第105話

「はい、1億1千万出まし・・・」

「2億円」

「はい?」

 さすがにチェアマン、総帥中田も一瞬、あっけにとられた。2億円?この日高で?

「2億円と言ったの。競りかけてくる者がいるなら、この場で名乗り出なさい」

 213番とかなり大きい番号のユングフラウは、1番から最前列に配されていく入札客の中で最上段に陣取っている。そこから、ひどく通る声で言い放った。

「私は、勝つ勝負も負ける勝負も…等しく愛する者よ?」

「…面白い!ならば私の全力を見せてやろう!」

 ユングフラウに応えたのは、池田源治。彼が提示した額は、

「2億5千万!これが私の誠意だ!」

 さらに5千万円…と、沸騰したざわめきは冷める間もなく続いている。驚き7割、呆れ3割。しかし、この状態から、ユングフラウは度肝を抜いてきた。

「3億円よ」

 瞬時に、会場が凍り付く。

「え、えー、3億円。3億円出ました。他に、いませんか?いらっしゃいませんか…?」

 半ば、中田総帥が悲鳴を上げているようにも見える中、会場は沈黙する。そして、カン!っとハンマーが下ろされた。

「3億円!えー、213番のお客様です。なお、こちらの方はドイツのユングフラウ・ドーベン氏。独仏英のダービーをジョッキーとブリーダーとして制した、超一流のホースマンです!そんな彼女に見初められたビューティウインドの17の前途を祈って、どうか万雷の拍手を!」

 パチパチ・・・と鳴り始めた拍手は、一瞬の後には洪水のような、何百人という拍手となって会場を包み込んだ。

 彼女の周りに座っていた入札客はみな、彼女に握手を求め、その傍にいるのが前年のダービージョッキーの佐藤慶太郎という事実に気づいた者は彼が乗るものだとばかり思いこみ、同様に握手を求めた。

 そんな中でも、ジャンヌはクロカゼの眼を見つめ続けていた。引き込まれたように、一瞬でも目を離してなるものかとばかりの視線に応えるように。


 そんな彼女が、世界を大きく揺るがすような大活躍を見せることになるのは、この年の暮れ、世界から強豪馬が集まる日本の国際GⅠジャパンカップ。

 今年のジャンヌの中距離のお手馬には、国際重賞競走で活躍する馬が何頭もいた。仏ポーの小室厩舎や米キング厩舎が、所属の強豪馬に彼女の鞍を置いており、日本陣営の、まきなの強力なライバルとなるのである。

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