第131話

 園田競馬場の重賞、楠賞。クスノキとは園田競馬場の所在する兵庫県の県木。このレースの1着賞金2000万とは、賞金の水準が高い南関東公営競馬並みの高水準だ。

「5%もらえれば100万だからな…」

 園田競馬の一般競走で賞金100万円稼ごうと思ったら、C2級と言う古馬で最下層に当たるレースなら40回勝たねばいけない。極端な例だが、それ程までに楠賞は価値のあるレースだ。

「お前、狙うとるのか?」

「玄理さんこそ」

 園田の長老、還暦の玄理治は有力馬で出走する。リリックフランシアの引退後、久々のスターホース候補に推されるセイランと言う馬だ。兵庫チャンピオンシップという統一GⅡの格を持つレース以外の兵庫クラシックレース2冠を達成した。ここで南関(南関東)や北海道・門別からやって来た強豪と激突する。

「セイランは今日も堂々としてるわ…」

 芳川の馬はヴァリエイト。最近、重賞戦線に上がってきた馬で、主な実績に8月からのB級で連勝がある。2冠を遂げたセイランには敵わないが、これからの園田を背負って立つと期待される馬だ。

《さあ、始まりました!》

 そうして発走した楠賞は南関と門別の馬が互いにハナを主張して譲らない。

「これは…!」

「わしらの優位な場じゃのう?」

 芳川の真横に玄理がいる。玄理としてもこのリーディングジョッキーが一番、危険だと判断している。外から被せて、自分からは動けないようにした。レース自体は600m通過してもまだ先頭の2頭が突っ走っている。先頭の2頭からすればこれが普通のペースだと言わんばかりだ。

「まあ、そろそろ捕まえに行かんとなあ?」

「じゃあ、早く行ってくださいよ?」

 芳川の位置からだと、玄理の馬が動かない限り、動けない。

「じゃな、じゃあ先に行っとるぞ?」

 ムチを何回か打ち、前に出ていく。安全が確保できるまで、50m程。1400mしかない中での50mのロスは大きい。

「勝つって、約束したからな」

 芳川は相棒に鞭打って逃げる3頭に向かって前進していった。


 レースが大きく動いたのは残り500m、第3コーナーの辺りからだ。

「かなちゃん、玄理さんのセイランだよ!」

「今年の2冠馬って聞いてたけど、すごいね」

 今はどんなに強くても、幼少期に下積みを積まない馬などほんの一握りだ。

「2歳からいきなり実績積んで、中央馬の混じったジュニアグランプリでも3着だからね」

 時代を担う園田のトップホースに、霧生かなめは嬉しくなった。

「芳川さんの馬も上がって来たよ!」

「来たわね」

 わざわざ邪魔して来て、啖呵を切ったのだから、勝ってもらわないと悲しいことになる。園田リーディングジョッキーの真価は如何、とかなめは静かに見守っていた。

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