 その様子は見ていて面白い。個体の集まりというより、一塊の大きな生物みたいだ。

「小鳥はなんていうか、私にビビってはいないよね。特別視してるのは伝わるけど。でもそれって、腹が立つんだよ。だからこうして、小鳥をボコろう大会イン屋上を開いたんだけど」

 箱崎さんは少し顔をしかめる。

 しかめた表情も美しく、選ばれし人間は何をやっても絵になる、という真実を再確認した。

「例えばさ、清士」

 箱崎さんは、取り巻きの一人を指さす。

 野球部ですって感じの坊主頭が、ビクッと震えた。

 あれが清士くんらしい。 

「ねえ清士、私のこと好き?」

 と箱崎さんは軽い調子で訊ねた。

「も、もちろん!」

 それに対し清士くんは、力強く答えた。

 しかし顔は強ばっていて、声は震えている。

「へえ、あっそう。じゃあ清士バイバイ」

 と、またもや軽い調子で箱崎さんは言う。

「……は? バイバイって、何を」

「清士は転校するの。それとも中退かな。ま、どっちでもいい」

 この学校において、箱崎さんの言葉は絶対だ。

 箱崎さんの気まぐれによって、何人もの生徒や教師が学校を去った。

 箱崎さんがバイバイと言うのなら、それは本当にバイバイになるのだ。

「なっ、おい、何で俺──」

「え? 何? 清士私に質問してる? 私に? お前が?」

 そう言って、箱崎さんは笑顔をつくった。

 それは背筋が凍りそうなほどの、恐ろしい笑顔。

「言いたいことがあるんなら、何か言ってみなよ清士。私を怒らせてでも、発言する価値があるのなら」 

清士くんはもちろん黙った。

 清士くんの困惑しきった顔は、脂汗でテカテカに光っている。

 おそらく彼の頭の中には、箱崎さんに逆らった人間の末路が、フラッシュバックしているに違いない。

 援助交際の濡れ衣を着せられた、あの教師。

 両親が同時に職場をクビになった、あの生徒。

 偶然起きた『不慮の事故』で、今も入院しているあの理事。

「清士、お前は彼女と別れるよ。私がそう決めたから」

明日は晴れるよ、ぐらいのテンションで、箱崎さんはさらりと告げる。

「野球もやらせない。絶対に二度とやらせない。理由は、私がそう決めたから。ねえ、どう? 自分の一番の取り柄を潰された気分は? 彼女にはお前よりスペックの高い男をあてがってやるから安心しなよ。お前のことなんて、どうでもよくなるぐらいの男を。お前の代わりなんて、どうとでもなるんだよ?」

清士くんはもはや、全身から汗を噴き出させていた。彼の唇は痙攣している。

「清士、なんでそんな不細工な顔してるの? 私の面前で、どうしてそんなキモい顔晒せるの?」

 確かに、清士くんの不安と恐怖がにじみ出た表情は、とても無様だ。

「清士笑いなよ。情けな~く、尻尾を振るように、バカ丸出しで笑え。……言う通りにしたら、全部許してあげる。ほらほら三、二、一」 

「あ、あは、あは、あははっ……」 

 清士くんは何の躊躇もなく、媚び媚びの、惨めな笑みを全力で浮かべた。

 晴れ渡った屋上の空に、清士くんの歪な笑い声が響く。

 うんうん。さすが箱崎さんだ。

 今のように、他人の大事にしているものを奪って、自尊心を踏みにじることを箱崎さんは趣味としている。品行方正な生徒に万引きをさせたり、動物好きな生徒にペットを殺させたりなど。逆に、持たざる者に気まぐれで施しを与えることもある。

 どちらにせよ箱崎さんは、他人の人生を恣意的に歪ませるのが大好きなのだ。

「そう。これだよこれ」

 と箱崎さんは、僕に向かって語りかける。

「これだよ小鳥。こうやって私の発言にビビり、理不尽に屈服し、最後は情けなく媚びなきゃ。私と喋ってるのに、平然としないでよ。私に対する恐怖と、自分に対する情けなさで心をグチャグチャにしてよ。あと清士、キモいからもう黙って」

 そう言って、箱崎さんは僕の腹を、何度も何度も蹴る。

 僕のワイシャツは、箱崎さんの上履きの跡だらけだ。

 美少女の上履きも、それなりに汚れるらしい。

 てっきり箱崎さんレベルになると、上履きの底も汚れないのかと思っていた。

「……僕は、平然とはしてないさ」

 僕が口を開くと、箱崎さんは蹴りを中断してくれる。やさしいね。

「僕は箱崎さんを尊敬している。君の一挙一動にときめいている。君のような人間は珍しいから。そう、つまり、特別なモノを持っているから……」

 箱崎さんは黙って、僕に話の先を促した。

「だけど、箱崎さんに気に入られようとは思わない。勝手に、一方的に、崇めているだけでよくて」

 自分の口で話すことで、頭の中が整理されていく。

「ああ、つまり僕は、箱崎さんのような人間を見ているだけで十分で。君のようなブレないカリスマ性を持った人の側に居るだけでよくて。むしろ、僕を気に入る箱崎なんて解釈違いで……」

 別にカリスマじゃなくてもいい。

 決して揺らぐことのない、何かを持っていればそれでいい。 

 そういうモノを持った人間だけが、本物だから。

 そういう人間だけが、ママの領域に行けるから……。


『良樹、私のような本物を見つけなさい。決して揺るがぬ魂を持った子を』 


 ママは最期に、そう言ったんだ。

「ふうん、キモ」

 箱崎さんがそう言った直後、破裂音と同時に、肩に衝撃を受ける。

 破裂音は発射音だった。

 箱崎さんの手には、拳銃が握られていた。

 本物ではない。しかし肩の痛みは強烈だ。違法改造されたモデルガン?

