第101話 何者?②

 僕は伊澄瑠璃子の話、そしてこれまで経験したことを繋ぎ合わせて整理していく。

 すると、見えてくるものがある。

 それは、

 伊澄瑠璃子が、山の中で、姉のレミの変わり果てた姿を見つけたという話と、

人間の体内に宿る「あれ」だ。

「あれ」の正確な姿、そして、その存在については、まだ分からないことの方が多い。

 例えば、どれほどの数いるのか?

 それは、まだ増え続けるのか? それとも拡散には、終わりがあるのか? 

まだ知らないことだらけだ。

 そして、気になっていることがある。

さっきの渡辺さんの妹、サヤカの体を食い尽くしたのが、伊澄さんの姉のレミの分身なら、

 ・・食べるには大きすぎる。

 伊澄瑠璃子のしなやかな美しい体。

 そんな体と、「あれ」の大きさが非常にアンバランスだ。

 その回答のように伊澄瑠璃子は、切れ長の瞳を更に細め微笑み、こう言った。

「レミ姉さんを食べたのはいいのですけど、問題は、その後」と更に微笑み、「レミ姉さん、私の中で、どんどん大きくなっていったのよ」と続けた。「とても、私の体の中に入り切らないくらいに」そう言っている顔はなぜか喜びに満ちている。


 すると、これまで黙っていた君島さんが、苦虫を噛み潰したような顔で、

「その変なのって、血を吸うんでしょ?」と言った。

 伊澄瑠璃子が「ええ」と応えると、君島さんは、

「そんなの、ただの化物じゃない!」と吐き捨てるように言った。

 君島さんが言った意味、それは、「そんなのは、あなたの姉でも何でもない。血を吸う化物だ」ということなのだろう。君島さんらしい指摘だ。

 君島さんのきつい言葉に伊澄瑠璃子の眉がぴくっと痙攣したように見えた。

 確かに君島さんの言う通り、あれは化物に違いない。しかし、この状況で、伊澄瑠璃子の機嫌を損ね、彼女を敵に回すのは好ましくない。

 僕は君島さんに、耳打ちするように、

「君島さんにはそう思えても、伊澄さんにとっては大事なものかもしれないよ」と言った。

 今はそれくらいしか言えない。

 僕は話の続きが聞きたい。

 

「伊澄さん・・」神城が恐る恐る訊いた。

「入り切らないって・・だから、他の人に入れていったの? その中の一人が、奈々だっていうの」

 たぶん、そう思う。神園の指摘通りだろう。

 伊澄瑠璃子は血を吸わない。

血は、本体である伊澄レミの変わり果てたものが吸ったのだ。レミが、血を吸った後に、妹の伊澄瑠璃子がレミの分身を入れていったのだ。

完全な人間として、姉のレミを蘇らすために・・

だが、そんなことが出来るのは人間の所業ではないし、人間はそのようなことをしようとも思わない。

仮に伊澄瑠璃子にそんな力があるとすれば、それは何か別の力ではないだろうか?

伊澄瑠璃子以外の何者かの大きな力・・それは何だ? 彼女以外に誰かがいるのか?


さっきの呪詛のような言葉・・「私たちは、醜い心をこの世界から排除する」

あの声は誰だったのだろうか。

そして、僕に対してだと思われる言葉。

「醜く歪んだ心の持ち主・・それは、お前だ」

どうして、僕なんだ。

窓のガラスがガタガタと鳴った。風ではない。

「屑木くん、あ、あれ・・」神城が口に手を当て、片方の手が窓を指した。

 薄汚れた窓のガラスに、顔が張り付いている。

 外にいたような老婆の顔だ。飛び出た目がこちらの様子を伺っている。それも一人や二人ではない。その後ろにもいる。

 ご近所の様子が気になって覗いているのではないのは、すぐにわかった。あの老人たちは、僕たちの血を欲している。

 窓に顔を押しつけている老婆の後ろから別の老婆が押している。ガラスがミシミシとなっている。たぶんあの老婆たちは窓を破って入ってくる。


そんな様子を見て伊澄瑠璃子は、

「あら、結界が切れたのかしら?」冷めた口調で言った。「もう少しお話をしたかったのだけれど、残念ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る