第6話 どうかな。ふたりのお口に合うかな

「やったー! お味噌が出来たー!」


 浅葱あさぎのその叫びにカロムが、そしてロロアも研究室から顔を出した。


「お、無事出来たか」


「おめでとうございますカピ!」


「ありがとう。10日で出来たよ。この世界のこうじ凄いなぁ」


 浅葱は嬉しくてにこにこしてしまう。


「じゃあ晩飯で早速食えるのか?」


「勿論だよ。うわぁ、何にしようかな。やっぱりお味噌汁かなぁ。具沢山で作ったら一品になるよね」


「おみそしるですカピ?」


 ロロアが首を傾げる。聞き慣れない言葉だからだろう。


「あ、このお味噌を溶かして汁物、スープにするんだ。僕の世界では1番多く食べられている食べ方だよ。色々な具材に合うんだよ」


「じゃあ買い物一緒に行くか?」


「うん、そうする。見ながら決めたい」


 そして浅葱とカロムは、買い物に行く準備を始めた。




 さて、買い込んで来た食材と、味噌の木桶を作業台の上に置いて、調理開始である。


 まずは野菜の準備。牛蒡ごぼうは表面の土を良く洗い流して斜め切りにし、人参は皮ごと銀杏いちょう切り。しめじは石突きを落として小房に解し、玉葱たまねぎときゃべつは芯を取ってざく切りにする。


 続けて燻製豚ベーコンを薄い短冊切りにし、豚肉は一口大の薄切りにカットしておく。


 火に掛けた鍋にオリーブオイルを引き、まずは玉葱を炒める。途中で塩を振って。


 しんなりとして透明になって来たら燻製豚を入れ、炒めて行く。火が通ったら豚肉を加え、色が変わるまで炒める。


 牛蒡と人参を入れてざっと混ぜて全体に油が回ったら水を入れ、煮込んで行く。


 沸いて来たらしめじときゃべつを加える。全体を混ぜ合わせたら味噌を半量溶き、弱い中火で煮込んで行く。


 その間に他の品を作る。まずはにんにくとパセリを微塵切りにする。それと少量の塩胡椒とともに室温に戻したバターに入れ、泡立て器でしっかりと混ぜてパセリバターを作る。


 次に帆立ほたてを貝から外し、食べられない部分を取り、塩胡椒をしておく。


 フライパンにオリーブオイルを引き、帆立を両面じっくり焼いて行く。


 帆立が焼き上がる頃に、鍋に残りの味噌を溶いて仕上げる。フライパンにはたっぷりのパセリパターを溶かして帆立に纏わせたら。


 豚汁とんじると、帆立のパセリバターソテーのできあがりだ。今夜はほかほかのお米を添えて。


「晩ご飯出来たよー」


 言いながら、居間兼食堂に運ぶ。ロロアがとととっと研究室から出て来て、ひらりと椅子に上がった。


「オミソのお料理、楽しみですカピ!」


「今日は豚肉とお野菜でスープにしたよ。豚汁って言うんだ」


「とん、なのですカピ? ぶた汁、では無いのですカピか?」


「僕の国には漢字って文字があって、一文字の漢字で幾つかの読み方があるんだ。豚の漢字は「とん」とも読めるんだよ」


「そうなのですカピね。面白いのですカピ」


「それよりも、僕は早くこの世界の文字を、せめて読める様にならないとなぁ」


「まぁ、焦る事も無いだろ。今のとこ、アサギはひとりで出掛けたりする事も無いしさ」


「確かにすっかりカロムにお世話になっちゃってるけどね」


 浅葱は小さく苦笑すると椅子に掛ける。続いてカロムも座った。


 神へ感謝を捧げる。そしていただきますと手を合わせて。


 まず、何はともあれ豚汁だ。待ちに待った味噌である。まず浅葱はスープボウルに直接口を付け、ずずっとすすった。そして「はぁ〜」とれる満足げな溜め息。


 昆布出汁も鰹出汁も使っていない。出汁の素はベーコンと豚肉、そして数々の野菜である。なので物足りないかも知れないと思ったが、なかなかどうして。しっかりと旨味が出ていた。