「結局、小鳥は私に屈しないんだ?」

 箱崎さんは笑顔をつくっていた。

 嗜虐性が剥き出しの、なんともおぞましい笑顔を。人はこんなにも、残虐的に笑えるのか。

やはり、箱崎さんは素晴らしい。

「結局、小鳥は、私に、逆らうんだ?」 

「……ねえ箱崎さん、僕にその笑顔をもっと──」

 再び発射音が響く。

 先程と、寸分違わぬ箇所を撃たれた。

 そうだ忘れてた。箱崎さんは、クレー射撃の元ジュニア王者。

 まったく、素晴らしすぎるなぁ。

「ねえ小鳥。私さあ、少女マンガでよくある、自分の意に沿わないヒロインを『おもしろい女だな』とかいって肯定するキャラじゃないの」

「そうだね。更迭するキャラだよね」

「小鳥、自分は特別だって思ってるでしょう?」

 僕が特別? なんで?

「私に媚を売らないことで、つまらないプライドを守ろうとしてる。自分は取り巻きたちとは違うポジションにいるって、優越感を味わってる。そうに違いない」

 箱崎さんがそこまで言うなら、そうなのかもしれない。

 うん、そんな気がしてきたぞ。

 僕が納得し、うなずいていると、箱崎さんが眉間にシワを寄せる。 

 素敵だ。盛り上がった眉間の肉を、プニプニしたい。  

「そんな小鳥の余裕、私が剥ぎとってあげる」

 それは望むところだった。

 箱崎さんのように選ばれた人間は、僕を弄ぶ権利がある。 

「ねえ小鳥、右ポケットに入ってるもの、出しなよ」

「っ!」

「あれ? どうしたの?」

 箱崎さんが笑みをつくる。これは本当に楽しそうな笑み。

「……箱崎さん、だめだ。これだけは」

「早く出せ」

「があっ!」

 眉間に弾を撃ち込まれた。

「出せ出せ出せ♪」

 うずくまった僕の後頭部に、何度も何度も弾丸が撃ち込まれる。

 だめだ。これだけはだめだ。

 これは、ママからもらった、大切な──

「ほら、みんなも手伝って?」

 箱崎さんの一言で、取り巻きたちが一斉に動く。

 彼らはうずくまった僕を無理やり立たせ、ポケットを漁ろうとする。

「やめろ! おいっ、離せ!」

 箱崎さんならまだしも、こいつらに触られたくはない。

 しかし取り巻きたちは、やけに統率のとれた動きで、僕の体を物色する。

 僕には取り巻きたちが、意思のないゾンビに見えてきた。

「やめろっ、やめろおっ!」 

 必死の抵抗もむなしく、一人の取り巻きの手が、僕のポケットへと伸びる。

 やがてその手は、僕のポケットからスマホを抜き出した。     

「へえ? それが例の、ママからもらったスマホ?」

 箱崎さんの言うとおり、スマホはママが誕生日にくれたものだった。

 そして、ママが僕にくれた、最後のプレゼントだった。 

「これ古いね。小学生のころ、私も使ってた機種。ふうん、電源は入らないのか」

「箱崎さん、返してくれ。せめて、もっと大事に持ってくれ!」

 箱崎さんは汚いものであるかのように、スマホを二本の指で摘まんでいた。

「小鳥、いい顔になってきた」

 箱崎さんが、摘まんでいた指を離した。

 スマホが地面に落ちる直前、取り巻きたちを振り切って、僕はスマホをキャッチする。

「あーあ、必死になっちゃって」

 箱崎さんの笑い声。

 取り巻きたちが、僕にのしかかってくる。

 殴られ、蹴られ、噛みつかれ、それでもスマホは離さない。

 これは、ママが遺してくれた、数少ない宝物だから。

「小鳥、私のこと崇拝してるんじゃないの?」

「それは……」

「私のような人間に、お前みたいな存在は、蹂躙されるべきなんじゃないの?」

 そうだ。その通りだ。

 それが僕の、そしてママの哲学だったはず。

 本来僕は、スマホを喜んで捧げるべきなのに。

 揺るがないものを持っていて、ママに似ている箱崎さんに、僕はこんなにも惹かれているのに。

 僕はまだ、ママの言うことを、信じきれていない? 

