第4話 それは是非食べてみたいわぁ〜

 夕飯を終え、使った食器などをアルバニアが片付けた後、浅葱あさぎとカロムは台所を借りる。


「食材も道具もお好きにお使いくださいませ。本当にありがとうございます。楽しみにしています」


 アルバニアは浅葱たちに丁寧ていねいに深く頭を下げて、すっと台所を出て行った。


 さて、では調理に取り掛かろう。


 まずは胡瓜きゅうりを輪切りにする。それをざるに入れ、塩を振って全体を軽く混ぜ合わせ、しばらく置いておく。


 次に玉葱たまねぎ繊維せんいに沿って薄切りにし、胡瓜とは別の笊に入れて、これにも塩を振り混ぜ合わせて置いておく。


 人参は皮ごとり下ろし、レモン汁、塩、胡椒こしょう、オリーブオイルを混ぜ合わせておく。


 烏賊いかは既にさばかれて、胴と下足げそに別れていた。わた墨袋すみぶくろも取り除かれていて、軟骨も抜かれている。皮も綺麗にかれていた。


 胴は開いて2センチ角程にカットし、下足はくちばしと眼を切り取り、3センチ長さ程に切って、白ワインを垂らした湯でさっと茹でる。


 それを平笊ひらざるに丘上げし、余熱で火を通して行く。そして粗熱あらねつが取れるのを待つ。


 その間に塩漬け豚ハムを太めの千切りにし、擦り下ろし人参のボウルへ入れておく。


 ボウルに白ワインビネガーと砂糖で合わせ調味料を作っておく。泡立て器を使い、砂糖が溶けるまでしっかりと撹拌かくはんする。


 胡瓜がしんなりして来たので、出て来た水分をしぼって調味料のボウルへ。軽く混ぜておく。


 玉葱もしんなりとなったので、流水で洗ってぬめりを取り、しっかりと絞って人参と塩漬け豚のボウルに追加し、良く混ぜておく。


 烏賊が程良く冷めたので、ビネガーと砂糖の合わせ調味料のボウルに追加して、こちらもしっかりと混ぜておく。


 もう一品。モッツァレラチーズを角切りにし、オリーブオイルと少量の白ワインビネガー、粗挽きの黒胡椒、千切ったバジルで和えたら。


 烏賊と胡瓜の酢の物、塩漬け豚と玉葱の人参ドレッシング和え、モッツァレラチーズのバジル和えの出来あがりである。


 冷暗庫できりっと冷やした米酒を出し、小さなグラスや小皿、フォークなども準備してトレイへ。カロムとふたりで食堂兼居間へと運んだ。


「お待たせしました」


「んまぁありがとう〜。楽しみだわぁ〜」


 待ち切れないとわくわくした表情のチェリッシュの声が弾む。3品のつまみを並べると、チェリッシュもアルバニアも、そしてヨランダも「あら?」と声を上げる。


「これはどう言ったお料理なのかしらぁ〜? 初めて見る感じだわぁ〜」


「和え物と言います。胡瓜と烏賊は甘酢で、塩漬け豚と玉葱は人参のドレッシングで、モッツァレラチーズはバジルと黒胡椒とオリーブオイルとビネガーで。どれも手軽に出来るもので、米酒以外のお酒にも良く合います。煮込みだと手間ですし、食後には多くなってしまいますし、チーズとかオリーブなんかのそのまま食べられるものでも充分美味しいんですが、折角なので少し手を加えてみました」


「これはアサギちゃんの世界のお料理なのかしらぁ〜?」


「そうですね。この世界には無い調理法なんですよね」


「そうなのよねぇ〜。この世界って、お料理と言えば何故か煮込みだものねぇ〜。私もお料理した事勿論もちろんあるけどぉ、お肉とか焼いたら固くなっちゃったものねぇ」


「それなのですが大お師匠さま、アサギさんならお肉をとても柔らかく焼く事が出来るのですカピ」


「あらぁ、そうなのぉ!?」


 チェリッシュが驚きの声を上げ、アルバニアも眼を見張っている。浅葱は小さく苦笑する。


「そんな大袈裟おおげさな事では無いです。カロムからお話を聞いてみると、どうやらこの世界の方々は、焼く時に火を通し過ぎていたみたいなので、適した焼き時間にしただけなんですよ」


「あら、でもぉ、煮込む時は20分とか物によっては1時間とか煮込むでしょう〜? 最低でも20分は火を通さなきゃいけないんじゃ無いのぉ?」


「それが勘違いだったみたいですよ。俺らは火を通し過ぎて固くしてしまってたみたいです。浅葱のお陰で、俺も肉を柔らかく焼ける様になりましたよ。家で驚かれたの何のと」


「あ、カロムお家でお肉焼いてるんだ」


 初耳だった。カロムは家での話をあまりする方では無い。秘密にしている訳では無いのだろうが、わざわざする必要が無いと思っている様だ。


「おう。夜に小腹が空いたからちょこっとな。焼くだけだから準備から何から楽で旨くてよ。そしたら親父もお袋も「旨そうな匂いだ」って出て来て、何やかんやと家の牛肉無くなっちまった」


 カロムは言って可笑しそうに笑う。チェリッシュは「まぁ〜」と口を抑えた。


「それは是非食べてみたいわぁ〜」


「ええ、そうですね。私も興味があります」


 アルバニアも眼を輝かせている。これまでとても冷静なたたずまいのアルバニアだったが、やはり料理の事となると好奇心が沸いて来る様だ。


「じゃあこれから少し焼いてみますか? 下味を付けて焼くだけなので簡単ですよ。本当に火加減と火通しの時間だけなんです」


「構わないんですか? またお手数をお掛けしてしまいますが」


 アルバニアが遠慮がちに言うが、浅葱は「いえいえ」と首を振る。


「とんでも無いですよ。じゃあやってみましょう。皆さんは先に飲んでいてください」


 浅葱が言うと、チェリッシュは「あらあらぁ、待つわよぉ」と手を振った。


「そんな時間が掛かる訳じゃ無いんでしょう〜? アサギちゃんたちと一緒に飲みたいわぁ」


「じゃあ急いで作って来ますね」


「洗い物とか俺が手伝うから」


 カロムも言って席を立つ。


「あらカロムさま、洗い物などは私が」


「いえ。アルバニアさんはしっかりアサギに教えて貰ってください。で、とっとと作って、早く飲みましょう。米の酒、旨いですよ」


「で、ではお言葉に甘えます。ありがとうございます」


 アルバニアが慌てた様に頭を下げると、チェリッシュが「ほほほ」と笑う。


「アルバニアちゃんもお酒が好きなのよぉ〜。そう強くは無いんだけどもねぇ〜」


「はい、そうなんです」


 アルバニアがかすかに照れた様に笑みを浮かべると、浅葱は「あ、僕もです」と笑う。


「僕もお酒は好きなんですが、そんなに強く無くて。でもロロアとカロムは強いんですよ。ペースも速くて」


「まぁ、そうなんですか」


 そんな事を言いながら、浅葱たちは台所へと入って行った。

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