第184話

≪スパイラルカーブを抜けた!府中の長い直線526mが姿を現す!≫

≪だんだら坂で脚が止まった前2頭を、アスタロトがいつ捉えるか・・・ですかねえ!≫

 ジャパンカップも残りは直線のみ。長い長い526mが始まった。

「ジャンヌ来た!くっそ!」

『行くよ、トミー!』

 シヴァンシカ・セスのムチに応え、マハトマが力強く一歩二歩と前に出る。福留雄二もエンペラーズカップを鼓舞して必死に追うが、2000m近くを先頭すぐ後ろで走って来た。自分のペースで走れたマハトマに対抗する力は残っていない。

「くっそお!」

「フクドメさん、後は、任せて」

 隣にはジャンヌ・ルシェリット。アスタロトの、瞬間的に何十mとワープを繰り返す、切れも完備した長く良い差し脚は、スパイラルカーブで前を追いやすい東京コースでこそ輝く。

「ちくしょお!ジャンヌちゃん、負けんじゃねえぞ!」

 同じ宴を囲んだ仲だ。こうなっては応援するしかない。せめて3着でも取ろう、と限界寸前の馬を宥め、レースに挑戦し続ける。

『それはちょっとできない相談なのよね?』

 以前、聞いたことのある声。聞こえた瞬間、1頭に抜かれた。青みがかった、漆黒の馬体。


 その数馬身先では、驚異的な二の脚を使って二枚腰を発揮するマハトマがアスタロトをラスト200m付近まで抜かせずに先頭をひた走る。既に『府中最後の難関』、壁とも言える勾配のだんだら坂に突入し、いつ脚が止まるか秒読みのはず。

『いいわ!いいわよ、トミー!』

『このインド馬のどこにこんな力が!?』

 ドバイワールドカップに出走していたことは知っていた。カルロス・フェルナンデスの騎乗で掲示板に載っていたのは覚えている。しかし、若いインド人騎手でここまでの粘りを見せるなんて!

『楽しんでいるわね、ジャンヌ?私も混ぜなさいな?』

『もう1人来た!?』

『・・・お姉さま!』

 ユングフラウ・ドーベンがカイザープロイセンを駆って飛んできた。第4コーナー途中まで最後方の位置から一気に縮める異次元の差し脚だ。

『主役は、遅れてくるものだ』

『ヴァルケだ!』

 シヴァンシカでも、ユングフラウ・ドーベンやヴァルケ・ローランは知っている。世界的名手だ。彼らと轡を並べ、競い合っている。

『・・・トミー』

 ややあって、マハトマは限界を迎えた。アスタロトに先頭を譲り、外からの2頭、内からも前を狙うエンペラーズカップやシャーピングにリキュールが迫る。

『また、来ようね』

 全てを出し尽くしたインドの代表は後続に呑まれていった。

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