第2話 枝豆は万能なのですカピね!

 さて、家に帰って早速枝豆の下処理である。はさみを使って丁寧にさやを切り離して行く。それをボウルとざるを重ねたものに入れて行って。


 まずは塩を揉み込む、鞘同士を擦り合わせる様にしっかりと。


 それを良くすすいで汚れと産毛うぶげを取り除き、笊を振り水分を切って、今度は味付け用の塩を揉み込んで行く。


 それを蒸して行く。大きな鍋に少量の湯を沸かし、ボウルと笊ごと枝豆を入れ、ふたをする。時間にして4分程。


 蓋を開けて、ボウルは残して笊ごと枝豆を取り出し、そのまま冷まして行く。その間にもじんわりと火が通る。


 粗熱あらねつが取れたら出来上がりである。


「へぇ、綺麗な緑色だ」


 カロムが感心した様に声を上げる。


「塩をしっかりしてるからね。味付けも兼ねてるよ。早速味見をしてみようか」


 カロムと1鞘ずつ取り、指を使って中の豆を押し出すと、ぷるんと綺麗な緑色の枝豆が顔を出した。


「グリンピースよりも淡い色なんだな。形はまぁ、そりゃあ大豆と変わらんか。こっちの方が大きいが」


「大豆は乾燥させて水分を抜いてるから、その分小さくなるんだろうね。じゃあいただきます!」


「いただきます」


 待ちに待った枝豆だ。浅葱は鞘に含められた塩分とともに枝豆を1粒2粒3粒と、鞘に入っていた分全てを続けて口に放り込む。


 み締めると、程良く塩気をまとった枝豆の爽やかさと甘味が口の中いっぱいに広がる。蒸しているのでほくほくに仕上がっていて、何ともふくよかな味わいである。


 浅葱は嬉しくなって眼を細めた。


「ああ〜美味しい! やっぱりこれだよ!」


「成る程な、これは確かに旨い。エールに合うって言ってたが、このままでも充分だな。良いおやつになりそうだ」


 カロムも満足げに頷く。


「これはこのままで食うだけなのか?」


「ううん、いろいろな食べ方があるよ。まずはこうして蒸すか茹でるかしなきゃだけど。そうだなぁ、今夜は2品作ってみようかな。蒸しただけのものも勿論出すよ。エールとの相性を見てみて欲しいからね」


「楽しみだ」


「じゃあ早速手伝って欲しいな。料理に使う分を鞘から出したいんだ」


「良し、分かった。とっととやっちまおうぜ」


 浅葱が蒸しに使った鍋から既に冷めたボウルを取り出し、布で水分を拭ったら、ふたりでそこに枝豆のき身を入れて行った。




 さて、夕飯の調理開始である。カロムのお陰で枝豆はそう時間も掛けずに鞘から外す事が出来た。ボウルの中で艶々つやつやと、料理に使われるのを待っている。


 まずは玉葱たまねぎをスライスする。マッシュルームは適当なサイズにスライスし、豚肉も一口大にスライス。にんにくは微塵みじん切りにし、トマトは粗微塵あらみじんに。


 オリーブオイルを引いた鍋ににんにくを入れて弱火でじっくり炒め、香りが立って来たら玉葱を入れる。しんなりと透明になるまで炒まったら豚肉を入れて、しっかりと炒めて行く。


 火が通ったらマッシュルームを加えて更に炒めて行く。マッシュルームが汗をかいて来たら赤ワインを入れてしっかりと煮詰める。酸味が飛び甘い香りがして来たら、ブイヨンをひたひたより少なめに入れる。沸いて来たらトマトを加えて煮込んで行く。


