第3話 こんな旨い出汁が取れるなんてなぁ!

 日本人である浅葱あさぎなので、和食、日本食が食べたくなる事も実は多い。


 例えば出汁だし。これは基本昆布と鰹節かつおぶしで取る場合が多い。もしくは煮干し(いりこ)など。


 昆布は自ら海に潜って取って来るか? と思った事もある。しかしそれはどうも現実的では無さそうだ。


 鰹節に関しては、この世界には燻製豚ベーコンがあるので燻製くんせい設備はあると言う事だ。


 なら作るか? と思うが、流石の浅葱も鰹節の詳しい作り方は覚えていなかった。


 見た事はあり、茹でた後に焙乾ばいかんする、程度の知識ならあるのだが、それ止まりだ。要する日程や時間などはおぼろげだった。


 となると、鰹節作りも断念するしか無い。手探りでやってみて、もし食材を無駄にしてしまう様な事になれば、その方が浅葱は嫌だった。


 なら、この世界、村で使える食材で作れる日本食と言えば。


「うん、まずはあれを作ろうかな。カロム、お買い物僕も一緒に行くよ」


「お、何が欲しいんだ? また旨いもんが食えるのか。楽しみだ」


 カロムは言って口角を上げた。




 その買い物の時、商店の大将に「はぁ!? こんなもんがるのか? はあぁ、異世界のお人はまた変わった事を考えるもんだなぁ」と、呆れ半分感心半分で言われたものだった。


 そうして購入したものは、魚の骨や頭などの、所謂「あら」と呼ばれるものだった。今回は鯛のものを用意した。


 まずは塩を振ってしばらく置く。そうしたら水分とともに臭みが出て来るので、水で洗い流して丁寧ていねいに血合いやうろこを取り、水分を塵紙ちりがみで拭き取る。


 骨の隙間や頭にまだ付いている身をスプーンで綺麗にき出し、残ったあらはオリーブオイルを薄く敷いたフライパンでこんがりと焼いて行く。同時に鍋に湯を沸かしておく。


 香ばしい焦げ目が付いたあらを、沸いた鍋に入れて煮込んで行く。


 掻き出した身は包丁で粘りが出るまでしっかりと叩いておく。出来たらり下ろした生姜しょうがと小麦粉を加えてしっかりと混ぜ合わせる。


 さて鍋を見ると、透明だった湯はほのかに白濁はくだくしている。あらからしっかりと出汁が出ているのだ。灰汁あくが出ているので丁寧に取り除く。


 大きなあらをトングで取り出し、細かいものはざるして行く。それをまた火に掛け、米酒を入れてアルコールを飛ばしたら野菜を入れる。斜め切りにした牛蒡ごぼう、半月切りにした人参、ざく切りにした玉葱たまねぎ


 料理に使う米酒は長粒米ちょうりゅうまいで作ったものだ。短粒米たんりゅうまいの酒を料理に使うのは流石に贅沢ぜいたくである。


 浅葱は元の世界では食堂勤務で、作っていたのは洋食ばかりだったが、家では和食を作る事も当然あった。


 いつぞやか和食の料理人が言っていた。


「料理には料理酒では無く、例えどんな安酒であっても日本酒を使え」


 と。


 なので浅葱は料理用に、安いパック酒を買い置いていた。


 火が通ったら魚のり身を団子にして入れる。それにも火が通ったら下茹でしたほうれん草を加える。


 さっと混ぜたら仕上げである。塩で調味をしたら。


 鯛の潮汁うしおじる、完成だ。


 今夜はそれに炊いた米とでいただく。潮汁は具沢山にしたので、汁物ではあるが充分におかずになると思う。


 潮汁はお代わりがし易い様に鍋ごと食卓へ。米を盛った皿、潮汁用のスープボウルをトレイに乗せて食卓に運んだ。


「お魚の捨てるところで出汁を取ったのですカピか?」


 ロロアは驚きながらそう言って、スープボウルに注がれた潮汁に鼻を寄せる。


「香ばしい香りがするのですカピ」


「俺も吃驚びっくりしたぜ。魚の骨や頭からまだ付いてる身を取って、残った骨とかを焼いてから煮込んで出汁を取ったんだ。買い物の時にも驚いたが、そんな調理法があるんだなぁ」