 いや、違う。

 僕がママを信じていない、そんなことはあり得ない。

 だとすれば。

 僕はまだ──

 

「君はまだ、箱崎加蓮を信じきれていないんじゃな」

 

 声がした。

 それは僕でも、箱崎さんでも、取り巻きの声でもなかった。

「君は箱崎加蓮のカリスマ性を信じきれていない。だからスマホを優先するんじゃ」

 僕のすぐ隣に、少女が立っていた。その少女が僕に話しかけている。

 見た目は小学三年生か四年生あたりといったところか。桃色のワンピースを着て、左のサイドだけを三つ編みにしている。

 僕も取り巻きも箱崎さんも、みんな黙って少女を見つめた。

 その少女は、異常に整った顔立ちをしていた。

 あまりに整いすぎて、現実味がない。どこか作り物めいた、無機質な印象さえ抱かせる美少女。

 ありとあらゆる芸術家が描いた美少女を、すべて足して平均すれば、こんな顔立ちになるのではないか。 

「あんた誰よ?」

「初めましてじゃな小鳥良樹くん」

 少女は箱崎さんの問いかけを無視して、僕に話しかける。

 その行動に取り巻きが、そして何より箱崎さんが驚く。

 箱崎さんが無視されるなんて、学園内どころか、人生初ではないか。

「聞いとるかの? 初めましてじゃ小鳥くん」

「あ、うん、こちらこそ……」

「うむ。私は小鳥くんを探していたのじゃ」

「僕を探してた?」

 というかこの子、なんでそんなに年寄りくさい話し方なの?

「君は誰? どうして僕を探しているの?」

「その前に、小鳥くんこそ何をしとるんじゃ? 組体操かの? ちょっと君たち、小鳥くんから退いてくれ」   

 少女に言われ、のしかかっていた取り巻きたちが退く。

 取り巻きたちが少女に従うのは意外だった。彼ら自身も、不思議そうな顔をしている。 

「おい」

「さて。どうして私が小鳥くんを探していたかというとの」

「おい」

「私が小鳥くんのお母さん、つまり小鳥樹理亜の友達だからじゃ」

「おい」

 少女は気持ちいいくらいに、箱崎さんをシカトする。

 いや、それどころじゃない。

 ママの友達? こんな小さい子が? 

「おいって言ってるでしょ!」

 銃声が響く。箱崎さんが、少女に向かって発砲した。

 そのことには驚かない。箱崎さんはそういう人だ。彼女は乳児にだって発砲できるだろう。 

「やれやれ。あの小鳥樹理亜が、子どもをつくるとはのう。樹理亜ジュニアか」

 しかし、撃たれた少女が、びくともしないことには驚いた。

 箱崎さんは再び少女に発砲する。

しかし少女は、弾丸が当たっても涼しい顔をしていた。

「さて小鳥くん、箱崎加蓮を信じきれていないのなら、試してみたらいいじゃろ」

 試す? 箱崎さんを? それは不敬じゃないか? 

「まずは能力の確認じゃの。よっこらしょ」

 そう言って、少女はしゃがみこんだ。少女の整った顔が、僕の顔の間近に迫る。

しゃがみこんだことで胸元が緩み、少女のかすかに膨らんだ胸がチラ見えする。

 そして、

「ちゅっ」

 少女の唇が、僕の唇をふさいだ。

 え、なんで、この子キスを──

少女は僕の唇全体を、自分の小さな唇でなぞるように動かした後、すぐに立ち上がる。

「うむ。完了じゃ。立ち上がっていいぞい」   

 立ち上がれと少女に言われ、僕はスッと起き上がる。体が勝手に動いた気がした。

「……あれ?」

 ママからもらったスマホが、ほのかに光っていた。  

「成功じゃの。まあ、樹理亜の息子なら当然じゃな。そのスマホ、樹理亜からの贈り物じゃろ?」

「う、うん」  

「ほら、画面を見てみるのじゃ」

 気づけば、スマホの電源がついていた。

 故障して、三年前から動かなかったのに。                

「うふふ」  

 少女が笑う。とても大人びた笑みだが、背伸びをしている感じはしない。

 スマホに視線を戻すと、ホーム画面には、たった一つだけアプリが入っていた。

 そのアプリにはSTATUSと書かれている。

 ス、ステータス?

「起動してみるのじゃ小鳥くん。ああ、君はじっとしてろ」   

 少女の一言に、モデルガンを構えた箱崎さんが固まる。

 箱崎さんが人の言うことを聞いた? いや、無理やり聞かせたのか。

この少女は一体……。

「ほれ、早くせい」

 少女に急かされ、僕の指はいつの間にかアプリをタップしていた。

するとアプリが起動され、スマホの画面に何かが映し出される。

それは、箱崎さんの全体像だった。

 しかも、それだけではない。

「箱崎加蓮。16歳、身長168、体重49、視力両目とも2,0……?」

 全体像の周りには、事細かに箱崎さんの個人情報らしき数値が書いてある。

 それらの数値は、僕が以前ストーカーして、勝手に調べたものと一致していた。

 他にも誕生日、趣味、血液型、現住所、スマホの番号、エトセトラ……。箱崎さんに関する、あらゆるデータが記されている。

 ああ、そうか。データではなく、これはステータスなんだ。 

「ほう、それが小鳥くんの力」

 少女が僕の横から、スマホをのぞきこむ。

「人のステータスを支配する能力。なるほど、樹理亜の面影を追って、他人の才能を見定めてきた君にピッタリじゃの」

「ねえ少女ちゃん、これは一体なんなんだ? 能力? そもそも君は──」

「ほれ、これで箱崎加蓮を試すんじゃ」

 少女は僕の発言を遮る。

「手始めに、箱崎加蓮のステータスを弄ってみるのはどうじゃろか?」

「は?」 

「言ったじゃろう? 人のステータスを支配する能力と。樹理亜の息子の能力が、ステータスを閲覧するだけのはずがない」

 はすがないって言われても。だから能力って何?

