二五 F棟404号室

 刹那が四〇四号室の玄関を開け放つと、永遠と天城が鬼多見を両脇から支えて階段を上り中に入ってきた。


 刹那は一足先に鬼多見の部屋に入り、急いで布団を敷いた。


「よし、横にするよ」


 涙目で永遠が頷く。


 刹那も手伝い血だらけの鬼多見を布団の上に寝かせた。


 法眼の姿が消え、F棟の階段を上り始めたところで鬼多見がよろめき倒れた。


 永遠が必死に呼びかけたが意識が無く、騒ぎに気付いた天城が駆けつけて、永遠と二人で彼の部屋に運んだのだ。


「おじさん、しゆのせいなの……?」


 横たわる鬼多見に永遠が問いかけるが、彼からは答えが返ってこない。


「いや、単純に出血のせいだろう」


 天城が鬼多見の代わりに答えた。


「いくら彼が化け物でも、これだけ失血すれば意識くらい失うさ」


「そう……ですね、呪がかかっていればおじいさんが何か言うはずだし……」


 失血が原因で倒れたなら対処方法は一つだ。


「病院へ運ばないと……」


 しかし、鬼多見は救急車を呼ぶなと言った。理由は刹那にも解るが、今は非常事態だ。


「そう簡単には死なないだろうけど……」


 天城は前髪を弄びながら呟いた。


「呼びましょう!」


 永遠は部屋から飛び出そうとした。


「待って!」


 天城が慌てて止める。


「その前にお母さんに確認した方がいい、きっと正しい対処方法を教えてくれる」


 永遠がハッとして立ち止まる。


「そうですね」


 返事をすると永遠はギュッと眼を瞑った。


「なに、してるの?」


 わけが解らず刹那が尋ねると、


「ハルちゃんに連絡しているんだろ」


 永遠の代わりに天城が答えた、当然だと言わんばかりの口調だ。


 自分より永遠に詳しいのが納得できず、こんな状況なのに思わずムッとしてしまう。


 そう言えば、刹那の呪を解くために遙香を呼んだと言っていた。この母子には電話は必要ないのだ。


「えッ?」


 思わず眼を見張る。


「どうしたんだい?」


「あたしが現われたから驚いているのよ、茂ちゃん」


 永遠に遙香の姿がダブって視える。


 霊感のない天城には、いきなり永遠が母のモノマネを始めたように見えているのだろう、さすがに戸惑っている。


「昨日が刹那で、今日は悠輝? まったくおちおち旅行もできないわ」


 と言って横になっている鬼多見を眺める。


「お母さん、救急車を呼んでもいいでしょ?」


 永遠がすがるように頼む。


「やむを得ないわね」


 天城がスマホで電話をし始める。


「朱理、それにしてもあんた何て格好なのッ?」


 永遠が自分の身体を見回す。


「ケガはないみたいだけど、早くシャワーを浴びて着替えなさい」


「はい……」


 永遠と遙香の会話を見ていると、まるで落語をしているみたいだ。


「刹那、動けるなら、あんたも早く病院に行きなさい」


「はい。あ、でも舞桜ちゃんが……」


「なるほどね」


「え? あたし、まだ名前しか言っていませんけど」


「朱理の記憶を視たから内容は解るわ」


「だから勝手に視ないでよ!」


  う~ん、ノリツッコミにしか見えない。


 いくら姿がダブっているとは言え、見ていると何だかおかしい。天城も隣でニヤニヤしている。


「茂ちゃんと島村さんには帰ってもらって、尾崎さんは放っておけないから、取りあえず病院に付き合ってもらいましょ。刹那と朱理の傷もそこで診てもらえばいいわ」


 通話を終えた、天城の瞳がキラリと光った。


「ちょっと、何かよからぬこと考えているんじゃないでしょうね、変態探偵?」


 舞桜の貞操の危機を感じ天城をけんせいする。


「刹那ちゃん、それはないんじゃないかい? ボクはあくまで舞桜ちゃんを自宅まで送るだけだよ。もっとも、その間にロマンスが始まる可能性はあるけどね」


「考えてんじゃないッ!」


 まったく、不安の種は尽きない。


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