第59話 吸血鬼バトル①

◆吸血鬼バトル


 そんな僕らのやり取りを見ながら、男が、

「おい、お前ら。俺たちに催眠をかけたといい気になっているだろ」と言った。

 男に合わせて女が、「あんたたち、まだ血があるじゃない」と松村と佐々木を見ながら言った。

 松村や佐々木に血がある・・僕と君島さんと同じように・・

 僕は松村に「そうなのか?・・血があるのか?」と尋ねた。

「ああ、血はあるさ・・屑木や君島さんとの違いは、俺と佐々木の体の中には『あれ』が入っている・・そういうことだ」

 松村の言葉が終わらぬうちに、女が、

「だから、その残りも一滴残らず、全部、私が吸い取ってあげるわ」と叫ぶように言った。


 そのまま女は天を仰ぎ見た。月を見るように顔を上げ、そして、口を大きく開けた。

「んあああっ」女の口が大きく開いた。

 顎が外れているのではないかと思うくらいに開き切った。

 松村が言っていた・・体が柔らかく・・いや、骨がやらかく、と。

 あいつら、骨を自由に折り曲げられるのか?


 んごっ、んごっ、と女の意味不明の声が洩れたかと思うと、

 女の口元に、舌であるはずの部位が垂れ下がり出てきた。

 舌の代わりに、女の体の奥底から出てきたのは、さっき楽器のケースから這い出てきたような、『あれ』の小型版だった。

 小型と言っても女の口を壊してしまうくらいの大きさだ。しかも、それには小さな蛙のような手が点いている。手は女の口の端を支えにして這い出ようとしている。

「はあああっ」大きな息を吐いたようだ。まるで人間の呼吸のように。


「ひいっ」君島さんの細い声が上がった。「や、やだ・・気味が悪い」

 あれが、直接、僕たちの血を吸うのか?

 女が、口を使って血を吸うのではないのか? それが本来の吸血鬼というものだと思っていた。


 そんな僕の疑問を解消するように、松村が言った。

「あれは、移動体なんだ。あれの本体は屋敷の中だ」

「ケースから這い出てきたのがいたぞ・・あれが本体か?」

 僕がそう言うと、

「それは、僕は見ていないが、要するに本体は人間のサイズだ」と松村は答えた。

 人間のサイズ・・それは人間のようなもの。

「松村・・お前は、あれが血を吸う、と言っていたよな?」

「そうだ・・あれが血を吸うんだ」

「それなら・・屋敷の大きな奴も、女の口からはみ出ているのも血を吸うのか?」


 僕がそう訊くと松村はそこまでは知らないのか、言い澱んだ。

 すると今度は、男の方が笑いながら、

「俺たちは、口から血を吸う・・だがな、それだと、けっこう要領が悪いんだ。時間もかかる」と言った。

「ほら・・見てみろ・・『これ』を使えば、まとめて大量の血を吸い上げることができる」

 得意気に言う男の口からも、あのねっとりした物が出かかって左右にふるふると動いている。まるで獲物を探しているかのようだ。

「こいつを人間の口の中に差し込めば、ものの数分で血を全部吸い上げることが出来る」と誇らしげに説明した。

「だが、これは小さくて、本体ほどには吸引力がない・・離れている人間の血は吸うことが出来ないんだ。だから、催眠を使って相手を引き寄せるんだよ」

 そういうことか、

 屋敷で見た白山あかねから飛び出た血も、さっき佐々木から吹き出した血も、強い吸引力があるから出来たということか。

 だが、こいつら男女の中にある「あれ」は小さくてそんな芸当はできない。対象の人間の口の中に入れなければ吸えない。

 ならば、こっちは催眠にかからないようにして逃げるだけだ。


 そんな状況の中、松村は、

「屑木・・早く行け! ここから出るんだ」と叫んだ。「君島さんを頼んだぞ」

「松村、わかった」

 仕方ない。本当は松村と佐々木を置いて僕だけが逃げるわけにはいかない。

 だが今の僕には君島さんという守らなければならない女の子がいる。


 君島さんが僕にすがり、

「屑木くん・・あ、あれ・・」と女から出てくる異体を指した。

 女の口から這い出た物は夜の空に昇るように出たかと思うと、今度はズルズルと垂れ下がりながら出続けている。


「君島さん、わかってる・・だから、あれから逃げるんだ。あいつが、僕らの血を吸うんだ」

 その時、君島さんの異変を感じた。

「あ、あれ?・・屑木くん・・私、体が動かない」全身をビクビクと震わせながら君島さんが訴えた。

 まさか、あれを見たら・・

「君島さん。見ちゃダメだ!」松村が叫んだ。「あれを見ると、体を動かせなくなる」

 催眠を仕掛ける本体が、あの異形のものだったんだ。

 あれが体内に入っている者、あの男女や、松村、佐々木は他者に催眠をかけることができる。

 松村は僕の推測を補足するように、

「あいつらの目・・そして、体内にあるものを見ると、体を動かせなくなったり、相手の言いなりになったりする」

 つまり、あれを見たり、あいつらの目を見なければ、催眠にはかかからない。

 しかし、君島さんは見てしまった。僕も見たが、僕はかかっていないようだ。


「どうしよう・・屑木くん・・」君島さんが泣くような声で言った。

 しかし、何か方法あるはずだ。

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