 特に燻製豚の力が大きいのかも知れない。適度な甘味と塩気、そして脂。それに野菜の甘味が加わって、昆布などから出汁を取らなくてもちゃんと味わいがあった。


 そして、懐かしい味噌の味! 燻製豚などから出た出汁の旨味、味噌が含むほのかな塩分、そして醗酵はっこうにより更に引き出された大豆の甘味と香ばしさ、ふくよかさ。


 美味しい豚汁に仕上がっていた。浅葱は嬉しくなって口角を上げる。


「へぇ、面白い味だな。甘味があるが塩気も程良くあって。何と言うか豚と良く合うな」


「そうですカピね。でも美味しいですカピ」


 カロムもロロアも初めての味に眼を丸め、それでもスプーンで豚汁を次々に口に運んだ。


「この世界には無い味だよな。確かに旨いよな。大豆と塩を合わせて醗酵させたら、こんな味になるのか」


「オミソ、何とも面白い調味料ですカピ」


 そうしてふたりの手はまだ進む。


「どうかな。ふたりのお口に合うかな」


 浅葱が恐る恐る聞くと、ロロアもカロムも「はいカピ」「おう」と頷いた。


「初めての味で驚いたが旨いぜ」


「はいカピ。とても美味しいですカピ」


「そっかぁ。良かったぁ〜」


 浅葱は心底ほっとして胸を撫で下ろした。今まで色々と作って来て沢山食べて貰ったが、この味噌が1番緊張したかも知れない。


 何しろ、この世界では未知の調味料なのである。


 以前トマトケチャップやウスターソースを作った時も少しは緊張したが、ケチャップはトマトがベースだし、ウスターソースは洋食にも、この世界の料理にも繋がるものがある。


 だが味噌は違う。日本食はこの世界にえんもゆかりも無いものだ。味覚が違えば口に合わない可能性だってあった。


 なのでロロアとカロムの口に合ってくれたなら、本当に喜ばしい事だ。浅葱も堂々と味噌を使う事が出来る。有難い。


「本当に良かったよ。だからって訳じゃ無いんだけど、明日もお味噌使うね」


「お、畳み掛けるねぇ」


 カロムが口笛でも鳴らしそうな様子で言うと、浅葱は「いやいや」と苦笑する。


「ほら、お味噌たった10日で出来ちゃったでしょ。これ明日にはまた味が変わってる可能性があるからね。早い目に使っちゃわないと」


「ああ、成る程な」


「そうなのですカピね」


「でもそうなると、量産が出来ないのが悔しいなぁ」


 浅葱がそう言って唇を尖らせると、ロロアが「それでしたら」と口を開いた。


「量産は難しいかも知れないですカピが、オミソをお使いになりたい時には、時間を進める錬金術を使いますカピよ。そうしたらその時に使う分だけを作る事が出来ると思うのですカピ」


「そんな事に手間を掛けさせちゃうのは申し訳無さ過ぎるよ」


 浅葱が慌てて首を振ると、ロロアは「いえいえカピ」と、にっこりと小首を傾げる。


「オミソ、美味しいのですカピ。出来たらまた食べたいのですカピ。なのでご遠慮は無しなのですカピ」


 若干のお世辞が含まれているかも知れない。けどここまで言って貰えるとは。浅葱は嬉しくなってほっこりと笑みを浮かべた。


「ありがとう、ロロア」


「はいですカピ」


 ロロアもまた笑顔になった。


「アサギ、帆立も旨いぜ」


「あ」


 浅葱は声を上げる。


「お味噌に夢中で忘れてた」


 こちらも冷めないうちに食べたい。何せたっぷりのパセリバターを使っているのである。浅葱は慌ててナイフとフォークを手にした。


「はは、アサギは本当にうっかりが面白いよなぁ」


 カロムが笑い、ロロアも「ふふ」と笑みをこぼした。

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