第28話 イズミ1000型
◆イズミ1000型
イズミは大人しく・・一歩も動かず僕の帰宅を待っていた。
監視カメラがあるわけではないので、僕の不在の間、動いていても確かめようもないが「動いていません」というイズミの言葉を信じることにしよう。
「今日は充電はしていないのか?」
僕はイズミをひっかけてみた。もし充電していたら、一歩も動いていないイズミの言葉は嘘になる。少し意地悪な気もするが。
「今日は、それほどショウヒしていないので、その必要はありません」
動いていないから消費していない・・そういうことか。
しかし、イズミが誕生してからそんなに動いていないぞ。
そう思っていると、
「ミノルさん、また、いつものおベントウですか?」
僕の手に提げているレジ袋を見てイズミはそう言った。なんか厭味ったらしく聞こえるのは気のせいか?
「そうだ・・今日は焼きそばパンだがな」貧しい夕飯だ。切り詰めているわけではないが、なんとなく、そういう粗食になってしまう。
このままだと栄養失調になりそうだ。ついこの前まで、この生活を脱することが出来ると夢見たが、無残に散った。
それより、電気代のことも気になるので、
「なあ、充電って、どれくらいの頻度でするんだ?」と訊いた。
僕の問いに対してイズミは、
「それはこの前のこととカンケイがありますか?」
この前のことに関係?
無表情なのでイズミの心理など掴めないが、警戒するような響きが感じられた。
「イズミ・・悪いが、何のことなのか、さっぱりわからない」
イズミは澄ました顔で・・といっても表情はないのだが、
「私が、ミノルさんのことを『セコイ』と言ったことです」
せこい?・・僕がイズミが隣の島本さんと関係を持つことを躊躇ったことを言っているのか。
イズミは重ねて、
「ミノルさんは・・今度は、デンキ代がもったいない・・ということですね」と言った。
顔が無表情、かつ、真顔なので、すぐに反応できない。
いずれにせよ、また腹が立ってきたことは確かだ。
「あのなあ・・そうは言っても、僕はドールのことをあまりよく知らないんだ。知識もないし、金もそんなにない。例えば電気代が充電に2万円もかかったりしたら、大変なんだよ」
そう僕はイズミに説明した。少しムカついていたが、ここは我慢。
錠剤に一万、電気代に二万・・他にも服とか・・ミネラルウォーターとか。
このまま経費がかさめば、僕はイズミのために働いていることになってしまう。
「ダイジョウブです。でんき代は、それほど・・」イズミは語尾を濁らせた。
「それほど?」どれくらい?
「ダイジョウブです・・ミノルさん。ご安心してください」
よくわからない・・「大丈夫、大丈夫」と、あやされている気もする。
ひょっとして省エネ設計なのか?
それより、イズミの高性能らしい頭脳を僕は少し活用してみることにした。
「イズミ、わかることだけでいいんだ。僕に教えてくれないか?」
僕が話を切り出すと「はい、なんでしょう?」イズミは座ったまま更に体をスリスリと寄せてきた。
「ワタシはたいていのことはワカリマス・・そんなつもりです。ナンデモお聞きください」
よくわからない言い方だが、まあいい。
どうでもいいが、体が近い。
「AIドールのことを知りたい・・」
僕はそう話を切り出した。するとイズミは右手を宣誓するように軽く挙げ、
「ハイ・・リョウカイです」
と言って、強い瞬きを繰り返した。
頼りになりそうだな。今はイズミの思考の海に期待することにしよう。
まず、イズミに質問。
「イズミは、自分のことをAIドールだと、認識しているのか?」
僕の問いに、
「ハイ・・それはあたりまえのことです」
イズミは「何をいまさら」という口調で答えた。
「いや、しかし、イズミは前に僕に訊いたよな。『ワタシはどこから生まれたのか?』と」
AIドールの生の疑問だ。
それはある意味、人間と同じだ。
イズミは何やら言葉を選んだ後、
「ワタシも、オトナになりました・・というわけです」
イズミは相変わらずの無表情な顔で淡々とそう言った。
何だよそれ? イズミのセリフに吹き出しそうになった。
大人?・・というわけです・・ってどういうわけ? それ、自慢してるのか?
「なんだよそれ? お前、いつのまに大人になったんだ?」
そう僕が訊くと、
「AIとしてのドールは学習します。そのスピードは、人間のミノルさんよりもはるかに速いスピードです。すぐにミノルさんの頭を追い越します。それは、あっという間です」
イズミは「言ってやった、負かしたぞ!」という風にまくし立てた。
AIドールは成長する・・そういうことか?
そうか、それなら頼もしい。ネットでいい加減な情報に触れるよりも、当のAIドールから聞き出す方がより確かな話がきけるかもしれない。
にしても、人間のミノルさんより、って、それも頭を追い越すって、
言い方が腹立つ! 他に言い方はないのか?
礼儀作法も学習させないとな。
ここは気分を落ち着けないと・・イズミの機嫌を損ねたら、肝心の話が訊けなくなってしまう。
「イズミのことはわかったよ・・イズミは自分がAIドールだと認識しているんだな?」
僕の問いにイズミは「モチロンです」と答えた。「もちろん」が「あたりまえです!」に聞こえるのは気のせいか?
そして、ここからが本題。
「イズミは他のAIドールのこともわかるのか?」
僕の今知りたいことが、それだ。
「ミノルさん・・イミ不明です。他のとは? 『他の』はおおすぎてハアクできません」とイズミは言った。
僕の言う意味が伝わらなかったか・・
僕は植村のお母さんAIドールが、自分をAIだと思っていない、と聞いた。
そんな現象があるのか? それを知りたいのだ。
「他のAIドールって、そんなに数多いか?」
「ウゾウムゾウです」とイズミは答えた。
有象無象? それ、こんな時に使う言葉か?
だが、そうかもしれない。AIで制御している機械や人型人形など、多すぎて説明できない。
つまりは僕の訊き方が悪い、ということだ。
もっと、絞って訊かないと・・
「つまり、イズミと似たようなドール・・のことだ」
「このワタシ、イズミと似たようなドールですか」
と言ってイズミは考え始めた。頭の中を整理しているようだ。
しばらく間を置いて、イズミは口を開いた。
そして、こう言ったのだ。
「ワタシと同じ型・・イズミ1000型のことならワカリマス」
イズミ1000型・・?
「おい、イズミ1000・・とは何だ?」
イスミは答えない。口を真一文字に結んでいる。
「1000は別にいいとして・・なんでお前の名前が番号に冠されているんだ?」
僕が強く言うとイズミは、
「今、つけました」と即答した。
「今つけた?」
僕の表情を見て、イズミは少し躊躇った後、
「カッコイイ・・かと・・」と短く言うと、恥ずかしいのか、そっぽを向いた。
何だよ、それ。ドールなりの変なプライドというやつか?
自分で言った言葉が恥ずかしいのか?
「まあいい・・イズミ1000ということにしよう。イズミと同じ型のドールはイズミ1000型だな?」
僕が念を押すと、「ワタシが付けた呼び名を採用してくれたのですね」という感じの顔をしながら僕の方に向き直った。あくまでも僕が感じた表情だ。別にそんな顔をしているわけではない。
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