ルル・ベル

桃原カナイ



 ――愛しのルル・ベル 世界の恋人

 ――世界は君に首ったけ


 ルル・ベル。それは、今日もあちらこちらで歌われている歌。世界を股に掛けたとあるアーティスト。彼が世に送り出したのが、この『ルル・ベル』という歌。

 謎めいた雰囲気を漂わせた、ひとりの女性の横顔。整った輪郭と豊かな黒髪をなびかせた彼女を、誰もが美しいと思った。光に透けて細かい顔の造形はよく見えないけど、それが余計に艶めかしくて神秘的だった。そんなジャケット写真とともに売り出されたのが、この『ルル・ベル』の歌。


 ――愛しのルル・ベル 世界の恋人

 ――世界は君に首ったけ


 この美女は誰だ! 世界中のファンが大騒ぎになった。こんな女優は誰も知らない。『ルル・ベル』、そうだ。彼女こそがルル・ベルだ。きっとそうに違いない!

 探せ、探せ! ルル・ベルを探せ! はじめはファンだけの騒ぎだったのに、いつしか世界中を巻き込んでいた。探せ、探せ! ルル・ベルを探せ! あの絶世の美女、ルル・ベルを探し出せ!!


 ――愛しのルル・ベル 世界の恋人

 ――世界は君に首ったけ


 誰もが忘れた、最初の目的。今や謎めいた美女、ルル・ベルを探すことそのものが、娯楽として楽しまれていた。ルル・ベルを自称する者も現れた。謎めいた美女に、皆が夢中だった。

 全てを知るアーティストは、何があっても黙秘を貫いた。世界中の偽ルル・ベルを画面越しに眺めながら、手にしたのは若かりし日の妻の写真。


 ――愛しのルル・ベル 世界の恋人

 ――世界は君に首ったけ


 アーティストはそっと自作の歌を口ずさむ。その歌は、皆が知らない『ルル・ベル』の歌。語られなかった本当の『ルル・ベル』。


 ――愛しのルル・ベル 世界の恋人

 ――世界は君に首ったけ

 ――世界の評判を聞きつけて

 ――神様が君に会いに来た


 ――愛しのルル・ベル みんなのルル・ベル

 ――神様も君に一目惚れ

 ――天から招待状が来て

 ――天使がお迎えにやって来た


 ――ああ、愛しのルル・ベル 僕の恋人

 ――世界が悲しまないように

 ――もう少しだけ 僕の傍にいておくれ

 ――今夜だけでいい 君への愛を

 ――夜が明けるまで語り尽くそう……


 微笑みを浮かべた彼の頬に、一筋の涙が伝う。零れた雫は写真に落ちて、光を受けてきらめいた。

 光に透かされたアーティストの妻の顔。その顔は、誰もがよく知るあの写真に、どこか似ていた。

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ルル・ベル 桃原カナイ @kasy33141xo

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