「魚だけじゃ無く、鶏でも豚でも牛でも、骨からは美味しい出汁が取れるよ。ブイヨンなんかもお野菜の捨てるところから取るでしょ」


「そうだな。へぇ、食材には無駄は無いって事か」


「食材は凄いのですカピ」


「じゃあ食べよう。お口に合うと良いけどなぁ」


 神に感謝を捧げ、手を合わせていただきます。


 浅葱はスープボウルを持ち上げ、早速出汁をすする。あらを焼いてあるので香ばしさは勿論、魚そのものから出ている、甘味を含んだ旨さが広がった。


 この場合、味付けが米酒と塩だけと言うのが功を奏している。魚の味を邪魔しない、むしろ高めているのだ。


 浅葱の世界で潮汁のレシピを見ると、野菜などは殆ど入っていない。しかし具沢山にしたかったので根菜をメインにいろいろ入れた。そこからも良い出汁が出て、魚の出汁を相まって良い風味である。


 甘い玉葱と人参に、しゃきしゃきほっくりとした牛蒡。くったりしつつも歯応えを残したほうれん草も、出汁の味をしっかりと含んで美味しい。


 これは浅葱にとっては懐かしい故郷の味だ。浅葱はつい「はぁ〜」と心地の良い溜め息を吐いた。


 見ると、ロロアとカロムも揃って「はぁ〜」と息を吐いていた。


「これは旨い! 魚の骨とかからこんな旨い出汁が取れるなんてなぁ!」


「本当ですカピ! とても美味しいのですカピ! 驚きましたのですカピ」


「本当!? 良かったぁ〜。嬉しいなぁ! 僕の世界の、僕の国のお料理なんだよ。潮汁って言うんだ。お野菜は入れない事が多いけど、今回は入れてみたんだよ。でもうん、我ながら美味しく出来たと思うなぁ」


 浅葱が言って胸を撫で下ろすと、ロロアもカロムも「ははっ」「ふふ」と笑みを浮かべる。


「アサギたちはいつもこんな旨いもん食ってるのか? いや、勿論この世界の飯も旨いんだが、これはジャンルと言うかさ、そう言うのがそもそも違うからなぁ」


「潮汁は僕たちはそんなそうそう食べないなぁ。海が近い人とか、漁に出る人とかが良く食べているイメージがあるなぁ。あらはお店で買えるから、作ろうと思ったらいつでも作れるんだけどもね」


「ああ、今日も商店で買ったんだしな。そりゃあアサギの世界でも買えるよなぁ」


「アサギさん、このお団子もとても美味しいのですカピ。ふわふわなのですカピ。


「お魚、鯛のお団子だよ」


「骨とか頭からとかから取った身から作った団子な。凄いよな、本当に無駄にしないんだよな」


「鶏とかもそうだけど、骨に近いお肉が美味しいからね」


「そんなもんか。あまり考えた事無かったなぁ。骨付きの肉とかってこの世界と言うか村では売ってないから」


「そうだよねぇ。手羽先とか美味しいんだけどもなぁ」


「てばさき?」


「鶏の腕の部分だよ。骨が多いけどこれが美味しいんだ」


「それは是非食べてみたいですカピ」


「商店にお願いしたら用意してくれるかなぁ。今度聞いてみようかな」


「じゃあまた今度一緒に買い物だな。旨いもんを食えるのは大歓迎だ」


「僕もですカピ!」


 ロロアとカロムが嬉しそうに声を上げるので、浅葱も笑みを浮かべた。


「嬉しいな! 僕も食べたかったから楽しみだよ」


 手羽先で何を作ろうかな。浅葱は早速頭の中でレシピを組み立て始めた。

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