第45話 記念写真

◆記念写真


 大きなサイレンを鳴らし駆けつけて来た救急車にレイカさんが担ぎ込まれ、仲間の一名が付き添いで同乗した。レイカさんを刺したエリ子という女子は警察に事情聴取されることになった。他の二名も同様だ。

 更に僕たちも同じだ。僕と佐々木は目撃者だ。伊澄瑠璃子も例外ではなく当事者だ。

 伊澄瑠璃子がこんな事態に巻き込まれることを想定して、皆を操っていたのか、それはわからない。

 幸いにも、レイカさんの傷は深くはなかったらしい。命に別状もない。

 だが、肉体の傷よりも、心の傷も後に残るようだ。

 不良女子たちは、エリ子の突然の行動を理解できないらしく、「なんでエリ子が・・」と繰り返していたらしい。


「あの出来事は何だったんでしょうね」

 警察からの事情聴取から解放された後、佐々木はそう言った。

 帰りが遅くなってしまった、と考えながら、川沿いの道を二人で歩いた。

 僕は佐々木の疑問に対して、

「推測するに・・伊澄瑠璃子の催眠じゃないか? あの時、つまり教室や幽霊屋敷と同じだ。いつだって、おかしな出来事には彼女がいるし、絡んでいる」と言った。

 佐々木は「うーん」と考え込み、

「私もよくわかりませんが、でも、今日は、私たちのクラスとは別の人達が絡みましたよね」と言った。

「そうだな・・今までは、僕たちのクラスの中でのことだった」

「今日は、上級生たちに惨事がありましたよね。私たちは、たまたま通りかかってそれに遭遇しましたけれど・・」


「他のどこかでも、似たようなことが起きているかもしれない・・そういうことだな」

 と僕は言った。

「私、そう思うんです」

 他の場所でも、他の人達にも奇異な現象が起きているとしたら?

「なあ、佐々木、変な出来事は、伊澄瑠璃子の住んでいる・・この町だけのことなのかな?」

「どうなんでしょう?」と佐々木は首を捻り、「この町限定だったら、他の町に越せば、問題ないということですよね」

 そんなことをするわけにはいかないし、引っ越して、その先でも伊澄瑠璃子のような人間がいたら何にもならない。

「屑木くん・・伊澄さんがどこに住んでいるのか知っていますか?」と佐々木は訊ねた。

「いや、知らない。噂では、お金持ち・・大きな屋敷に住んでいるとか、取り巻きの女子たちが言っていたな・・だが、それはただの噂だ」


 伊澄瑠璃子の家・・

 想像も出来ない・・家があるとするならば、親もいるだろうし、兄弟だっている可能性もある。更に想像ができない。

 仮に兄弟がいるとしたら・・もしそれが女兄弟で、姉とか妹なら、彼女と同じように、崇高な美貌を備えているのだろうか。


「屑木くん・・思い出してください」と佐々木が強く言った。

「何を?」と尋ねると、

「あの体育倉庫近くの物置小屋で、伊澄さんと大崎先生以外に誰かがいたような気がしたことを」

「覚えているよ」

 物置小屋の中には伊澄瑠璃子と体育の大崎以外に、何かがいた。

「それは、あの幽霊屋敷でもそうだった・・何かがいた。神城も言っていたしな」

 僕の言葉を受けて、

「私と、涼子ちゃんがそう思ったのなら、そうなんでしょうね。やはり、いたんですよ」と、佐々木は言って「けれど・・」と続けた。

「けれど?」

「けれど、教室の時、今回の非行グループの時には、そんなことは感じませんでした」

 そう佐々木は断言した。

「そう言われてみれば、そうだな」と、僕は言って、

「それがどうしたんだ? それに、その違いは何だ? わかるのか?」と佐々木に強く訊いた。

「屋敷と物置・・そして、教室と非行グループの現場の違い・・」

 わからない・・

「その違いは、滞留・・じゃないでしょうか?」

 滞留・・とどまっている、という意味か。

「すまん、佐々木。わかるように言ってくれ」

「つまりですね・・屋敷も物置も密室に近い・・その別の何かは、ずっとその場所に居続けることができる・・しかし、教室や、さっきの道端では、いることが出来ない。留まれないんですよ」

