第62話 三角関係?②
だが、そんなことより、大きな問題がある。
僕にまた吸血願望が出てきて、神城の血を吸いたくなるという不安だ。
もちろん、これまでにそんな不安があり、実際に血を吸いかけたこともあった。だが、今は、それ以上に不安な要素がある。それは、
君島律子が神城の血を吸ったりしないか、ということだ。
一応、君島さんには前もって訊いておいた。
「親の血を吸ったりしなかったか? 吸っていなくても、吸いたくならなかったか?」
だが、君島さんは「屑木くんの血を吸ったせいかな。そんな気分にはならなかったわ」と答えた。
そんなものなのか・・ひょっとして血液型とか、関係があるのだろうか?・・いや、それはない。吸血鬼化した時点で血液型は関係ないと推測する。
僕と母は血液型が違う・・母はB型、僕はO型・・けれど、母が包丁で指を切った時、流れ出る血を見て吸いたくなった。
「私がちょっと風邪をひいて休んでいる間に、随分と仲良くなったものね」更に神城はご機嫌斜めだ。コーヒーにも手をつけず、僕と君島さんの様子をじーっと観察している。
「その理由を話すよ」
「早く、理由が知りたいわ・・だって、君島さんは、ついこの前まで、屑木くんのことなんか目もくれなかったじゃないの。どちらかと言うと、危ないところを助けてくれた松村くんに気があるのかと思っていたわ」
そう言った神城に君島さんが、
「私が、バカだったのかもしれませんわ。屑木くんがこんな素敵な男性だと、今の今まで気づかなかったのですもの」と言った。
「ちょっと、君島さん、松村くんに助けてもらったのを忘れたの? 体育の大崎先生に襲われそうになったでしょう。憶えているわよね」
神城が激昂気味に言うと、
「だって、私たち、お互いに血を吸い合った仲なんですもの」と勝ち誇ったように言った。
言われた神城は、
「お互いに血を吸ったですって!」とヒステリックに言った。
「おい、神城・・声が大きい」僕は昂ぶった神城を戒めた。「ちゃんと最初から話すから、落ち着いて聞いてくれ」
そして、僕は屋敷内でのことをぶちまけるように話した。佐々木の了承もなしに、佐々木のことも話した。佐々木は「屑木くんにまかせる」と言っていたから、大丈夫だと確信していた。
話の途中、神城は何度か、絶句するような顔になったり、声を洩らしたりしていたが、最後まで話を聞いてくれた。
神城も、僕と同じように、色んな場面に遭遇しているから呑み込みが早かった。
ただ、僕は神城に言っていないことがある。
それは、神城の血を吸いたくなったこと。そして、景子さんとの遭遇のことだ。 何となく言うことがためらわれた。
話を聞き終えた後、神城は、
「それで・・これからどうするの?」と尋ねた。
「どうって・・」どうしたらいいのかわからない。こっちが訊きたいくらいだ。
神城は「私が思うに・・まず、あの幽霊屋敷にはいかないこと・・」と言ったはいいが、次の言葉が見つからないでいる。
神城はコーヒーを少し飲み、「担任の上里先生に報告する・・」と言いかけ、「頼りになりそうにないわね」とため息をついた。
「屑木くんは、ご両親には言っていないのよね」
僕が言っていないと答えると神城は、「私は両親に言ったわ」と答えた。「屋敷に行ったことも、白山さんのことや体育の大崎先生のことも」
「両親は何て言っていた?」
「それが、両親もよくわからないみたいなのよ。取り敢えず、娘の私には何もないわけだし。ただの奇異な現象としてしか、理解していないみたい」
そんなものなのか・・
奇異な現象どころか、既成概念がひっくり返るほどのことだった。
こういうことって体験しないと分からないのかもしれない。自分が血を吸われたり、口の中に「あれ」を入れられたり。
神城はこうも言った。
「前にも言ったけど、みんなおかしいのよ。親もそうだけど、生徒たちも・・集団 催眠のようなものにかかっている・・そんな気がするのよ」
「僕もそう思う・・学校だけではなく、この町全体がおかしい」
伊澄瑠璃子を中心として、何かが狂いかけている。
体育の大崎に始まり、屋敷での出来事・・それらに続いて教室での乱闘騒ぎ、そして、昨日の事・・こんな小さな町では大騒ぎになりそうな出来事ばかりだ。
けれど、翌日には、何ごともなかったように元の様相を取り戻している。
「それで、屑木くん・・今も誰かの血を吸いたいの?」
神城にまじまじと見られ、そう訊かれると、ドキッとする。
血を吸う・・今は治まっているが、いつ何時、また血を吸いたくなるかわからない。それは君島律子も同じだ。
「いや・・今は、吸いたくないし、もう大丈夫かもしれない」
僕はそう言って、不安がる神城を安心させた。
すると横の君島律子が「屑木くんが血を吸いたくなったら、いつでも私の血を吸ってもらってかまいませんわ」と言った。
その発言にムッとした神城は「君島さんには聞いていないわ。屑木くんに訊いているのよ」と強く言った。
そう言った神城を更に無視して君島律子は、
「私は、今でも屑木くんの血を吸いたいですわ・・でも、あんまり血を吸うと、屑木くんに怒られるから我慢しているのよ」と言った。
それ、本当か? 単に神城に対する当てつけだろ。
神城はそんな僕たちの様子を見ながら、何かを堪えているように見えた。
そして、意を決したように、
「屑木くんが血を吸いたくなったら、私の血を吸ってもいいわよ・・少しくらいなら」と言った。
「え?・・」
今、神城は何と言ったんだ。「私の血を吸ってもいい」だと?
「あのなあ、神城、簡単に言うけどな。血を吸われたら、吸血鬼化するんだぞ。それでもいいのか?」
僕が強く言うと、
「それは、困るわねえ・・私、吸血鬼になったら、私、家族の誰かの血を吸っちゃいそう」と神城は他人事のように言った。
そんな様子を見て君島律子が、
「いやですわ、屑木くん。血を吸うのは私だけにしてちょうだい」と甘えるように言った。
どうやら、吸血鬼問題とは関係なく、男女の三角関係という別の問題が生じているようだった。
・・そう思った時。
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