第61話

 ≪シャーピングが首差前に出た!エキドナエレジー!JCジョッキー、ジャンヌが追う!コーンウォール、厳しいか!?≫

『この・・・!』

『御蔵のおじいちゃんのためにも、今日は勝つよ!』

『ミクラ!?』

 この馬にも、まきなは関わっているのか!とジャンヌが気付いた瞬間が、ゴールだった。再びハナ差まで追い詰めたものの、エキドナエレジーはシャーピングを差し損ねていた。


「ジョンさん!ナイス!」

「ミスターテル、やりました!」

 ジョンは、輝道の遺影の前に跪いて両手を合わせた。その頬にはうっすらと、涙が流れている。輝道には、大きな借りがある。25歳で初来日、その身元引受人になったのが輝道で、桜牧場産の有力馬を一部とはいえ回してくれていた。短期免許でNHKマイルカップを勝ち、日本での初GⅠを飾ったのは、桜牧場の馬であった。

 その輝道の訃報を知ったのは、ちょうど皐月賞の出走前、パドックでのことであった。葬儀は終わり、孫娘・まきなが栗東へ帰ってきた頃。すべては終わっていた。まだ、輝道の墓には行っていない。シャーピングのGⅠトロフィーを手土産に、と強い気持ちで臨んでの香港マイルであった。

「一緒に、行きましょう。祖父の墓に!」

「うっ、うっ・・・ハイ、レディ・・・」

「そうか、君が御蔵の・・・ひかりの、娘か」

「?」

 なんだかむやみやたらに礼儀正しい日本語が聞こえてくる。まきなが振り返ると、そこにはヴァルケ・ローランが立っていた。

「ヴァルケ・・・さん?」

『ミスターテルは、素晴らしい馬を遺した。そう、ヴァルケが言っていたと伝えてほしい』

『あ、あの!待って!』

『なんだね?』

『ど、どうしてひかりって・・・母の名前を!?』

 そう、母・ひかりは体が弱く、鵡川の実家を出ることも稀なほどだった。鵡川の町でも、ひかりの顔を知らない者は多い。

『母を・・・お母さんを知っているんですか!?』

『以前、私もジョンと同じように桜牧場に出入りしていただけだよ。それだけさ』

 そう、本当にそれだけのこと。そういうことにしたではないか。何をいまさら。彼女は、幸せな家庭にいるはずだ。

『母は、亡くなりました!母のことを知っているのなら、また牧場に!』

『なに?』

 ヴァルケの表情が険しくなる。


『レディ、ちょっとだけ、話をする時間をくれるかな?』

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