 佐々木はそう説明した。

 うーん。よくわからないが、

「何となくわかる・・それに、屋敷も物置も暗い・・教室や道端は明るいしな・・逃げ場なしだろ」と僕は合わせた。


 更に佐々木は、

「それと、私、ずっと気になっていたんですけど・・」

 と、別の話に振った。

「何だ?」と僕が言うと、佐々木は鞄から封筒を取り出し、更にその中から何やら取り出した。それは写真だった。

「屑木くん・・この写真を見てください」と佐々木奈々は言った。

「昨晩、これを見てたんですけど、気になって、屑木くんに見せようと、持ってきたんです」

 僕が「どれ」と顔を寄せると、「屑木くん、顔が近いです」と苦情を言うので、僕はその写真を佐々木から受け取り見た。

 それは高校の何かの催しの時の記念写真だった。

「佐々木が映っているな・・神城もいる」と僕が言うと、

「私たちのことは、どうでもいいんです」と言って、

「それより、この人を見てください」と写真の端の方を指した。

 20人ほど生徒が並ぶ写真・・その端には、その時の担任の先生、そして更にその横に、保健室の吉田女医が映っていた。

 吉田先生・・ぱっと見・・彼女だとは分からなかった。

「吉田先生、おかしくないですか? 今とイメージが全然違いますよね」

「確かに・・違う」

 なぜか、この時の写真は眼鏡をかけているし、髪も短く整えられている。

 何より驚くのは、写真とはいえ、雰囲気がまるっきし違うことだ。

 写真の吉田先生は痩せぎすな感じで、色気もまるでない。しかし、教室で見た彼女は、豊満かつムッチリしていたし、色気ムンムンだった。男子生徒達の目をくぎ付けにしていた。

 雰囲気が違うと、顔も違うように見える。まるで別人だ。


「どうして、こんなに違うのでしょうか?」と佐々木は疑問視した。

「わからないな・・」

「私・・女の感ですけど、吉田先生は、抑圧されていた心を解き放った・・そう思うんです」

 抑圧されている心を解き放つ。

「それは、何が原因でそうなったのだろう」

 吉田女医の変化は伊澄瑠璃子が関係しているのだろうか?

 少なくとも、保健室にいた時、吉田女医の首筋には、穴が開いていた。

 彼女は何者かに血を吸われ、伊澄瑠璃子に体の中に何かを入れられた。


 そして、潜在的な欲望を解き放った。大人しく地味な吉田先生から、強烈にセクシーな吉田女医に変貌した。

 そんな大雑把な推察も成り立つ。

 伊澄瑠璃子は吉田女医のことをこう表現していた。

「中身の変わった吉田先生は、勝手に自立歩行を開始した・・」


 伊澄瑠璃子には、人の心の中に潜む欲望を表にさらけ出させる力があるのだろうか?

 それなら、僕の心の中には何があるのだろう。


 それにしても、分からないことだらけだ・・

 それは僕だけではなく、佐々木も、神城もそうだろう。

 だが、こんな問題に直面しているのは、僕たちだけなのだろうか? 父や母も知らない。

 そんな僕の不安をよそに、松村は君島律子とあの幽霊屋敷に行こうとしている。

 放っとけば、君島さんは血を吸われる・・

 僕はそんなことを考えながら、川の向こうに沈みかける夕陽を眺めた。


「屑木くん。私の家、こっちだから」と佐々木が別方向を指した。

「じゃ、また明日」「屑木くん、バイバイ」

 佐々木とはそこで別れた。しかし・・


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