第146話
ややあって、霧生かなめは再起動した。
「ごめん、まきな」
「うん、頑張ったよ」
「でも、勝てなかった」
「それでも・・・それでも、だよ」
御蔵まきなはかなめの手を取って必死に慰める。冬に入りかけている季節だが、それにしたってさっきまで体を動かしていたとは思えないほど、手が冷たい。
「結局、あたしはダメな奴だった・・・!」
泣きそうな目でそう絞り出したかなめに、まきなはどう言えばいいかわからなかった。そんなかなめを見て、最近4度目の3冠を逃した武豊尊が一言。
「まあ、ダメな奴やな」
「武豊さん!?」
まきなが何を言い出すんだ、とばかりに飛び上がる。
「ガキども、何を企んでるんかワシは知らん。だがな、勝負の世界で気迫がどうの都合がどうので勝てるほど、甘いわけあるかい!」
武豊は呆れてモノも言えないとばかりに離れて行った。
「ごめん、まきな」
「かなちゃん・・・」
いまだ、かなめの手は非常に冷たい。
「地方であんなに勝たせてくれたのに、ダメだった」
「仕方ないよ。それに、最後だって2着だったんだから、もしかしたら」
「それはダメだと思う」
かなめはきっぱりと断った。まきなはでも、と言いすがるが、
「これ以上、あんたの顔に泥塗りたくりたくないよ」
かなめはこれ以上、まきなに迷惑をかけたくない。たった4日間だが、今度のことで、随分、無理をしただろう。関係が悪くなった関係者だっているかもしれない。
「そんなの・・・」
「次、レースでしょ?行きなよ。ちょっと、独りにしてほしいしさ」
もういい加減、集合時間だ。次走の準備は済ませてあるが、時間に遅れてはいけない。
「わかった」
「うん。ホント、ありがとね。後悔せずに済んだよ」
名残惜し気にまきなが離れていく。文字通り、後ろ髪を引かれている様子にかなめは可笑しくなりながら、涙を流した。
その瞬間は、本当に突然やって来た。第8レースも何故か馬群がとても密集し、ゴチャついていた。前を行く馬同士が派手に接触する。
「ヤバい・・・!」
向こう正面、数馬身先で2頭、転倒する。後続が避けようとする中、まきなも避けようとして―――
空が青かった。秋の空はまだまだ青く抜けていて、雲一つない。何が起こったかは想像がついたが、信じられなかった。馬の手綱に初めて触れてから16年以上になるが、落馬するのは初めてだった。
「いっつ・・・」
背中を打ち付けたらしい。馬はどうなったかと慌てて見回すと、ゼッケン7番を付けた鹿毛馬が少し離れた位置から自分を見ていた。
「良かった」
少しホッとした。自分も大事には至っていない感覚がある。少なくとも、手足は無事だ。並走していた救急車から救護班が降りてくる。
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