第13話 これ、鶏とか豚でも作れますよね?

 冷暗庫と食材庫を開けて、献立を考える。


「ん〜、やっぱり馴染みのある煮込みが良いかな。手軽に出来るやつ。蒸し大豆まだあるよね」


「あるぜ」


 蒸す調理法の無いこの世界では大豆は水煮にするのだが、浅葱あさぎはほくほく感を生かしたいので、工夫をして蒸しているのである。


「じゃあ決まり」


 浅葱は食材を出し、早速調理に取り掛かる。


 にんにくは微塵みじん切り、玉葱はスライスし、多めのパセリも微塵切りに。


 早速購入して来ていた牛ヒレ肉を適当なサイズに切り、塩胡椒こしょうで下味を付けて、オリーブオイルを引いた鍋で焼き付けて行く。


 牛ヒレ肉を一旦引き上げて、余分な脂が殆ど出ていない事を確認したらオリーブオイルを足して、まずは弱火でにんにくを炒める。


 香りが出たら玉葱を入れ、しんなりするまで炒める。


 白ワインを入れて強火にし、鍋底に付いた牛ヒレ肉の旨味をこそげながら、しっかりと煮詰めて行く。


 そこに焼き付けた牛ヒレ肉、大豆の水煮と水を入れて中火で煮込んで行く。


 さて仕上げ。赤ワインビネガーを入れて強火で強い酸味を飛ばす様に煮込み、パセリを加えてさっと混ぜて、塩胡椒で味を整える。


 牛ヒレ肉と大豆とパセリのビネガー煮込み、完成である。


「お待たせ。牛の脂身の少ないお肉を、ビネガーでさっぱりと煮てみたよ」


 浅葱とカロムふたりで運び、それぞれの前に置いてやる。ふわりと漂う香りに、マリナは鼻をひくつかせた。


「良い香り。爽やかな感じがする。美味しそう。じゃあ早速」


 そう言ってスプーンを手にしたマリナを、マルスがたしなめる。


「姉ちゃん、お祈り」


「あ、また忘れてた。駄目だぁ、アサギくんの料理の前だとついいちゃって」


 マリナは苦笑するとスプーンを元の場所に置き、胸元で両手を組む。感謝を捧げ、顔を上げると。


「じゃあいただきまーす!」


 今度こそスプーンを取り、マリナは牛肉をすくい上げる。そして口へ。もぐもぐとしっかり味わって、嬉しそうに頬を綻ばせた。


「美味しい〜。ビネガーのお陰でお肉がすごいさっぱりと食べられる〜」


「本当だ。これ赤ワインビネガーですか? 牛肉に負けてない。この前の赤ワイン煮込みはもっとしっかりとした感じだったけど、こっちはさっぱりで、でも牛肉に合うんですね」


 浅葱もひとつ食べてみる。赤ワインビネガーの程良い酸味が、脂身の少ない牛ヒレ肉を更にさっぱりさせている。柔らかな牛ヒレ肉は噛めば噛むほど旨味が滲み出て来て、赤ワインビネガーと合わさって更なる美味しさを生み出す。


「大豆もほくほくしてて美味しい。凄いなぁ」


 マリナは満足げにうっとりと眼を細める。


「この緑のは何ですか?」


「パセリだよ」


「パセリ!?」


 マリナが驚いて眼を見開く。


「嘘。私パセリ今でも食べられないよ? 青臭くて苦くて」


「パセリは火を通したら青臭みも苦味も抑えられるんだ。それを微塵切りにしてあるから、気にならないでしょう?」


「全然気にならない。普通に食べちゃってる」


「うちはパセリ出る時は煮物の飾りで、普通に一口大ぐらいの房だもんなぁ。姉ちゃんは食べられないから最初から抜いてるし」


「マルスくんはパセリ大丈夫なの?」


「はい。特別好きじゃ無いですけど、食べられます。なので出て来たら普通に食べますよ」


「牛肉もだけど、大豆とパセリにも貧血を緩和かんわする栄養素があるんだ。特にパセリは凄いんだよ。ほうれん草より凄いよ。だからこうして食べられるんだったら、どんどん摂って欲しいな」


「お母さんに頼んでみる。微塵切りは面倒だろうから、私がやっても良いし」


「今日は包丁で微塵切りにしたけど、冷凍したら簡単だよ」


 この世界の冷暗庫には、氷が作れる程度の性能の冷凍スペースがあるのだ。


「冷凍したパセリを乳鉢とかで潰したら、簡単に出来るよ」


「そっかぁ、成る程ね。今度やってみよう。うん、やっぱりお肉もパセリも美味しく食べられる。凄いなぁ」


 マリナはそう言いながら次から次へと口に運んで行く。


「これ、鶏とか豚でも作れますよね?」


 マルスの問いに、浅葱は「うん」と頷いた。


「鶏と豚だったら、赤ワインビネガーより白が合うと思うよ。後でこれの作り方を渡すから、アレンジしてみてね」


「おう。食ったらちゃちゃっと書いてやるからよ」


「いつもごめんね、ありがとう」


「いやいや。アサギはゆっくり字覚えてくれりゃ良いからな」


「うん。また勉強しなきゃ」


「ねぇマルス、あんたもしかして料理に興味があったりするの?」


 マリナの言葉に、マルスは少し照れた様に笑う。確かにマルスの台詞の端々に、それらしい気配は滲んでいたが。


「うん。面白そうだなって思って。でも母さんは菓子作りは好きだけど、料理はそうでもなさそうだったから、教えてとか言い辛くてさ。今は前よりは楽しそうだけど」


「じゃあさ、マルスくんさえ良かったら、僕で良かったら教えるよ。いつでもここに来てくれて良いからね」


「本当ですか? やったぁ! ありがとうございます」


 マルスが嬉しそうに破顔する。


「その時は私も一緒に来るからね。味見してあげる」


「いや、姉ちゃんがいると使える食材限られるから遠慮してくれ」


「酷い!」


 そんな会話を楽しみながら、夕飯の時間は流れて行った。




 マリナの貧血は緩和し、偏食へんしょくも大分改善された。ロロアの薬、そして浅葱の料理によって。


 料理が好きでは無かったルビアも、最近では楽しそうに料理していると言う。


 慢心するつもりは無い。だが嬉しい、良かったと思うぐらいは良いのでは無いだろうか。


 上手く行けばまだ薬も減らせるだろうし、いつか飲まなくても良い日が来るだろう。


 それまで、浅葱も少しでも助けになれたら良いと思っている。




 さて、では新しい貧血緩和メニューを考えてみようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る