「ちょっと! 勝手に話を進めるなっ! なんなのよこれっ! なんで私動けないの!」

 箱崎さんが固まった状態で叫ぶ。

 選ばれし人間は何をしても絵になる……とは言うものの、その姿は若干カリスマ性が薄れているような。

 試す。この僕が、あの箱崎さんを。

 僕はゴクリと唾を飲み込む。 

 ちょっと試すだけなら、いいよね? 

きっと箱崎さんは僕のことなど軽くあしらってくれるはず。

 きっとそうだ。

「ねえ小鳥っ! 笑ってないで助けなさいよ! つーかなんなのよ隣のガキは!」

 僕は笑っていたらしい。きっと楽しみなんだな。箱崎さんのカリスマ性が、本物だと証明されるのが。

「ねえ、少女ちゃん。僕はどうすればいい?」

「お前まで無視するなあああっ!」

 箱崎さんが叫ぶ。まあ、もう少し待っててほしい。 

「小鳥くんの好きにするがよい。たとえばRPGで、キャラメイクをしたことはあるかのう?」     

 ああ、なるほど。

 目を閉じて、思考を研ぎ澄ます。

 箱崎さんのカリスマ性を試すには、何が効果的なのか。

「……よし」    

 僕はあらためて、箱崎さんのステータスを見る。  

 体重が表示されている部分をタップすると、テンキーが出現した。

 49と書かれた数値を消去。そしてそこに、120と記入する。

 その瞬間、箱崎さんは膨れた。

 箱崎さんの制服のボタンが全部吹き飛ぶ。

 千切れたブラジャーとスカートが、地面に落ちた。

 箱崎さんの顔、腹、腕、足、そしてすべての体の部位に、大量の贅肉が付着した。

 モデル体型の、スマートな彼女はどこにもいない。

 箱崎さんは一瞬で、体重120キログラムの超肥満体へと変化した。

「な、何よこれっ! なんなのよおっ!」

 と箱崎さんが叫ぶ。二重顎をたるませながら。

 喉に肉がついたからか、透き通るようだった声が、野太く濁ってしまっている。

 …………マジか。本当に、ステータスを操作できるなんて。

 隣を見ると、少女はドヤ顔をしていた。

 この少女も謎だよ。全部謎。

「クソっ! ……こ、小鳥っ! 絶対に許さないっ! 戻せぇ! 早く戻せえぇ!」

 憎悪のこもった瞳で、僕を睨む箱崎さん。

 うん。そうでなきゃ。

 そうだよ箱崎さん。この程度で君は屈してはいけない。

 肉団子になったからと言って、箱崎さんの特別なカリスマ性と自尊心は、もちろん消えていなかった。

 だけど、手始めに太らせたのは正解だな。

 少なくとも見た目に関しては、カリスマ性をほぼ完全に剥ぎ取ることができた。

 だって豚だもん。健康的な肥え方ではない。

 これは、箱崎さんも苦しいだろうし悲しいだろう。

 彼女は幼い頃から、その美貌の恩恵を受けてきたはず。常にチヤホヤされてきたはず。

 それを、一瞬で奪われたのだ。

 見た目の美しさは、彼女のカリスマ性と自尊心を支えてきた要素の一つ。

 それが無くなった今、箱崎さんは内面の、魂の、つまり本物のカリスマ性を出すしかなくなったんだ。

 さあ、箱崎さん、ブレない本物を見せてくれ!

