第52話 魅入られる

あまりにも眠れないので、外に出る。外に出ると、見知った人影を見つけた。


 「オドウェル様?」

振り返ったのは、やはり魔王だった。魔王は、私に気づくとびくりと体を揺らした。

「あっ、ああミカ」

魔王も眠れなかったのだろうか。そう聞くと、少し考え事をしていたらしい。

「私もです」

魔王はそうか……といって、顔を背けた。

「どうかされましたか?」

魔王から目線を逸らされることはままあったが、ここまであからさまに顔を背けられることはなかった。


 「すまない。貴方が悪いわけではないのだ、ただ、貴方を見ると、おかしなことを口走りそうになる」

「おかしなこと?」

おかしなことって何だろう。


 「貴方のことがす──」

「す?」

「いや、今宵も貴方は素敵だな」

「ありがとうございます?」

魔王と出会うのはさっきぶりだが、魔王にそう言われるような変化は私にはない。明らかな誤魔化しに思える。私が不審な目を向けると、慌てたように魔王は話し出した。


 「いっ、いや、貴女が素敵なのはいつものことだが、そう、貴方はいつも……」

途中で不自然にきれた言葉を待つが、続きは一向に話されない。それどころか、魔王にはまた顔を背けられてしまった。

「オドウェル様?」

魔王の顔は心なしか赤いような──


 「なっ、なんでもない。なんでもないのだ。そんなことより、ミカ」

「はい」

「貴方の世界はどのような世界なのか?」

どんなって、聞かれると難しいな。私が育った国は、争いのない平和な国だけれども、戦争をしている国もある。この世界にはない、テレビやスマホといった機械があって、魔法はないけれど、遠くの人と話せる。それから──。


 私が話している間、魔王は静かに耳を傾けてくれていた。

「貴方はとても楽しそうに、貴方の世界のことを話すのだな」

私が話終わると、魔王はぽつりといった。


「貴方は本当に、貴方の世界が好きなのだな」


「そうですね」

私が生まれ育った世界だ。嫌いなわけない。それに、お父さんとお母さんをはじめとした大切な人たちがいる世界だ。


 「この世界は、どうだ?」

この世界か。クリスタリアという国だけで、考えるなら、大好きだ。けれど、一度殺されかけたアストリアも好きかと言われれば、言葉につまる。嫌いと言い切れないのは、アストリアにも大切な思い出があったからだ。アストリアに対する思いは、ガレンに対する思いに似ている。それに、私は、クリスタリアとアストリア以外の国がどんなところなのか、知らない。


 けれど──

「好きです。オドウェル様たちに出会えましたから」

この世界で様々な経験をした。嬉しいことも悲しいことも。その全ての経験を含めて、好きだと思った。元の世界にも大切な人はいるけれど、それはこの世界も同じだ。魔王やユーリンやサーラやガレンがいる。


 「──ミカ」

魔王は目を見開いた後、ゆっくりと瞬きをした。そして、深紅の瞳と目が合う。

「はい」

「もし、私が、貴方にこの国に、私の隣に、ずっといて欲しいと願ったら、」


 貴方は、この国に留まってくれるだろうか。




 「……え?」

私が、クリスタリアに? ただクリスタリアに留まるだけでなく、魔王の隣って、それって


 頬が熱い。いや、ただの勘違いだよね。首を降って熱を冷まそうとするけれど、熱は一向にひかない。とりあえず、魔王と距離をとろうと、一歩下がると、その距離をつめられた。


「ミカ」


 真っ直ぐな瞳に、息ができない。そらしたいのに、深紅に魅入られてそらせない。ただ、名前が呼ばれただけだというのに、心臓がうるさい。


 魔王がゆっくりと口を開く。魔王の低い穏やかな声は、迷わず私の耳に届いた。


「私は貴方が──好きだ」

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