第133話
空港に、1人の関西人が降り立った。
「もう結構、寒くない…?」
霧生かなめは今日の夕方に行われた園田の重賞・楠賞が終わってすぐ、同期の御蔵まきなに航空機のチケットを渡された。
「何これ?」
「うん。かなちゃん、明日は北海道で乗るじゃない?」
忘れてる?と聞いてくるまきなの脳天をチョップし、頬をつねって答える。
「聞いてない!またか!?」
「ひ、ひったよおお!」
ほら!とスマホからメッセージアプリを開いた。そこには、1週間の予定がしっかり書き込まれている。
「え、あれ?本当だ…?」
「でしょ!ちゃんと見てないのは―――」
どっちだ、と言おうとした言葉をとっさに飲み込むまきな。彼女はこの認識の相違の原因を見つけてしまった。
「あれ?下書き…?」
予定のメッセージは下書き保存はしてあった。しかし、送信した形跡がない。
「送れええええええええええええええええ!」
園田競馬場にかなめの絶叫が轟いた。
「ったく、あのボケ担当は…」
まだちょっとプリプリしながら、門別競馬場まで案内してくれると言う桜牧場の従業員を探す。自分とも同い年の女の子らしい。
「あの、すいません」
かなめが振り返ると、いかにも大学生然とした女性。
「霧生騎手ですか?まきながお世話になってます!」
「ええ、そうよ。あなたが蔵王さん?」
「はい!」
桜牧場の従業員、蔵王龍灯は場長一家のまきなとは幼馴染だ。母が牧場の事務員をしていたため、幼少から馬に触れて来た。まきなとは桜牧場所有の乗馬チームでチームメイトだったこともある。
「あの子、障害選手だったんだ?」
「はい、あのころから既に天才でしたね」
中学3年、最後の全国大会で見せた無失点の飛越は伝説になっている。龍灯は、あの日からずっと、その幻影を追いかけている。
「蔵王さんはずっと障害なんだ?」
「はい、牧場の唯一の選手ですね、今では」
桜牧場乗馬チーム部門の唯一の実働部隊として、札幌の大学で非常勤のコーチをしていると言う。
「すごいねー」
「恵まれましたからねー」
この龍灯、実はすごいどころの選手ではないが、かなめに合わせて相槌を打っている。今、大事なことは、クラハドールが霧生かなめ騎乗でGⅠに出られるか否かだ。
「霧生騎手のことは、まきなが競馬学校行ってた頃、よく聞いてたんですよ」
「へえ」
バンのハンドルを握る龍灯と、門別競馬場を目指す。新千歳空港から移動して高速道路に乗り、日高方面に1時間の距離だ。なお、レース施行前日に入るべき調整ルームだが、色々と制約がある。例えば、南関東・大井競馬場だと16時に入室する必要がある。かなめが門別に到着する時間はどう考えても18時以降になる予定だったため、まきなが祖母の勝子の伝手で中央の門限、21時と同じで良いとさせていた。
「至れり尽くせりだわ…」
2年目の10勝騎手が受けて良い待遇ではないことに、今更ながら呆れるかなめだった。
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