「ほう。太らせるだけで、えらく雰囲気が変わる。変わり果てるのお」

 少女が感心したように言う。 

 それを聞いた箱崎さんは、殺意のこもった瞳を少女に向けた。

 怖いね。脂肪で目元がたれていなければ、もっと怖かっただろうな。

「まあ、太っている人はどうしても、鈍いとか暑苦しいとか思われがちだよね。そもそも人は、余りにも外見から影響を受けすぎる」

「他人事みたいに言うとるが、小鳥くんがやったんじゃろ」  

 と、少女は苦笑する。

「でもまあ、その調子じゃ。まだまだやれることは多いの」

「わかってる」

 僕は再びスマホに目を向ける。

 すると弄りたいと思っていたステータスの項目が、勝手に浮かび上がってきた。

 ……便利だな。  

 僕は《病》の項目をタップ。

 ほとんど何も書かれていない病気欄に、僕はある言葉を記入する。

 その瞬間、

「ひいいいいっ! な、なにいぃっ⁉」

 箱崎さんは叫びながら、太った足をばたつかせた。

 さすがの箱崎さんも驚くよね。突然両足が、重度の水虫に襲われたら。

「かっ、かゆ、がゆいぃっ」 

 箱崎さんは必死に足を掻こうとしたけど、贅肉のせいで足裏に手が届かない。

 僕はスマホで《柔軟性》を調節し、箱崎さんの体をガッチガチに硬くする。これで足を掻くことは、ますます難しくなった。

 掻けないと悟った箱崎さんは、足を地面に擦り付けながら、僕と少女を睨んだ。箱崎さんがもし魔眼の使い手だったら、僕は即死している。

 あぁ、素晴らしい。こんなわけのわからない目に遭っているのに、敵意も自尊心も失っていない。

 やっぱり君は、特別な存在だ。

 嬉しくなった僕は、さらにステータスを弄る。

「ねえ少女ちゃん、もう箱崎さんたちの動きを自由にしていいよ」

「うん? そうかの」

 と少女がそう言った瞬間、箱崎さんがモデルガンを発砲する。

 しかし、弾は僕には当たらない。それどころか、多くの弾が明後日の方向に逸れる。

 箱崎さんは唖然とした表情になるも、すぐに弾を連射した。

 しかしそれでも、弾は当たらない。

「動けるようになったとたん乱射するなんて、如才ないよね箱崎さん」 

「小鳥、あんた何を……」

「箱崎さんの《射撃》の才能を弄ってみた。ゲーム風に言うなら、射撃スキルの熟練度を大幅に下げたって感じ」

「なっ! お前何してくれて……!」

 あれ? 箱崎さんの表情が歪んでいる。まるで、僕の発言にショックを受けているかのようだ。

 そんなわけないのに。

「も、戻せっ! 元に戻せよおおお!」

 叫びながら箱崎さんが発砲する。やはり弾は、見当違いの方向へ逸れた。

 ふうん、意外だな。この様子だと射撃スキルは、箱崎さんが努力の末身につけたものっぽい。   

 なんかガッカリ。射撃スキルくらい、生まれつき身につけていてほしかった。

 努力の末身につけた技術を、一瞬で台無しにされる。普通の人間ならショックかもしれないけれど、箱崎さんは違う。

 だって、箱崎さんは特別なんだから。

「落ち着いて箱崎さん。これくらいのことでムキにならないで。そんなスキル、また努力して身につければいいだろう? 君はこの程度のことで取り乱す人間じゃない。取り乱しちゃいけないんだ。……そうだよね?」

 僕の呼び掛けに、箱崎さんは答えない。

 それどころか顔を引きつらせながら、僕から距離をとろうとする。

「どうしたの箱崎さん。答えてよ、そんな人間じゃないと言ってよ」

 箱崎さんの顔に汗がにじんでいるのは、太ったからなのか、水虫が痒いからなのか。

「……やれ、お前らやれっ! 小鳥を囲め!」

 肥満特有の野太い声で、取り巻きたちに命令する箱崎さん。   

 しかし取り巻きたちは動かない。

 オロオロと、周囲の顔色をうかがっている。

 ゾンビかと思うくらい自我の無い連中だったくせに、箱崎さんへの忠誠心が揺らいでいるらしい。

 やれやれ。人は、余りにも外見から影響を受けすぎるんだ。

 箱崎さんの魅力は、そんなものじゃないだろう?

