第8話 これはどういうお料理が作れるのですカピか?

 浅葱あさぎは2回目の味噌料理を作る時、その味噌の味見をして、ひとつの可能性を感じていた。


「ねぇロロア、お願いがあるんだ」


 カロムが作ってくれたサンドイッチの朝食をいただきながら、浅葱は口を開く。


「何でしょうカピ」


「時間を早める錬金術を使って欲しいんだよ」


「オミソを作るのですカピか?」


「ううん、別のもの。大豆とお塩を麹で醗酵はっこうさせるのはお味噌と同じなんだけど、割り合いを変えて小麦も加えて、ちょっと試してみたいものがあるんだ」


「解りましたカピ。ご準備が出来たら、いつでもお声を掛けてくださいカピ」


「ありがとう」


 浅葱は朝食を食べ終えると、早速材料の準備をする。


 まずは生の小麦36グラムを乾煎からいりする。香ばしく色付きぷっくりと膨らんで来たら、バットに上げて粗熱あらねつを取る。


 その間に他の材料の準備。今回も実験に近いので、量はかなり控える。蒸し大豆50グラムに、塩は15グラムを用意する。


 そして麹。酒を作る時と同じ割合の10分の1、10.5グラムを計った。


 それらをガラス瓶に入れて、満遍無く混ぜ合わせたら。


「ふぅん、確かにオミソの時とは割り合いが違うな。炒った小麦も入ってるし。何が出来るんだ?」


「これも調味料なんだけどね。巧く出来たら良いけどなぁ」


 ガラス瓶を手に、カロムと並んで研究室のドアをノックする。


「はいカピ。どうぞですカピ」


 浅葱がドアを開けると、ロロアは作業台に向かって何やら作業をしていた。器具を使っているのだろう、カチャカチャと小さな音がする。


「忙しいところご免ね。手が空いたら教えて貰えたら助かるよ」


「はいですカピ。申し訳無いのですカピ、少しお待ちくださいませカピ」


 浅葱とカロムは幾つか置かれている丸椅子にそれぞれ掛け、ロロアを待つ。時間にして2、3分と言ったところだろうか。


「お待たせいたしましたカピ」


 ロロアが振り返り、踏み台の上から降りた。


「もう大丈夫なのか?」


「はい。ひと段落したのですカピ。お時間を進める術ですカピね」


 ロロアは言うと、かつて米酒を作る時に使ってくれたドームの木箱に手を伸ばす。


「あ、僕が取るよ」


 浅葱が立ち上がり速やかにロロアのそばに行くと、適当にガラス瓶を置いて木箱を手元に引き寄せ、中身のドームを取り出す。直径30センチの銀色のドームだ。


「ありがとうございますカピ。では、何日進めれば良いですカピか?」


「ええと、お酒で30日、お味噌で10日だから、じゃあまずは10日でお願い出来るかな」


「解りましたカピ」


 浅葱がガラス瓶をドームでおおう。ロロアが銀製の棒でドームを軽く叩く。そして「リィン」と響いた音の余韻が消えた時。


「10日経ちましたカピ」


「ありがとう」


 ロロアの言葉にドームをそっと持ち上げる。するとガラス瓶の中身はまだまだ固形を保っていた。


 塩と小麦は溶け始めてほぼほぼ液体になっていたが、大豆はほぼ形そのままだった。と言っても醗酵は進んでいると思われるので、実際に触ると柔らかく潰れると思うのだが。


「まだまだだねぇ。じゃあ次は、ううんと、念の為5日で」


「解りましたカピ」


 浅葱がまたドームで覆うと、ロロアがまたドームを叩く。


「5日経ちましたカピ」


「ありがとう」


 またドームを上げる。だがやはり中身は固形のままだ。蒸し大豆は崩れ掛けて、溶けた塩と小麦がそれをまとっているのだが、目的のものにはまだまだだ。


「うーん、この感じだと、次は10日進めて貰った方が良いかも知れない」


「解りましたカピ」


 ドームを被せ、ロロアが棒で叩く。これで合計25日が経った事になる。浅葱はドームを上げ、脇に置いてガラス瓶を持ち上げた。


 茶色の液体に変化している中身の表面が揺れる。その緩やかな動きから、粘性がある様に思われた。これはまだ早い。


