第183話

 府中は大欅を回る時、変事が起こる。

≪さあ、各馬!大欅を迎えて、陰から姿を・・・おおっ!?≫

≪キタ!キタキタキターッ!≫

 クイーンイザベル、武豊尊が開けて行った外へ回す道。そこにアスタロトが首を突っ込み、切れ味も鋭く馬群を真っ直ぐに切り裂いた。観衆からは大欅の大木に隠されて、何馬身もテレポートしたように見える。

『行くわよ、800m!ロングラン!』

「はい!?ジャンヌちゃん来ちゃった!」

「オイオイオイ!」

 レース直前オッズは2.1倍となった確固たる1番人気馬。欧米で馬場を問わず活躍してきた強い馬があっという間に並んできたので、武豊莉里子もジョン・スイスも慌てて追い出す。レースが一気に忙しくなる。

「後ろが騒がしい・・・?ひぇっ!」

『何よ?えぇ・・・?』

 さすがに疲れたのかマハトマは位置を下げ、エンペラーズカップと並んで走っていた。横の福留雄二が小さな叫び声を上げたので思わず振り返ったシヴァンシカ・セスは信じられないモノを見てしまう。

「ま~ぁて~ぇ~!」

 般若の貴公子がその牙を剥いて迫っていた。もう4,5馬身差というところまで来ている。

『何!何なの、アレ!馬の上に雷オヤジインドラが乗ってるわ!』

「ウチのレジェンドだよ!急げ、食い殺されるぞ!」

 シヴァンシカのインド英語なんてほとんどわからないが、雰囲気で察した。福留は逃げろ逃げろと必死に追い始めた。実はこのレース、1000mの通過タイムは平均ペースに比して1.5秒遅い。かねてアスタロト鞍上、ジャンヌ・ルシェリットも危惧した通りのスローペースだった。

「逃がさんぞ!おまはんら!」

『逃がさないのは、こちらの方です』

 静かに後ろから声をかけられた武豊、振り向く―――

『こっちですよ?』

 ジャンヌ・ルシェリットがアスタロトを駆って真横に付けていた。クイーンイザベルは鬱憤を発散すべく叩きつけられた、アスタロトの視線のプレッシャーに負けた。

「おい!」

 フラフラと頼りげない走りとなって内ラチに頼り、なんとか走る恰好を保っている。後ろから追い上げてきた莉里子とスイスの2騎にも追い抜かれる。

「グガギギギギ!」

「じゃ、後は任せてね!おじさま!」

「アスタロトは怖いな・・・」

 莉里子と共に一部始終を見ていたスイス、ポツリと感想を漏らした。イギリス時代の知人にも聞いたが、向こうのレースでも戦績以上に、それなりに暴れていたらしい。

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