 僕はステータスの《毛髪》の項目をタップし、カーソルを動かす。

 すると、取り巻きたちから悲鳴があがった。

 なぜなら箱崎さんの体から、鼻毛と腋毛と脛毛と胸毛が大量発生したから。服がはだけているから、毛もわかりやすい。

 まったく、これぐらいで驚くなよ。

 学校を支配する麗しの女王が太らされ、重度の水虫に侵され、ムダ毛ボーボーの無惨な見た目にされただけだろ。

「もう帰っていいよ、取り巻きのみんな。……ほら、早く帰れよ」 

 僕はスマホを彼らに向かって掲げる。

 すると取り巻きたちは、一斉に出口めがけて駆け出した。

 逃走した取り巻きを、箱崎さんは唖然とした表情で眺めている。

 取り巻きに裏切られたのがショック? いや、まさかね。

「ふう、あとは……」

箱崎さんのステータスを確認。

「へえ、箱崎さん中国語とフランス語を話せるの?」

「あ、あぁ?」

 箱崎さんがよく分からない声を出すが、とりあえず同意ととる。  

 僕は《言語》の項目にあった、中国語とフランス語の記載を消去した。

「箱崎さん中国語とフランス語、話せる?」

「え? …………ああっ! こ、小鳥ぃ、お前……っ!」

 箱崎さんが青ざめる。

 彼女の脳内から、中国語とフランス語の知識が消え失せたのだ。

 もしかしたら、チンジャオロースやボンジュールすらわからなくなったのかも。だとしたらちょっと面白いね。

 ちなみに英語の項目もあったけれど、英語を話す人は珍しくないのでそのまま。

 中国語とフランス語という、比較的珍しい言語を消すことに意味があるからだ。  

 これで箱崎さんの自尊心や特別感、カリスマ性を削ぎ落とす。

「な、なんでぇ、小鳥、なんでこんなこと……」

 箱崎さんが、目を潤ませながら訊ねる。

 潤んでいるのは、デブ特有の汗によるものだろう。 

「なんでって、僕は箱崎さんの個性、特徴、誇りにしているものを根こそぎ奪った後のその先が見たいんだ。決まってるだろう?」

「決まってはおらんじゃろ」と、少女が冷静にツッコむ。

 まあ、確かに決まってないね。

 でも、言葉に嘘はない。

 僕は見たい。どんな攻撃にも決して揺るがぬ、箱崎さんのカリスマ性と自尊心を。

「いいよね箱崎さんは。た~~くさん魅力があってさ。でも、こんな魅力が無くても、箱崎さんは自分を誇れるよね? 君は生まれながらの支配者なんだよね?」

「や、やめろっ! 小鳥やめっ──」

 箱崎さんを無視して、僕はステータスを見る。

 すると《称号》と記された項目が、勝手に浮かび上がってきた。

 本当に良くできたアプリだ。ちょうどこういうのが見たかったんだよ。

 その《称号》をタップすると、たくさんの項目が表示される。  

 《人心掌握のカリスマ》

 《全国高校統一テスト一位》

 《箱崎式帝王学網羅》

 《第七回ミス箱崎学園グランプリ》

 《KANON人気モデル投票読モ部門一位》

 《全日本ジュニア馬術大会三位》

 《鋼鉄の意志》

 《全日本小中学生クレー射撃競技選手権大会中学生部門優勝》

 《フレンチグルメ》

 《上流階級マナー達人》

 その他にもたくさんの輝かしい称号たち。眩しすぎて目が焼けそう。

 ……さて、一つ一つ潰していくか。

 これだけあると面倒だけど、これも箱崎さんが特別だと証明するため。

 まずは《KANON人気モデル投票読モ部門一位》をタップ。

 その中の《美肌》の項目を、《汚肌》に変換。

 太ったとはいえキレイだった箱崎さんの肌は、ボツボツのデキモノだらけになり、まるでボルタリングの壁のようだ。

「や……て、やめっ……」

 箱崎さんが何か言っているが無視。

 鼻毛まみれの穴から、鼻水が出ているように見えるが、デブ特有の汗だろう。

さらに《フレンチグルメ》をタップ。ジャンク好きの《バカ舌》に。

《箱崎式帝王学網羅》をタップ。全部忘れさせ、適当に《アニメ雑学》を覚えさせる。

「《馬術》も《射撃》も《統一テスト》その他もろもろ、消去消却消滅っと」

 あ、そうだ!

「ついでに記憶も消しちゃおうか。称号を獲た栄光の記憶を」

「ああ、あっ……」

箱崎さんはよくわからない声を発しているが、たぶん同意だろう。

「…………よし完了。箱崎さん、みーんな忘れちゃったでしょう? どんな気持ち? 後ろ楯が無くなった感じかな? ねえ大丈夫? 心細くなってない? ああでも《アニメ博士》の称号は新たに獲得してるね」

 箱崎さんは僕の問いに答えない。おかしいな、聴覚は弄ってないぞ?

「心が折れたんじゃろ。見てみ、顔面蒼白じゃ」

「それは違うよ少女ちゃん。あれは僕にブチギレして、青筋を浮かべてるのさ」

 そうに決まってる。

 あの箱崎さんが、僕に屈するわけないじゃないか。  

「それと箱崎さん《人身掌握のカリスマ》と《鋼鉄の意志》は弄らなかったからね。それを弄ったら意味がないから。ほら、こんなことをした僕を睨んでよ。罵倒してよ」

「ドMかい」と少女が苦笑する。

 ああそうさ。別にMでかまわない。

 だから早く、君が本物だと証明してくれ。目元から流れているのは、デブ特有の汗なんだろ?

「……ださい」

 箱崎さんが何かをつぶやく。 

 ださい? そうか、『ダサい』か!

 自分の力ではなく、変な能力に頼った僕を糾弾してるんだ!

さっすが箱崎さんだなぁ。

「……ださい。や、やめてください」

「え?」

 ヤメテクダサイ? 

「お、お願いだからあっ、もうやめでっ、やめでよぉ」

 そう言った直後、箱崎さんの体が膝をついて崩れた。 

 体はピクピクと震え、嗚咽のような声が漏れている。

「うむ。終わりじゃな」

「待ってくれ少女ちゃん、まだわからないだろう!」

「終わりじゃよ。見てみ、あの体勢」

「膝をついているのは、しゃがみこみからのタメ技だからっ!」    

「ストリートファイターかって。というか、とっくに終わっておったよ。ムダ毛フッサフサの頃くらいから。女子にあれはキツいじゃろ」

 そんなバカな。僕はデブだろうが、鼻毛腋毛脛毛胸毛フッサフサだろうが、余裕で受け入れるのに。

 そこに、決して揺るがぬ、確かなモノさえあれば。

「うぐっ。ゆるじでっ、お願いでずがらぁ。うぐっ、お願いぃ、元に戻じでえぇ」

「……箱崎さん、そんなに汗をかいて」

「泣いとるんじゃ。小鳥くんも、本当は気づいてるんじゃろ?」 

 泣いてる。あの箱崎さんが。

 おそるおそるスマホを見る。称号の欄に《人身掌握のカリスマ》と《鋼鉄の意志》の項目が無くなっていた。

「決まりじゃな。箱崎加蓮は、小鳥くんの期待していた存在ではなかった」 

 少女の発言が、僕の心に突き刺さる。 

「うぅ、ひぐっ。やだよお、ごんなのやなのおっ。ひぐっ、ひぐっ。私こんなに太ってない、水虫なんてない、毛なんて生えてないのぉ、それなのにぃぃっ! 返じでよお! 私の人生がえじでよお!」

