第3話 儂は医者として厳しくせにゃあならんのだろうが
「さて、ではそろそろ帰ろうかな。フルビアさん、世話になったなぁ」
フルビアとは受付の女性の名前である。バリーは言うと立ち上がる。しかしまだ万全では無い様で、少しふらついてしまった。
「大丈夫ですか?」
カロムがさり気なく支えると、バリーは「ありがとう、済まないなぁ」と申し訳無さげに苦笑する。
「ロロア、カロム、僕バリーさんをお家までお送りして来るよ。アントン先生のお話、ロロアとふたりで聞いてくれたら」
浅葱が言うと、カロムは僅かに顔色を変えて、焦った様に首を振った。
「いや、俺が行く。アサギひとりだと、絶対にここに戻って来れんだろ」
「あ、そうかも知れない」
自分が極端な方向音痴だと言う事を忘れていた。バリーの家は初めてなのだから、浅葱だとほぼ確実に
「アントン先生の話は、アサギとロロアで聞いておいてくれ」
「うん。判った」
その時、上品な女性の診察が終わったのか、診察室のドアが開いて、女性とクリントが出て来た。
「ありがとうございました。今月も異常無しでほっとしましたわ」
「この調子で健康でい続けてくださいね。お疲れさまでした。あ、バリーさん、起きられたんですね」
「あら、大丈夫なのかしら?」
女性もバリーを労わる様に声を掛ける。
「大丈夫じゃよ。ベッカさんも済まないなぁ。目障りだっただろう」
上品な女性の名はベッカと言うらしい。
「いいええ、そんな事は全く。それよりも具合は如何ですか? 私はもう帰りますから、お帰りになられるのでしたら、よろしければお送りいたしますわよ」
「いやいや、ベッカさんも調子を崩されて病院に来られたんじゃろう? そんな方に送って貰う訳には。カロムくんもアサギくんも大丈夫じゃから。錬金術師さまも済まないなぁ」
「私は月に1度の健康診断に来ているだけですから、健康なんですのよ。それよりもバリーさんをおひとりでお帰しする方が心配ですわ」
「いやしかし」
そんな
「大丈夫ですよ、俺がお送りしますから。カロムたちは爺ちゃんと話をしてください。ベッカさんもお買い物などもあるでしょうし」
「あらまぁ、確かにクリントくんがお送りされる方が安心かしらねぇ」
「そうだな。じゃあ任せるか」
「はい。バリーさん歩けますか?」
「大丈夫じゃよ。済まないなぁ、クリントくん」
「いえいえ。では行きましょう」
クリントはバリーを支える様に背中に手を添え、並んで病院を出て行った。
「では私も帰りますわね。ええと、カロムくんたちは調子を崩された訳では無いのよね?」
「はい。薬を届けに来たんです。ベッカさんは恒例の月1健康診断ですか」
「ええ。今月も健康でしたわよ。ではまた」
ベッカはそう言って淑やかに頭を下げ、病院を辞した。
しかし健康診断が月に一度とは。心配性なのだろうか。
「フルビアさん、診察室に入って大丈夫ですか?」
「ええ。患者さんもひと段落着いたわ。後でお茶を持って行くわね」
「お構い無く。じゃあ行くか」
カロムはソファに置いていた紙袋を持ち、診察室のドアをノックした。
「アントン先生、カロムです。錬金術師とアサギも一緒です。良いですか?」
言うと、中から「どうぞ」と返って来た。
ドアを開けると、アントンが立ち上がって、笑顔で出迎えてくれた。
「おお、わざわざ済まんのう」
「こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちはカピ。肝臓のお薬の追加をお持ちしましたカピ。あの、患者さま、バリーお爺ちゃまの具合も気になるのですカピ。それと血液検査もなさらずに患部の特定をされた事もですカピ」
「ほっほっほ、まぁとりあえず座ると良いぞい」
言われ、ロロアは患者が座る丸椅子に上がり、浅葱とカロムはベッドに掛けた。
「幸いの、バリーの病状はそう深刻なものでは無いんじゃよ。まだこの病院でどうにか出来る範囲じゃ。錬金術師の先生のお薬もあるからのう。ふむ、実はバリーがの、仕事もしておらんのに疲れと怠さが抜けない、食欲が落ちたと病院に来た時にの、微かじゃが酒の匂いがしたんじゃよ。じゃから最初は
アントンは言うと、憂鬱そうに息を吐いた。
「先ほど、バリーお爺ちゃまからも少しお話をお聞きしたのですカピ。確かに僕も、そして多分カロムさんもアサギさんも、強く言えないのだと思うのですカピ。ご趣味も特に無いとの事でしたので、それが出来たら、また少しは変わって来るのでは無いかと思うのですカピが、強制は出来ないのですカピ……」
ロロアも言って、眼を伏せた。
「アントン先生、バリーさんってお料理は出来ますか?」
浅葱が聞くと、アントンな「んん」と少し考え込む。
「料理、食事は亡くなった奥方に任せ切りだったかと思うのう。バリー本人の談じゃが、あまり器用で無いらしくての。代わりに掃除はバリーの仕事じゃったらしいがの。今は専ら外食や惣菜なんかの食生活らしいの」
「だったら食生活の面でも心配ではあります。どうしても偏ってしまうと思うんです」
「そうだなぁ。ナリノ婆さんの時みたいに、食事でどうにか、となっても、バリー爺さん自身が料理をしないんならなぁ」
カロムも唸ってしまう。
「何か、料理に慣れていない人でも作れそうなもの考えてみようかな。肝臓の働きを良くするもの……肝臓が悪い人にターメリックは良く無いって聞いた事があるな」
「そうですカピね。肝臓に問題の無い方が、悪酔いなどを防ぐ為に少量を摂るのは有効なのだと思うのですカピが、既に症状の出てしまっている患者さまは控えた方が良いと思いますカピ。なので僕の調合するお薬にも入っていないのですカピ」
「じゃああれかなぁ。うん、あれなら包丁使うけど細かい作業は無いし」
浅葱が頷くと、カロムが「じゃあ」と立ち上がった。
「これから行ってみないか? バリー爺さんの家。様子も気になるしよ」
「僕は大丈夫ですカピ」
「僕も大丈夫だけど、突然訪ねても大丈夫かなぁ」
「勿論電話してみる。アントン先生、電話借りても良いですか?」
「勿論構わんぞ。行けたら良いのう」
「そうですね」
そう言って、カロムがアントンの机にある電話機の受話器を上げた時、クリントが戻って来た。
「ただいま帰りました」
「おお、お帰り。バリーはどうじゃ?」
「もう大分楽になった様だよ。念の為に安静に、とは言ってあるけど」
「電話しても大丈夫そうか?」」
「大丈夫だと思うよ。ん? 何かあるのか?」
「後でお邪魔出来たらと思ってな」
「ああ、それは良いね。バリーさん喜ぶよ」
「だと嬉しいのですカピ」
カロムはあらためて受話器を持ち上げ、番号を回した。
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