第101話

 今年の日高セレクションセールは大盛況だった。何せ、日高にも聞こえた名門・桜牧場の評判馬、クロカゼがいる。今年の2~3歳では日高の二冠馬ゴールドシップ産駒の調子が良く、彼に連なる馬もまた、注目を浴びていた。


「ほう、あれがクロカゼですか」

「鵡川の馬ですが、日高の馬全部と合わせても最高の出来だとか?」

 セレクションセールに上場されている馬は、競り前に馬体を展示される。そこでもクロカゼの注目度は抜群だった。北海道財界のドンたちがまきなに馬の概要を尋ねる列が引きも切らず、中には遠く関西から来た、まきなと顔見知りの馬主たちも含まれていた。中田総帥の、注目馬を入れてセールを盛り上げようという目論みは成功していた。

「ワハハハ!まきなちゃん、ありがとうな!」

 日高の総帥、中田だ。自身のグループもそれなりの数を上場しており、忙しいが、競りを前に今日の盛況の立役者たちに礼を述べに来ていた。

「おじさま。今日はすごいですね!」

「まきなちゃんのお陰だな!クロカゼはどこに出しても億にはなる…」

「なら、アンタが億以上で買わんかい!」

 と、口を挟んだのは金子だ。

「おお、金子どん。まきなちゃんの運転手やっとるのは本当やったか」

 金子は総帥の持ち馬で重賞を50勝は稼いでいる。GⅠなら6勝。お得意様で戦友だったが、

「おう、桜牧場従業員じゃい!だからな…」

 金子は総帥を睨み付けて言った。

「億で売れんかってみい、今年一杯、お前さんとこの馬にゃ誰も乗らんよう言ったるぞ!」

「ワッハッハ…それは…困る…」

 レジェンドと呼ばれるだけあり、引退してもそれくらいの力はあった。

「金子さん、それはいくらなんでも…」

 見かねたまきなが宥めると、やれやれと金子は締めくくった。

「まあ、それくらい、牧場の現場も思っとるんや。お嬢ならわかるやろ、馬の値段が牧場の価値や、士気にかかわる。あまり、お人好しが過ぎると、不満も溜まるで?」


『さて、ここね?』

「カワイイ馬が、イッパイ…」

 ユングフラウ・ドーベンが日高に襲来した。しかも、日仏の有望ジョッキーを引き連れて。この報は、競り会場を瞬く間に駆け巡った。人々は、佐藤慶太郎が画を描いたものと読んだのだが…

『慶太郎君』

「なんです、アーベルさん?」

 その佐藤はユングフラウの執事、アーベルと車でお留守番をしていた。

『君は馬を観には行かないのかな?』

「あんまり、馬の見立てに自信がなくて…」

 佐藤は頭をかいて、続けた。

「後、修行中なのに、頻繁に帰ってきてると思われたら、恥ずかしくて…」

『お嬢様に付いていて欲しいのだがね…』

「二人とも、日本語それなりに出来るじゃないですか?相馬眼もいいし…」

『いや、お嬢様とジャンヌ嬢だけだと…』

 アーベルは自身の恐ろしい想像を語った。

『いくら使って帰ってくるか…』

「あー…」

 それには、佐藤も同意せざるを得なかった。

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