「うーん、やっぱり30日要るのかな? ロロア、何度もご免ね、後5日お願いするよ」


「はいカピ」


 またガラス瓶に被せたドームを、ロロアの棒が音を立てる。すっかりと静かになったら。


「終わりましたカピ。これで30日ですカピね」


「ありがとう」


 ドームを上げて、ガラス瓶を手にして少し傾ける。すると表面はするりと流れる様に動く。左右に軽く揺らしてみると、ちゃぷっと小さな音が耳に届いた。


 ふたを開けて、口にそっと鼻を寄せてみる。すると鼻をくすぐぐるのはアルコール、そして目的のものの香りだった。


「アサギ、どうだ?」


 カロムの問いに、浅葱は首を傾げる。やはりアルコールが発生してしまったか。


 味噌を醗酵させた時は、麹の量を減らした事、そして醗酵期間が短かった事で、アルコール成分が出て来る前に完成したのだろう。だが今回は酒を作る時と同じ30日。酒になってしまっても何の不思議も無かった。


 だが大丈夫だ。浅葱は「今度はこれを火に掛けるんだ」とその足で台所に向かう。ロロアとカロムも後に付いて来た。


 鍋を出してガラス瓶の中身を開け、中火に掛ける。煮詰まってしまわない様に注意して、周りが小さくふつふつとして来たら弱火に落とす。


 沸騰ふっとうさせない様にして、アルコールが飛ぶのを待つ。時折鼻を近づけて香りを確認しながら。


「……よし」


 アルコールの香りがすっかりと抜けた事を確認して、火を止める。そのまま置いておくと目的のものの香りまで飛んでしまうので、鍋底を氷に当てて混ぜながら冷まして行く。


 粗熱が取れたら、スプーンで少量すくって舐めてみる。


「うん!」


 浅葱は大きく頷いた。


「出来た! お醤油!」


 そう、浅葱がロロアの尽力で醗酵させていたものは、醤油だったのである。


 その作り方は、元の世界の方法とは全然違う。浅葱とて醤油の作り方にそう詳しい訳では無いが、おぼろげながら過去に調べて見た情報が頭にあった。


 確か大豆と小麦と麹菌きくきんで麹を作り、それを塩水と合わせて半年以上熟成させ、液体をしぼるのだ。それが醤油。それを火に掛けると醤油になる。


 だがこの世界の麹は、期間が長くなればなる程、有無を言わさずアルコールを発生させてしまう。固形物を液体にするには、つい今しがた浅葱が体験した通りに30日程掛かるのだ。


 なのでアルコールが出来てしまう事を覚悟して醗酵させた。本来の作り方であっても、最終的にはアルコールになってしまっていただろう。


 だが問題無い。どの道醤油を作るには火を通すのだから、ついでにアルコールを飛ばせば良いのだ。そうして無事アルコール分は取り除かれた。


 出来た醤油は色が淡めで、浅葱が元の世界で良く使っていた濃口醤油では無く、西の地で使われる薄口醤油に近いものだった。だが味見をしてみると、味は濃口醤油のそれである。


「オショウユっていうのか? 液体だがオミソみたいな色なんだな」


「味も近いよ。減量が同じ大豆だからね。でもお醤油の方が塩っけが強いかなぁ」


「これはどういうお料理が作れるのですカピか?」


「煮物だったりスープだったり、色々作れるよ。僕の国では昆布って海の植物と、かつおいぶして作る鰹節って言うもので取った出汁だしをベースに作る事が多いんだけど、この世界では用意するのが難しいだろうから、ブイヨンを使おう。米酒もあるし、僕が元の世界で食べていた煮込みに近いものが作れると思う。お野菜を炒めても美味しいよ」


「じゃあ今夜か?」


「うん、早速作ってみるね。お味噌料理が大丈夫なら、お醤油を使った料理もお口に合うと思うんだ。僕も久しぶりに食べられるから嬉しいなぁ」


「じゃあ買い物一緒に行くか?」


「うん、行く行く」


 楽しみだ。浅葱は何度も頷いた。

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