 さてその間にもう1品。烏賊いかさいの目に切って行く。ゲソも硬い吸盤をこそげ取り、同じ位の大きさに切っておく。


 フライパンにオリーブオイルとバターを引き、烏賊を炒めていく。大方火が通ったら鞘から外した枝豆を烏賊と同量程度入れ、炒めて行く。


 烏賊に火が通り枝豆が温まったら塩胡椒こしょうで味付けをしたら。


 まずは1品目、烏賊と枝豆のバターソテーの完成である。


 さて、煮込みも仕上げに入る。充分に煮込まれているので、そこにも枝豆を入れる。ざっと全体を混ぜたら味を整える。砂糖を少量、塩と胡椒。


 豚肉とマッシュルームと枝豆のトマト煮込みの出来上がりだ。


「へぇ、緑が淡いからかな、トマトの濃い赤に良く映えるな」


「うん。我ながら美味しそうに出来た」


「アサギのトマト煮込みは裏切らないからな。絶対に旨いだろ」


 出来上がった2品と枝豆の塩蒸し、そしてエールをトレイに乗せて、食卓へと運んで行く。カロムがテーブルに並べてくれている間に、浅葱が研究室にロロアを呼びに行った。


「ロロア、ご飯が出来たよ」


 ドアをノックして言うと、「すぐに行くのですカピ」と中から返事があった。


「慌てなくて大丈夫だからね」


 そう声を掛け、浅葱は食卓へと戻る。カロムはテーブルの脇で立って待っていてくれた。


「ロロア少し手が離せないみたい。て、あれ?」


 浅葱がそう言った時、ロロアが食卓に入って来た。


「お待たせしましたカピ」


「大丈夫だったの? 何か途中だったんじゃ」


「大丈夫なのですカピ。ご飯の方が大事なのですカピ」


 ロロアは言うと、ひらりと椅子に上がった。浅葱とカロムも席に着く。


「じゃあいただくか!」


 カロムの言葉で浅葱たちは両手を組む。神に祈りを捧げ、次にはいただきますと手を合わせる。


 まずは皆でエールをぐいと一口。


「ぷはぁ! 美味しい!」


「ああ、旨いなぁ!」


「美味しいですカピ!」


「じゃあ枝豆、蒸した枝豆食べてみて。で、またエールを飲んでみてよ」


「おう。ロロア、剥こうか?」


 ロロアには村から帰って来た時に枝豆の事を伝えていた。


「多分自分で出来ると思うのですカピ。やってみるのですカピ」


 ロロアは研究で両の前足を器用に使うので、枝豆を鞘から外す事ぐらいは朝飯前だろう。


 枝豆の剥き身を口にする。浅葱などは2鞘続けて食べてしまう。そしてまたエールをひとくち。


 浅葱はその組み合わせの素晴らしさに、「んんっ」と眼を閉じた。


「やっぱり良いなぁ! ビールと枝豆、合うなぁ!」


 するとロロアとカロムも「んっ」と眼を見開いた。


「本当だ。これは合うなぁ! こんなシンプルな豆なのに、こんなにも旨い」


「そうですカピね! とても合いますカピ。ビールも枝豆も美味しいですカピ!」


「ふたりとも気に入ってくれた? 嬉しいなぁ!」


 浅葱は笑顔で言って、また枝豆を手にした。


「飯の前に食うのにも丁度良いな。前菜ってところか」


「僕の世界でも、そんな感じで枝豆を食べる事が多いかなぁ」


「これは止まらないですカピね」


 ロロアも言いながら、またその手が枝豆に伸び、器用にその手で枝豆を剥いた。


「枝豆はエールもそうだけど、お酒との相性がとても良いんだ。アルコールの分解を助けてくれるんだよ」


「そうなのか。そりゃあ何か安心だ」


 そうしているうちに、当たり前だが塩蒸しの枝豆はからっと空いた。


「何か終わっちまうのが勿体無い気がするな」


「そうですカピね」


 カロムが「はは」と笑い、ロロアは少し残念そうに眦を下げる。


「サリノさんまた来てねって言ってくれたし、また譲ってもらえると思うから、また蒸すよ。それよりも、今日は他の枝豆料理もあるんだからね」


 浅葱が言うと、ロロアとカロムは「そうだった」「そうでしたカピ」と、早速スプーンを取った。


 そして眼を見合わせたふたりは、示し合わせた様に烏賊と枝豆のバターソテーを前にした。烏賊と枝豆を合わせてすくい、口へと運ぶ。するとふたりの口から「ほう」「おお」と声が漏れた。


「へぇ、塩で蒸したのも旨かったが、バターの味付けも良いな」


「ぷりぷりの烏賊との歯応えの違いも面白いですカピ」


「だな。烏賊の味が淡白だからか合うな」


 気に言って貰えた様だ。浅葱はにっこりと笑みを浮かべる。


「じゃあ今度はトマト煮込みだな。と、ああ、こっちも良いな。トマトの軽い酸味と枝豆の甘味が合うんだな。うん、凄い旨い」


「豚肉と食べても美味しいのですカピ。枝豆は万能なのですカピね!」


 ロロアの言葉に浅葱はまた嬉しくなって、「えへへ」と照れた様に笑う。


 畑まで直接行かなければならないのは手間かもしれないが、そんなのは些細ささいな事だ。サリノのご厚意に甘えて、また譲って貰う事にしよう。

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