第103話
「それは貴重なご意見として受け付けるが、あなただけを特別扱いはできません!」
中田総帥が主催者として厳然たる拒否の姿勢を示す。それを受けてユングフラウは、
「そう…商売上手なのね?」
その眼に情熱の炎を浮かび上がらせて言った。
「俄然、欲しくなったわ。自分で乗らないと、わからないものね?」
ユングフラウ半径10mの気温が、心なしか2~3度高くなっている。彼女は欲しい物はどんなことをしてでも手に入れようとするタチだ。のほほんとクロカゼに触れているジャンヌを他所に、一人ヒートアップしていくのであった。
「いやあ、とんでもないのが来たなあ…」
仏独のコンビが去った後、中田総帥は肩の荷が下りたという様に用意されたパイプ椅子に腰を下ろした。
「クロにご執心でしたね…」
まきなも続ける。しかし、と一つ思うところのあった彼女は、
「でも、なんでヨーロッパから?クロは精々、日高で有名な程度なのに」
「そうやなあ…?まきなちゃん、動画サイトに配信なんてしとらんやろ?」
「うーん、そういうのが得意な従業員はいませんし…?」
「慶太郎の坊主かもしれんで?」
口をつぐんでいた金子が弟弟子の疑惑を告げる。彼も元は坂東厩舎の人間、動向は知っている。
「佐藤先輩ですか?」
「そや、あいつは日高に大した知り合いはおらんが、うちの一郎と仲が良くてな。あれにはよく言っとく、スマンな」
そう言って、金子は頭を下げる。3000勝のレジェンドに頭を下げられ、まきなは恐縮しきりだ。
「いやいやいや!いっちゃんは期間限定のお客さん扱いだし…!」
「甘い、これから馬に携わりたいっちゅう人間が大恩あるオーナーの馬、情報をそんな簡単に漏らしたらアカン」
ユングフラウは鼻歌を歌っていた。
『お姉さま、そんなにあの子が?』
『ええ、良い馬だったわね。立ち姿しか見せてもらえなかったけど、このセールで一番の馬ね』
『みんないい子です!」
抗議するジャンヌの頭をユングフラウが撫でる。
『そうだね、その通り。でも、その中でも群を抜く、という言葉もあるでしょう?』
「はうっ…」
身をよじるジャンヌ。歴戦のバイプレイヤーであるユングフラウにとって、性というものを知らぬジャンヌはかわいい獲物だ。そんな二人に近づいてくるのは、
「あ、いた」
疑惑の渦中の人、佐藤慶太郎だった。
「あら、ケイタロウ」
「慶太郎サン!」
「二人とも、大丈夫だった?いくら日本語話せても、二人とも見た目が派手だから、みんな驚かなかった?」
『そうねえ…まあ、人馬ともに面白いものが見れたわ』
「まきなサンのところの黒い馬、かわいかったです!」
「え、御蔵?ここにもいたの?」
『私でも知ってたのに、何で知らないのかしら?』
呆れた、と言いたげにユングフラウがため息をつく。ジャンヌは慌ててフォローをする。
「ホ、ホラ!細かいことに動じないのが慶太郎サンの良いところで…」
『そうね、この国のダービージョッキー様だものね』
「茶化さないでください…」
英仏独でダービーを制した経験のあるジョッキーでありオーナーの彼女は余裕たっぷりに、クロカゼの背中を想像していた。
そんなこんなで、日高のセレクションセールが始まることとなった。
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