第4話 アサギくんが丁寧に教えてくれたからなぁ

 買い物を済ませてバリーの家に行くと、バリーは嬉しそうに笑顔で出迎えてくれた。


 バリーには「浅葱あさぎが食事を作るので、一緒に食べよう」と言ってある。


 だが勿論別の魂胆こんたんがあるのだ。


 浅葱は買い込んで来た材料を台所で広げる。


「楽しみじゃなぁ。何を作ってくれるのかなぁ」


「それなんですが」


 浅葱はにっこりと笑うと、俎板まないたに出した包丁をすすっとバリーの方に寄せた。


「バリーさん、お料理してみませんか?」


「え、わ、わしが!?」


 浅葱の台詞に、バリーが眼をく。


「いや、儂は料理なんぞまともにした事が無くて」


「はい。なのでそんな方でも作りやすいお料理を考えてみました。一緒に作ってみませんか?」


「だが、儂に出来るんだろうか」


「大丈夫ですよ。お教えします。毎日外食とかお惣菜そうざいですと、やっぱりあまり身体に良く無いと思いますよ。少しでも作れるものがある方が良いと思います」


「そんなものなのかなぁ」


「そんなものなんですよ。なので、まずは比較的手軽なものから作ってみましょう」


「そうだなぁ。そう言うのなら、やってみようかなぁ」


 バリーはまだ少し戸惑いながら、それでもやる気を見せてくれた。


「その意気です。では、下拵したごしらえから初めて行きましょう。まずは、浅蜊あさりの砂出しをします。水を張ったバットに浅蜊を平たく入れて、ふたをして中を暗くしたら、浅蜊が呼吸をして砂を吐きます。浅蜊は夜行性なんですよ」


「成る程なぁ」


 バリーが浅葱に言われた通りに手を動かす。


 この世界の海水は真水なので、塩水では無く普通に水道の水で砂出しが出来るのである。


「では、その間にお野菜を準備しましょう。まずはにんにくを包丁の側面で潰します。こうして」


 俎板の上に皮を剥いたにんにくを置き、包丁の側面を押し付ける。


「手を切らない様に気を付けて、包丁でにんにくを押し潰します。掌でぐいっと」


「お、おお、こんな事して大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。ぐっと力を入れてやっちゃってください」


 慣れない刃物を扱うからか、バリーは恐る恐る力を込める。するとにんにくから小さくめりっと音がした。


「その調子です。思い切ってやっちゃって大丈夫ですよ」


「ふ、ふん!」


 バリーは少し鼻息を荒くし、気合いを入れた様な声を上げると、一気に包丁を押し込んだ。


「ど、どうじゃろうか」


 包丁を上げると、にんにくは見事に潰れてぺちゃんこになっていた。繊維せんいも程良く裂けて良い感じだ。それを2欠分用意する。


「バッチリです。で、この中心の新芽は苦味があるので取っちゃいます。この部分です」


 浅葱が指差す先にあるのは、にんにくの中心に出来始めている新芽だ。


「これかな?」


「そうです。で、これをざくざく適当に切ります。あまり細かくしなくても大丈夫ですよ。潰してあるので適度に崩れますし、風味も出ますから」


 浅葱が作る時には、微塵切みじんぎりにするところだ。だが料理初心者にそれはハードルが高い。なので潰す事にしたのだ。


 バリーが恐々と包丁を持ち、左手のり場に困りながらも、にんにくを切って行く。


「左手は、軽く握って食材に添える様に抑えて、そうです」


 俗に言う猫の手である。にんにくが小さい事と、やはり刃物の近くは怖いのか、にんにくの端を少し抑える程度ではあるが、これも慣れである。慌てる事は無い。


「こんなものかなぁ」


 切り終わったにんにくは、不揃いながらも適度に切れていた。そこで深めのフライパンを用意する。


「はい、大丈夫です。ではフライパンに入れて貰って、と。次にきゃべつです。今日は半玉を使いますね。まずは半分に切って貰って」


 バリーがきゃべつに包丁を入れる。


「もう半分に切ります。その方がしんを外しやすいですから。斜めに包丁を入れて、芯を切り落とします」


 そうして、芯を取り終えた半月状のきゃべつがふたつ出来た。それを丁寧に洗って、水分を切る。


「これをざく切りにして行きます。縦と横に、ざくざく切っちゃってください。大雑把おおざっぱで大丈夫ですよ」


「ど、どれぐらいの大きさになれば良いのかなぁ」


「2、3センチぐらいで行きましょう。ああ、そんな厳密げんみつで無くても大丈夫ですから」


「う、うむ」


 少しは慣れて来たのか、バリーはざく、ざく、ときゃべつを切って行く。


「後は浅蜊ですね。もう砂出しも終わっていると思うので、洗います。流水の中で貝のから同士をこすり合わせる様にして行きます。余り力を入れない様に。強くすると貝が割れちゃいますから」


 バリーは浅蜊を手ですくい、恐々と言う調子でがちゃがちゃと洗って行く。


「では作って行きましょう。白ワインを用意して、と」


「材料はこれだけなのか?」


「はい。手軽に揃えられるでしょう?」


「そうじゃなぁ。余り色々入っていると、作るのも難しそうだからなぁ」


 それはね、とは口に出さず、にっこりと笑うに留める。


「にんにくを入れたフライパンに、オリーブオイルを入れます。少し多めに。火はまだ点けなくて良いですよ。オイルをにんにくの下に行く様にフライパンを回して、と。ここで火を点けます。弱火です」


