第30話 分離するイズミ②

僕は改めて、

「僕の友達が、規格の異なるドールを・・・もって・・いや、一緒に住んで・・」

 あれ、どう説明していいのか分からなくなってきたぞ。

 まるでこっちが、AIみたいになってきた。

 そう混乱しているとイズミは、

「ミノルさんのオトモダチの持っているドールがどうかされましたか?」と言った。

 気のせいか、イズミの口調が優しく聞こえた。

 もしかして、僕の頭が混乱したのを見かねて、気をつかってくれたのか?

 イズミにはそんな優しい面もあるのか・・

 それとも、僕の心が通じたのか・・いずれにせよ、少し嬉しい。


 僕は・・

「そのドールは、自分のことをドールだと思っていないんだよ」と本題に触れた。

 僕の言葉にイズミは沈黙した。

 イズミはじーっと僕の顔を見ている。微動だにしない。

 僕は、

「そのドールは、自分をドールだと気づいていないんだよ」と言い方を少し変えて言ってみた。

 イズミの目がパチパチと強い瞬きを繰り返した。

 僕の話が理解できないのか、僕の言ったことが意味不明なのか、どっちかだ。

 

するとイズミは、大きく口を開いて、

「・・どちらでもいいではありませんかぁ・・というのがワタシの回答です」

 ん? 

 今、言い方がおかしかったぞ。語尾を伸ばさなかったか? なんか妙に態度がデカく感じたのだが・・


「どちらでもよくはないだろ」と僕はイズミに断固抗議した。

 イズミはまたしばらく黙った。言葉を選んでいるのか、どう答えていいのかわからないのか・・

 そして、ようやく口を開くと、

「人間・・というのは・・どうでもいいことにこだわり・・」

 と言いかけ、また沈思し、

「ワタシには、人間とAIがどう違うのかもワカリカネマス・・と、言っております」と言った。

 ?・・

 今、「と、言っております」と言ったな。誰かが言ったみたいに言ったよな。誰かの言葉を伝えてるみたいに。

 それに、「どうでもいいことにこだわり」と失礼なことを言ったよな。


「おい、イズミ、お前の頭の中には、何か別のものが住んでいるのか?」

「べつのものがすんでいるのか?」イズミは復唱した。

 今、イズミの頭の中の別の奴に問いかけただろ?


 イズミは、首をふるふると左右に振って、

「別のものなど、すんでおりません・・と言って」そこまで言いかけイズミは口をストップさせた。

「イズミ、頭の中には、百科事典以外の者が住んでいるよな?」

 絶対にそうだ。

 僕がそう言ってもイズミは答えず、

「ワタシは今、コウセイがちゅうとはんぱです」と言った。

「今・・な、何て言ったんだ?」


「ワタシの体のコウセイが、完全ではアリマセン」

 体の構成が中途半端で完全ではない・・そう言ったのか。

 それって・・

「それって、お前の言っているのは、島本さんのことか?」

 島本さんとイズミとの関係の設定・・それはまだ済んでいない。

 島本さんが自ら保留中だ。島本さんが「考えさせて」と言ったきりそのままだ。


「はやく、島本のおばさんとのカンケイセイを持たねば・・という感じです・・」

 なんか変だな、その言い方・・

 イズミはそう言って、

「このままでは、ワタシというイズミが、ブンリしてしまいます」

 何か又おかしいぞ・・「ワタシというイズミ」じゃなくて「イズミという名の私」だろう。

 ま・・そこは突っ込まないでおくことにする。


 それより、イズミが分離する? それは困る。

 いや、待てよ。

 あまり困らないような気もするな・・逆に面白いというか。

 

 僕は話を植村のお母さんドールに戻して

「分離するのは、もう少し後にしてくれ・・と言っても無理だろうが・・一応、島本さんとまた会ってからの話だ」

と前置きして、

「さっきの話だが、自分のことをAIだと気づいていないドールに、ちゃんと自分を認識させてやって欲しんだよ」

 イズミは「させてやってほしいんだよ」と復唱した。

 何か僕の言い方が気に入らなかったのか?


「その、AIだと気づいていないドールさんは、いずこにおられるのですか?」

 なんか言葉が無茶苦茶だな。

「外だ・・イズミが見たいと言っていた外だぞ!」と僕は声を大にして言った。

 外という言葉にイズミは飛び上がって、いや、それなりに喜ぶと思っていたが、そんなふうな感じはちっともしなく、


「許可がいります」とイズミは言った。

 許可?

「もしかして、島本さんの許可か?・」

 僕の問いにイズミは「ハイ」と答えた。

 また面倒くさいことを言いだしたものだな。


 植村の家に行くのは日曜日だ。それまでに何とかしよう。

 僕はイズミにそう言い含めておいた。

 そして、イズミに、

「イズミ・・今度の日曜日、お前のお気に入りの帽子を使うぞ」

 植村には今度の日曜日、イズミを植村の家に連れて行くと言ってある。

 初めてイズミという名のドールが人の役に立つときが来た!

 少々、不安がつきまとうが、楽しみだ。

 だが、僕の楽しみ以上に・・


 イズミは僕の言葉を、

「オマエのおきにいり・・」と復唱したあと、

「ミノルさん、ワタシ、そんなことを言いましたか?」と言った。イズミは納得していない様子だ。

「見りゃわかるよ」

 言っていなくても、それくらいのことは、イズミの行動でわかる。

「ミノルさん、帽子はどこでツカウのですか?」

「使うじゃなくて、かぶる、だけどな・・」


 僕がそう言うと、イズミは帽子のかけてある所までスタスタと歩き、帽子を手に取ると自分の頭にかぶせた。

「これが、カブル・・ということですね」

 僕は「そうだ」と答え、

「イズミが外に出る時は、それをかぶるんだ」と言った。


 そして、前のように、帽子をかぶった自分の姿を鏡で確認するのではなく、イズミはその場でクルリと一回転した。

 スカートがふわりと舞い、バレッタで留めた髪も合わせて揺れた。

 前と違って今度は、

 イズミは鏡の中の自分を見るのではなく、自分の姿を僕に見せたのだった。


 その時だった。

 ほんの一瞬だが・・

 イズミが微笑んだように見えた。

 いや、たぶん気のせいだろう。AIが微笑むはずなどない。

 僕は何を期待しているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る