 ……本当だ。箱崎さんは、泣いていた。

 脂肪と鼻毛とデキモノにまみれた顔で、アホみたいに泣いている。    

 唯一無二の圧倒的なカリスマ性も、気高き自尊心も、跡形もなく消えていた。

 目の前にいるのは、服をはだけた醜い肉の塊だった。

 箱崎さんは、僕ごときに壊される紛い物だった……。

「本当は箱崎加蓮のことを、薄々怪しんでいたんじゃな。だから小鳥くんは、スマホを優先したんじゃ」と少女。

 僕は怪しんでいたのだろうか。

 そういえば、箱崎さんのカリスマ性が発揮されていたのは、学園内であることが多かった。

 僕は、それが少し、気になっていた……?

「井の中の蛙か。まあ全国高校統一テスト一位で、射撃世界一位なら、十分異常じゃがなあ」と少女はうなずいている。

「でもさ少女ちゃん、本当にガチで優秀な人材なら、そもそも統一テストなんて受けないよ。イオンの紳士服売り場に、本物の紳士は居ないように」    

「わからんじゃろ。居るかもしれんじゃろ。……というか小鳥くん、そろそろ私の話をしたいのう」

「あ、うん……そうだね。僕も訊きたいことがたくさんある」  

 この少女こそ、異常じゃないか。

「なんじゃ小鳥くん、ぶしつけな視線を寄こしおって。もう一回接吻してほしいのかの」

そう言って、少女は唇を尖らせる。幼い見た目なのに、やけに妖艶なしぐさだった。

でもその前に。

 スマホを見る。すると画面の中に《取り消しますか》の文字が浮かぶ。

「お、取り消すんか? 優しいのお」

 少女が僕の腕にピタっとくっつき、スマホを覗き込む。

少女から体温を感じない。しかしすごく良い匂いがした。子ども特有のミルクっぽい匂いではなく、女の匂いだ。

 僕は《取り消し》をタップ。 

 すると箱崎さんの見た目が、一瞬で元に戻った。

 しかし称号の中に、《カリスマ》と《鋼鉄の意志》はない。

 目の前にいるのは、人よりもちょっと優れているだけの、普通の女の子だった。

「…………帰っていいよ」 

 僕がそう言ったとたん、箱崎さんは一目散に逃げだした。

 慌てすぎたせいで、箱崎さんは派手に転ぶ。それでも赤ん坊のように四つん這いになりながら、箱崎さんは逃走を図る。

 その姿は滑稽で、見苦しくて、取り巻きたちの逃走とダブった。

 ああ、本当に、普通の女の子になっちゃったんだな……。

 ふと見れば、太った際に弾けとんだブラやスカートが、床に放置されている。

「やれやれ。意外と清楚なブラジャーに興奮しちゃうな」

「そんなこと言って、本当は傷ついてるんじゃろ?」

 少女がニタニタと、意地悪そうな笑みを浮かべる。 

「……そうだね、傷ついてるよ。僕は箱崎さんのことが大好きだったから」

 箱崎さんは、ママになれると思っていたから。

 胸に、虚無感が押し寄せる。そんな自分に驚く。

 僕って、こんなにも箱崎さんが好きだったんだ。 

「……さて。少女ちゃんの話を聞こうかな」

「その少女ちゃんて呼び方、いい加減やめい。そんな呼び方されたの初めてじゃぞ」

 不思議だ。少年のことは『少年』って呼びかけたりするのにね。  

「私は加護原伊吹じゃ。以後よろしくのう」

「こちらこそ。えっと、僕は小鳥良樹です」

 知っとる、と伊吹ちゃんはうなずいた。  

「さて、何から話すかの」

「あの、伊吹ちゃんはママの友達って……」

「そうじゃな、樹理亜が高校生のときから知っておる」

「高校生? でも君は……」

「ふふ。私はこう見えて、君より年上じゃよ」

 普通なら、そんな言葉は信じられない。

 だけど伊吹ちゃんは、明らかに普通じゃない。

「樹理亜が死んだことを知ったのは、実はつい最近での。小鳥くんの前で言うのはなんじゃが、納得感はあったよ。あれは長生きするタイプではない」

 そうは言いつつも、伊吹ちゃんは少し寂しそうだった。

「逆に、息子がいると聞いたときは驚いた。そしてすぐに、君のことを調べたのじゃ。スカウトしようと思っての」 

 スカウト?

