第69話 苦渋

宝珠に力がない?

 だったら、どうやって、カスアン神を倒せばいいの?


 疑問に思っていると、ユーリンは私を見た。……私? いえ、とユーリンは首を降ると、ひとまず、兄上に伝えましょうといって、皆で魔王の執務室へと向かった。



 「なるほど。以前は宝珠を使ったのか」 

魔王は頷き、執務室の机の引き出しを鍵を使ってあける。そこにあったのは、紫色の玉だった。けれど、よく見るとヒビが入ってしまっている。


 「やはり、宝珠に力はない」

魔王が確認するように、宝珠をくるりと、手のなかで回すが、確かに何の力も感じられなかった。


 「宝珠が使えないとなると、他に方法は……、ない、わけでもないが、いや、ひとまずはないな」


 魔王は私を見ると断言した。私に何か別の方法と関係あるんだろうか?


 「とりあえず、古い文献でも漁ってみよう」


 魔王のその言葉で、今日は解散となった。



 ■ □ ■


 「兄上」

ユーリンが、ため息混じりに、私を見る。

「……わかっている」


 確実に、カスアン神を封じられる方法がないわけではない。神には神の力が一番だ。つまり──

「巫女の力があれば、といいたいのだろう」


 けれど、彼女はもう巫女ではない。私の知らない5年後に、私と彼女は婚姻関係を結んだからだ。しかし、抜け道がないわけではなかった。


「兄上と離縁をすれば、彼女にはまた巫女の力が現れます」

そうなのだ。彼女と離縁をすれば……、彼女は、巫女の力を再び得ることができる。ただ、他の世界はどうか知らないが、この世界の離縁とは、完全に縁を切ることだ。神の前で誓った縁を一度切ると、もう二度と結ばれることはない。つまり、彼女との再婚は絶対にできないのだ。


 為政者として考えるなら、今後カスアン神がでてきて甚大な被害が国民に降りかかるようなら、離縁もやむをえない。そもそも、彼女のことを当の私自身は、あまり知らないのだ。


 ただ、唯の一人の男として、考えるならば、彼女を離すなと、魂が言っている。恋を知らなかった私が、恋をして、伴侶にと望んだ少女。彼女と目が合うと、心臓がうるさい。私が知らなくとも、心臓が覚えているとでもいうかのように激しく動く。


 「ユーリン、私は、」


 彼女を離したくない。傍におきたい。魔王ではなく、私の欲望があふれでそうになり、思わず口をつぐむ。私は、魔王だ。このクリスタリアを守っていくと、今は亡き父上と母上に誓ったのに。


 唇を噛み締めると、ユーリンは苦笑した。

「おそらく、彼女は兄上の初めての我が儘です。俺だって、叶えられるものなら叶えたい。──もう一度、古の文献をあたってみます」


 「……すまない」

「いいえ、兄上が謝られることなど、何一つありません」

では、失礼します、とユーリンが執務室をでていく。



 窓の外を見ると、雨が降っていた。

なぜか、ふと、聞いたこともないはずの、彼女の歌を聞きたくなった気がした。

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