第209話

 年が明けて2週目の京都開催。芝1600の3歳新馬にその人馬はいた。

「3番人気・・・!?」

 3枠5番、赤い帽子の服部隼人は今日のフィエルテが復帰後の初騎乗、実に19か月ぶりになる。今日はこの1鞍のみ。

「そんなのに3番人気か・・・」

 正直、衆目では馬の人気だけだが、それで悄気てもいられない。幸い、大した評判馬もいないので1着を獲りに行くしかない。

 そうして始まったレースでは、フィエルテが服部の言うことを全く聞かない。

「おい、もうちょっと後ろの予定だろ!?」

 調教だけの評判では先行馬が多いので、ハイペースが予想された。そのため、馬群の中団で待機するはずが最初の600mでハナから前に出たフィエルテが構えたのは3番手の位置だった。

「服部君、これはどうなんだ・・・!」

 唐橋師は頭を抱えた。指示を守って馬を御せないようでは・・・とオーナー兼弟子の推挙を黙認したことを後悔する。

「大丈夫、暴走じゃありません。少なくともフィエルテには」

 オーナーで鞍上候補だった御蔵まきなには確信があった。フィエルテは頭の良い馬だ。無暗に鞍上に逆らいはしない。

「あれ、遅い・・・?」

 第3コーナーに入り、もうすぐ直線というところ。予想に反してこのレースはスローペースだと思い知った。そして、手綱から感じる馬の手ごたえは多分、とても良い。

「よし、追い出すぞ!」

 そう決心してムチを振るう。しかし、馬は動かない。

「なんでだよ!?」

 そうこうしている内に他の馬が上がって来る。服部は鞍の上でじたばたする羽目になった。

「なあ、まきな。あれは・・・」

「まだ、その時じゃないんですね」

「追い出すには早いってか?」

「はい。あの子、わかってるんです。今日は服部くんに競馬を教えるつもりでいるんじゃないかと」

 そんな馬の心は知らない。服部は泣きそうになりながら馬を押している。とは言え、それも10秒ほどのことだ。

「へ?」

 いきなり前進気勢を強くしたフィエルテ。ハミと手綱がしっかりとつながり、服部の動きで推進力が加わっていく。

≪5番フィエルテ!すごい勢い!直線で7頭を千切り捨ててゴールイン!≫

 あっという間に先頭に躍り出て、そのまま4馬身差を付けた。服部は鞍上で踊っていただけということになる。

「お前の方が競馬を知ってるんだな・・・」

 がっくりと肩を落とすが、それはそれでとてもツキがあると思うことにした。デビュー以来、休んでいた自分は競馬を知らないのは事実だ。それを、他ならぬ馬が教えてくれるならそれに越したことは無い。

「大変だったね?」

「御蔵・・・」

 自分を取り立ててくれたオーナー兼同期にも顔向けできた。自分が学ぼうと思えば、悪いことではないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る