 そうして、じっくりとにんにくに火を入れて行く。やがてぱちぱちと音がして、香りが上がってくる。


「おお、良い匂いだなぁ」


 バリーは楽しそうに鼻をひくつかせる。


「ここにきゃべつを入れて炒めて行きます。さっとで良いですよ。木べらをこう動かして。そうです」


 辿々たどたどしい手付きながら、バリーは木べらを動かす。


「ここに浅蜊を加えます。まだ炒めますよ」


 ざらっと浅蜊を入れる。続けて炒めて。


「ここに白ワインを入れます」


 白ワインを入れると、じゅわっと音が立ち、フライパンの端から沸いて来る。酸味とアルコールが適度に飛んだところで。


「蓋をして、蒸して行きます」


「むす。煮るんじゃ無いのか?」


「はい。煮るのならもっと白ワインを入れて蓋もしないんですけど、今回は白ワインから上がる湯気で火を入れて行くんです」


 そうして蓋をして、数分待つ。浅蜊が全て開いたら蓋を開けて。


「おお、また良い匂いだ。しかし酒を控えろと言われているのに、ワインを使っても大丈夫なんじゃろうか」


「お酒は火を通したらアルコール分が飛ぶんです。なので大丈夫なんですよ。ワイン煮込みとかを食べても酔っ払わないでしょう?」


「そうか、それもそうだな。それにしても旨そうだ」


 出来上がったものを器に盛ったら。


 浅蜊ときゃべつの白ワイン蒸し、完成である。


 添えるパンは、胡桃くるみがたっぷり練り込まれたもの。ワイン蒸しをメインにするには少し軽いので、食べ応えを加えた。


 胡桃はビタミンEがたっぷりと含まれているので、肝臓にも良いのである。他の栄養素も豊富である。


 テーブルに運ぶと、ロロアとカロムが「おお」と声を上げた。


「とても美味しそうなのですカピ」


「ああ、旨そうだな。汁気が少ないって事は、蒸したのか」


「そうだよ。バリーさんが作ったんだよ」


「いやいや、とんでもない。アサギくんが丁寧に教えてくれたからなぁ。包丁など難しいもんじゃなぁ」


 バリーが照れた様に手を振る。


「いえ、お上手でしたよ。不器用だっておっしゃっていたって聞いたんですけど、全然そんな事無いと思いますよ」


 浅葱が言うと、バリーは嬉しそうにはにかんだ。


「そう言ってくれると嬉しいなぁ」


「じゃあ食うか。楽しみだ」


 神に祈り、いただきますと手を合わせる。いただきますにバリーは一瞬きょとんと首を傾げたが、特に突っ込んで来る事は無かった。


 まずは白ワインの出汁をスプーンで一口。にんにくの風味、そして浅蜊の出汁がしっかりと染み出した白ワインは、しっかりと酸味も飛んで、優しいながらもしっかりとした味だ。


 そして歯応えを残したきゃべつはその旨味をたっぷりと吸い、とても美味しく仕上がっていた。浅蜊の身もぷりぷりだ。


「旨いな! バリー爺さん、旨いぜ」


「はい! 美味しいですカピ!」


「本当に美味しく出来てますよ。凄いです」


 浅葱たちが口々にめると、バリーは嬉しそうに眼を細めた。


「嬉しいなぁ。じゃがアサギくんが教えてくれなかったら作れなかった。アサギくん、ありがとうなぁ」


「いえ、とんでも無いです。このお料理、と言うか使っている食材が、肝臓を労わるものなんです」


「そうなのか? それは一体どういう事かな?」


 浅葱の台詞に、バリーは首を傾げる。


「食べ物には色々な栄養素が含まれています。浅蜊にはタウリンって言う成分がたっぷり入っていて、これが肝臓の働きを良くするんです。なのでそれが染み出しているお出汁も飲んでくださいね。きゃべつはですね、こちらは胃に良いんです。お酒を沢山飲まれるんでしたら胃も疲れていると思うので。あ、パンの胡桃も肝臓に良いんですよ」


「ほう、何だか良くは判らんが、とにかく身体に良いものなんだな。そうかぁ、食べ物で病気とかそういうのを楽にしたり出来るものなのか」


 バリーが関心した様に言うと、カロムが「そうなんだよな」と頷く。


「ほら、この世界ってそんな事考えないだろ。だから俺もアサギに言われて初めて知ったんだ。ほら、ナリノ婆さんいるだろ、関節痛を良くする料理を考えたりもしたんだぜ」


「そうなのか。凄いなぁ」


「はいですカピ。アサギさんは本当に凄いのですカピ」


 言われ、浅葱は照れて苦笑した。さて、それはともかく。


「バリーさん、お料理作ってみてどうでした?」


 浅葱が聞くと、バリーは「うむ」と満足そうに頷いた。


「アサギくんが初心者の儂でも作れるものを、と考えてくれたからだと思うが、楽しかったなぁ。アサギくん、良かったらまた教えてくれたら嬉しいなぁ」


「はい、勿論です。いつでも来ますね」


 浅葱が言うと、バリーは「ありがとうなぁ」と微笑んだ。

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