第208話

 年の暮れと言えば中山のグランプリ。GⅠ有馬記念である。

「今年は同期が2人も出てる。すごい!」

「当代は何で出ないんだべ!」

「えー?」

 牧場長代理、斎藤哲三から思わぬ尻叩きに遭った。騎手ながら実質的に場長である御蔵まきなは面食らう。

「もっと言ってやって、哲三さん。この子、本当にやる気はあっても緊迫感ないから」

「かなちゃん!?」

 追撃を食らった。実家に招いた同期の霧生かなめは今、対まきなで周り全てが味方である。その隣からも。

「まきなちゃんはホラ、のんびりしてるのが良いんだから・・・自然体だから馬にも好かれるんだし」

 蔵王龍灯は一生懸命フォローするが、しかし目を見ると本心ではないところらしい。目が泳いでいた。

「龍灯は甘い!この子には口酸っぱくして言わないと!」

「そうだべ、タツ!お前、ボーナスもらったのに今から来年の査定が怖くて日和るんか!?」

 涙目である。龍灯は『だって、まきなちゃん』と目を潤ませてまきなの方を見た。繰り返す、まきなの味方はいない。見守る祖母の勝子もにっこりと、口が『諦めなさい』と動いている。

「わかったけど、じゃあ来年出ればいいの?」

「来年出るわよ!宝塚から!あたしも目指す!」

「・・・そうだね、グランプリだもんね。目指さないなら、何のために騎手になったのか、わからないよね」

 両方の頬をパンっと叩いて手をグッと握る。その視線の先にはレースが始まろうとしていた。


 火浦光成は秋華賞馬コーラルリーフで、福留雄二は菊花賞馬フルスロットル。まだ2年目でも立派に騎乗馬を得て栄えあるグランプリ出走を果たしていた。そのレースは2冠馬スーパーファントムが逃げを打って始まった。

「ガッハッハ!上手く行った!」

 レジェンド武豊尊が逃げる。そのちょっと後ろにはエンペラーズカップのジョン・スイスがいる。人気の両馬が前なので、ペースは落ち着いている。

「あまり尊さんを突っつけない・・・」

 後が怖いから・・・と福留は1馬身差の2番手で情けないことを考えていた。親子ほども年が離れているので、仕方ないところだが。そして、そのスローペースは直線までそのままだった。

「ま、こうなるんじゃない?」

「グガギギギ!?」

 直線強襲してきた姪の武豊莉里子に出し抜かれ、2番手に叩き落された武豊だったが、その姪っ子も競馬の神様に選ばれてはいない。その後ろからさらに抜け出したのは栗毛の馬体。

≪エンペラーズカップです!エンペラーズカップ、現役最後の中山で!有馬記念は初制覇!≫

 ジョン・スイスが狙いすまし、控えて溜めた脚で差し切った。こうして、天皇賞春秋制覇などGⅠ5勝を果たした名馬は引退し、年は暮れて行った。

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