「さっきの能力を見たじゃろ? 小鳥くんには素質があるんじゃ。その素質は、樹理亜も持っていた。心当たりはあるかの?」

 心当たりは、ある。 

 ママは特別だった。科学じゃ説明できないような出来事を、ママが引き起こすのを何度も見てきた。

 それが、僕がママを心から尊敬している理由の一つ。

「樹理亜も能力者じゃった。私がそうしたのじゃよ」

「ママにもキスしたの?」

「そうじゃよ」  

 てことは実質、ママと間接キスしたってことじゃん!

「私はそういう能力を持っとる。素質あるものに、能力を与える能力を」

「伊吹ちゃんは、僕をどうしたいの?」

「小鳥くんを我が学園に招待しようと思っての。私立豊泉学園。そこには、君と同じような能力者たちがたくさんおる」

 僕と同じような。それってつまり、ママと同じようなってことだ!

「樹理亜も豊泉学園にいたんじゃよ」 

「い、行くよ! 伊吹ちゃん、僕はその学園に行く!」

 能力者が集まる学園。そこなら、本物がいるかもしれない。ママに近い本物が! 

「うむ。そう言ってくれると思っておった。まず──」

「早く! 早く連れていって!」

「落ち着け、説明ぐらいさせるのじゃ。ほれ、おすわり!」  

 気がつくと、僕は床に正座していた。

「まず、豊泉学園創立の目的じゃが、才能ある人間を集め、管理し、強化することにある。能力者を世界で活躍する人材に育成するのが目的じゃ……というのは嘘での」

 へえ、嘘なんだ。どうでもいい。

「面白いからやってるだけじゃ」

 少女はイタズラっぽく笑う。

「私も小鳥くん同様、才能ある人間が好きでの。特殊な才能を持つヤングたちが、わちゃわちゃやってるのが好きなんじゃ」

「わかる。僕も絶対的な才能に、踏み潰されたいもん」

「それとは違うの」

 違うらしい。……うん?

「でもさ伊吹ちゃん、能力者たちが学園に入学するメリットって何? 入学を条件に、能力をあげるの?」

「能力は能力者との切磋琢磨で強化することができる。それに、ご褒美を用意してあるのじゃ」          

「ご褒美?」

「毎年、秋の文化祭でイベントを開く。そのイベントの勝者には、好きな能力をプレゼントするんじゃ。好きな能力を一つもらえるというのは、夢が一つ叶うのと同義じゃと思わんか?」

 まあ、確かにそうかもね。どうでもいい。

「ふふ、興味無さそうじゃな。樹理亜のことしか頭にないか」    

「うん」

「即答かい。ちなみにどうじゃ私は。自分で言うのはなんだが、天才じゃよ? 少なくとも箱崎加蓮よりは」

 と言って伊吹ちゃんは胸を張る。小さい子が威張ってるみたいで、普通に愛らしいな。本当は何歳なんだろ。

「……うーん。確かに伊吹ちゃんは才能があるんだろうし、魅力的だけど、そそられないんだよね。伊吹ちゃんは何というか、違いすぎる。君は本当に人間なのかな?」 

 失礼なことを言ってしまったけど、これが本音だった。

 いろんな天才を見てきた僕だけど、伊吹ちゃんは何かが違うと言わざるを得ない。

 僕は才能あふれる少女が好きだ。だけど、この子にはどうしてもピンとこない。

 この子は、違う。

「ふふ。慧眼じゃの。私のステータスを確認しないのも賢明じゃ」

「そんなことしたら、何が起きるかわからないからね」  

「悪くないの。バッチグーじゃ。やはり君は樹理亜の息子じゃ。私の正体はまあ、ミステリアスな美少女ってことにしておくがよい」 

「了解」

ま、何だっていい。

 僕の即答に伊吹ちゃんが微笑む。その笑みにみとれていると、ドドドドッと轟音が聴こえてきた。

 上空を見れば、ヘリコプターがこちらに迫ってくるのが見える。

「さて小鳥くん、レッツラゴーじゃ」

 伊吹ちゃんが、僕に向かって手を伸ばす。僕も恐る恐る手を伸ばすと、伊吹ちゃんは僕の手を強く握ってきた。

しかも恋人繋ぎ。

 ヘリをバックに、美少女と手を握る。それはマンガのワンシーンのようで、僕はとても興奮した。

 興奮ついでにエロマンガのように、伊吹ちゃんの幼い肢体を、僕は頭の中で弄ぶ。

 妄想のオチはもちろん、激昂した伊吹ちゃんに、サクッと殺されるENDだ。

「……小鳥くん、なんでブラジャーを持ってるんじゃ?」

「あー、えっと、記念品? 戦利品? として持って帰ろうかなって」 

「人の性癖にケチはつけたくないがのう、どうかと思うぞい」 

「要らなくなったら、雑巾代わりにすればいいし」

「そういうことじゃなくての」

「食用油吸わせればエコにもなるし」

「樹理亜の下着で、やったことあるんじゃな?」

「アッハッハー。そんなことしないよ。ママの遺品は聖遺物みたいなもんだし」

「人の宗教にケチはつけたくないがのう……」

伊吹ちゃんは肩をすくめた。


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