第31話 お母さん、いってきます!①

◆お母さん、いってきます!


 島本さんの部屋の呼び鈴を鳴らすのは初めてだったが、これもイズミの外出のためだ。

 玄関口に出た島本さんに一連の事情を説明した。

 夕方だったので、島本さんは勤め先から帰ってきたばかりのようだった。忙しいのに申しわけない。


 島本さんは僕の説明に、

「へえっ・・イズミちゃんが外出するのに、そんなことをしなくちゃいけないの?」と島本さんは少し驚いていた。

 島本さんは外出の許可は快く承諾してくれたけれど、保留状態の「関係性」についてはまだ考えたいということだった。


「・・というわけなんで・・イズミに、外出の許可を出してもらえますか?」

 そう僕が言うと島本さんは、

「それって、書類にハンコとかついたりするのかしら?」と言った。

 ハンコ? 

「許可と言っても、たいした話じゃなくて、イズミに言うだけでいいみたいです」

 島本さんは「ふーん・・不思議な許可ねえ」と感心したように言った。

 不思議も不思議・・

 国産ドールを遥かに凌駕するイズミ1000型は不思議なことだらけだ。

 高性能なのか、ポンコツなのかさえも、今のところ不明だ。


「わかったわ。あとで井村くんの部屋に行くわ」

 島本さんは快く承諾してくれた。なんていい人なんだ。

 隣の部屋なので、そのまま僕の部屋に来てくれればいいのに、とも思ったが・・まあいい。


 僕が部屋に戻ると、イズミは帽子をかぶってすっかり外出の気分だ。落ち着かないのか、部屋の中をうろうろしている。

 鏡に映る自分の姿を何度も眺めたり、台所と居間を行ったり来たりしている。

 そんなイズミに僕が「すぐに島本さんが来るよ」と言うと、

「ハイ。島本オバサンが、もうすぐここに来ます」

 と、復唱なのか、普通に僕に言っているのかわからない返事をした。


 程なくして呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、島本さんが立っていた。

 島本さんの服装は・・何故か、よそ行きの服装だった。

 何て表現していいのかわからないが、それは・・入学式などで子供に付き添う母親のような服に見えた。

「島本さん、これからどこかにお出かけですか?」と僕は訊ねた。

 島本さんは後ろ手に何か箱のようなものを隠し持っている。

 島本さんは「えっ」と少し戸惑ったような様子を見せ、「おかしいいわよね。この格好、今日はお仕事お休みなのに」と笑った。

 イズミの外出許可も、島本さんにとっては何かの儀式のように思える。


 僕の横に立ったイズミに島本さんは、

「こんにちわ・・イズミちゃん」と優しく声をかけた。

 島本さんのかけた挨拶に対してイズミは、

「おはようございます・・島本のおばさん」と応えた。

 おい、「おばさん」は絶対につけるんだな。

 島本さんは「おばさん」と呼ばれることにもう慣れたのか、気にする素振りも見せずに、

「イズミちゃん、その帽子、使ってくれてるのね」と笑顔を見せた。

 その時、一抹の不安が・・

 イズミ、お願いだ。決して「安物」と言わないでくれ!


 そんな心配は無用だったのか、イズミは別の話を語りだした。

「おばさん・・このおボウシは・・ミノルさんが、たいそうお気に入りのようです」

 イズミは頭の帽子に手をかけ、くいと横に回しながらそう言った。

 今の発言は照れ隠しか?

 島本さんは、

「あら、井村くんも気に入ってくれたの? 嬉しいわ」と更に笑顔を重ねた。

 僕は慌てて「違うんですよ。気に入っているのは、イズミの方で、僕は特には・・」と言わなくてもいいようなことを言った。

 そんな僕を見上げてイズミは、

「ニンゲン・・というのは・・どうでもいいことにこだわり・・」とこの前に訊いたようなセリフを語りだした。

 僕は間髪入れず「おいっ、人間、って・・それに、どうでもいい事とはなんだよ!」と言った。

 

 島本さんはそんな僕たちを眺め見て、

「あなたたち、いいコンビねえ」と笑った。

 そして、

「はいっ、これ、イズミちゃんの外出祝いよ」

 島本さんは後ろ手に隠していた箱を差し出した。

「これ、靴よ。買っておいていたの」

 島本さんは玄関とイズミの足元を見ながら、

「うふっ、井村くん、イズミちゃんに靴も履かせず、どうやって外を歩かせるつもりだったの?」と言った。

 しまった。考え及ばずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る