第33話

「早すぎる…」

 ジャンヌは震える声で繰り返した。ロンシャンの直線は500メートル以上。フォルスストレートで無理に力を使い、位置を上げてきた。ジャンガスコーニュは、更に500メートルをトップスピードで走らなくてはいけない。

「慶太郎さん…」

 見ていることしかできないのが辛い、ジャンヌであった。


《ポーのジャンガスコーニュ!先頭!あと400、凌げるか!?》

 長い。フォルスストレートで追い始めてから、400メートル。他馬をうまく出し抜いたが、それでも他の馬にはまだ余裕があった。ジャンにはそんなものは最早、ない。

 口を割り、内ラチを頼りにどうにか走っていた。残り300メートルを過ぎた頃、後ろから2頭、抜け出してきた。

《エウロペ、ランタナ!前に出てきました!ジャンガスコーニュに並びかける!》


 エウロペは素質馬であり、1番人気。騎手はヴァルケ・ローラン。フランスのトップ騎手である。ヴァルケは、長手綱で知られていた。

『ヘイ、ヤンキー!ちょっと、焦りすぎじゃあないか?』

「ゲッ、ヴァルケ!」

『はっはっは!ゲッ、とは始めてだ!』

 外に馬を寄せてくる。ヴァルケは、人馬ともに余裕が溢れている。

『負けられないんだよ!俺は!』

『ダービージョッキーとしての意地か!』

『違う!』

 佐藤は、ジャンヌの顔を思い返す。

『男として、だ!』

『フン!面白い!』

 残り、50メートル。


《ジャンガスコーニュ、内!エウロペ、外!大外ランタナ、遅れた!そのままゴール!》

『ボーイ、やるな!だが…』

 着差はクビ差。

《エウロペ、勝ちました!鞍上ヴァルケ・ローラン!50勝目です!》

『はっはっは!圧勝だ!』

『負けました、さすがです、ムッシュー』

 クビ差圧勝。如何様に走ろうとも、覆し様のない着差だった。


 佐藤は装鞍所に引き上げてきた。ジャンヌが待ち受けていたが、少し不満げだ。

「ザンネン、デシタ」

「勝ちに行ったんだよ。負けたけど」

「ワカリマス。ケド」

 ジャンヌはプイッと、頬を膨らませたまま顔を背けた。ジャンガスコーニュに、労いの言葉をかける。

『ジャンは頑張ったね!帰ったら、いっぱいごはん食べようね!』

 そう言って、鼻を撫でる。ジャンは満足げに、嘶いた。ジャンヌの馬に向ける笑顔は、非常に眩しい。

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