第24話 吸血鬼②

「うふっ、屑木くん、神城さん、お二人、そんなに目を大きく開けて、一体どうしたのかしら?」

 伊澄瑠璃子はまるで僕たちを冷笑するかの如く、そう言った。


 神城は「ええっ?」と自分の目と頭が信じられないと言わんばかりの表情だ。

 佐々木は、「涼子ちゃん・・白山さんは確かに血を出していましたよね」と念を押すように言った。救急車を呼んだことが恥ずかしくなってきたのだろう。


「君たち、血を流しているという急病人はどの人だ?」

 隊員の一人が佐々木や僕に訊いた。

「白山さんが突然、血を流し出したんです」佐々木は白山を指しながら救急隊員に説明した。

 当の白山あかねは「私、血なんて出していないわ」と答えた。

 そして、

「そうですよねえ。伊澄さん」と伊澄瑠璃子にしなだれるように言った。

 おかしい・・白山あかねの人格が変わったように見える。あんなに怯えていた白山あかねはどこに行ったのだ。

 黒崎みどりまでもが、「私、あかねとは仲がいいから、ずっと見てるけど、血なんてこれっぽっちも流していませんわ」と同調した。

 おかしい・・黒崎は僕の喉に噛みついた女だ。


 救急隊員の一人が大きく息を吐いた。呆れ返っている。

「最近、骨の事故、骨折が多いんだ・・またその類かと思ったよ」

 骨の事故? その類?

 おかしく思い僕は佐々木に「あの人たちに、クラスメイトが血を流し始めた、と伝えたんだろ?」と訊いた。佐々木は「私、ちゃんと言いましたよ」と答えた。

 一部の隊員は状況を見ながら、担架を片づけ始めている。

「ごめんなさい・・」と佐々木はとりあえず謝って取り繕った。


 僕は首筋に手を当てながら、

「なあ、神城・・ここに噛み痕とか・・付いていないか?」と訊いた。

 神城は口に手を当て「あ、あるわ・・小さいけど」と小さく言った。 

 噛み痕は消えていないのか。

 それならば、あれは何だったのか? 

 体中の血を全て吸われて、体が萎んだはずの白山はどうして元の体に?

 そこまで考えた僕は、はたと思い当たった。

 伊澄瑠璃子が白山あかねの萎んだ体に・・何かを入れたのだ。それで元に戻った。

 ならば、黒崎みどりは?

 白山あかねに血を吸われた黒崎の体は萎んではいなかった。

 首に穴が開き血が噴き出すのと、血を吸われるのとはまた別のものなのか。

 僕は喉元に手を当てながら考えた。


 救急隊員の一人に「今度から、ちゃんと状況を見て電話しろよ」と注意された。

 佐々木は「すみません」と重ねて謝った。佐々木に非はない。

 神城が「絶対におかしいわよ」と何度も言っている。

 確かにおかしい。僕と神城、佐々木の三人が揃って夢でも見たというのか。


 隊員が帰り際に「君たちも早く帰りなさいよ」と言うと別の隊員が「こんな所で何をしてたんだ?」と言ってにやにや笑った。

 神城は薄気味悪い顔の隊員の質問には答えずに「屑木くん、奈々、もうここを出ましょう」と言った。

 佐々木が「伊澄さんたちも帰るでしょう?」と声をかけると伊澄瑠璃子は、

「そうね。松村くんの顔のことも結局わからなかったようですし・・帰りましょうか」と答えた。

 廊下を歩きながら、神城が白山たちに「あなたたち、本当に大丈夫なの?」と何度も尋ねたが、何を訊いても「何もないわよ」と冷たく返されるばかりだった。

 伊澄瑠璃子たちの後ろを見ながら佐々木が、

「白山さんと黒崎さん、仲がよくなったみたいですね」と小さく言った。

 神城は納得いかない様子だ。

「おかしいわよ。あんなに揉めてたのに・・ありえないわ」


 屋敷を出ると外は真っ暗だった。

 またこの茂みを歩くのか・・しかも真っ暗。

 ザクザクと雑草を踏みしだく音だけが聞こえる。

 佐々木が、「このお屋敷、誰も逢引なんてしてませんよね」と言うと、

 神城も「本当よ。楽器だけ置いているだけじゃないの。汚いし」と言った。

 あちこちから伸びた枝がピンピンと体に当たった。

「あのケースの中身、本当に楽器なのか?」と僕が言うと、

「もうッ、屑木くん、変なこと言わないでよ。ただでさえ怖かったのに」と神城が言った。

 神城は続けて、

「そんなことより・・私たちが見たのって・・あれは一体何だったの?」と言った。「夢じゃないわよね」

 佐々木も「私も確かに見ましたよ」と言った。「白山さんの首から血が噴き出すのを」

 僕たち三人は確かに見た。あれは吸血鬼でしかない。

 その証拠に、僕の首筋には黒崎みどりの噛み痕がある。

「でも、白山さんは、あんなに元気そうにしてますしねえ・・」

 佐々木が白山あかねの後姿を見ながらそう言った。

 

「あの二人の顔を見たか?」と僕は神城と佐々木に尋ねた。二人が、「そんなによくは見てないけど」と答えると、

「僕には黒崎みどりと白山あかねの顔に穴が開いているように見えたんだ」

「ウソでしょ」

 僕は「こうやって目を細めると・・そう見える」と僕は目を細めながら言った。

 そう・・目を細めると、確かに、松村や体育の大崎のように顔の中心が空洞のように見えた。

「そうは見えなかったけど」と神城と佐々木は口を揃えて言った。

そんな話をする僕たちを無視するように、白山と黒崎が、伊澄瑠璃子の両サイドを固め、前を歩いている。

 まるで本当の双子になったみたいに。


 神城は、広間に僕たち以外に「他に誰かいる」と言っていた。

 僕は神城にそのことを訊ねた。

「確かに、誰かいたような気がするの・・人かどうか、そこまでは分からないけれど」

 神城は何かを思い出すような顔で、

「白山さんの血は・・その人の所に流れていたような気がするの」と言った。

 

「この話、誰かに聞いてもらわないといけないわね」と神城が言った。「絶対におかしいもの。みんなもそう思うでしょ」

「誰に言いましょうか?」と佐々木は歩きながら考えている。「少なくとも両親には・・家に帰ったら絶対に言います」

 親か、先生か・・

 こんな時、僕は誰に相談すればいい?


 茂みを抜け、鉄条網の隙間を抜けると、

 救急車が担架を搬入させているところだった。回転灯が静かに回っている。

 車の周りで隊員たちが書類を書いたり、連絡をとったりしている。

 すると、佐々木が地面から何かを拾い上げると「これ、救急隊員の物ですよね?」と言った。見ると包帯?・・三角巾のようだ。骨折を想定して持ってきたのだろうか。

「私、届けてきます」と言って救急車の方に駆けていった。


 佐々木が救急車から戻ってくると、僕たち三人は伊澄瑠璃子とその取り巻き二人と別れ、

 街灯で明るくなった道を歩き始めた。

 僕たち三人はしばらく黙っていたが、佐々木が突然、

「私、見たんです」と僕と神城の顔を見ながら言った。

 僕が「何を?」と訊くと、

「私の気のせいかもしれないですけど・・救急隊員の人の一人の首筋に・・」

 首筋?・・まさか・・

「首筋に小さな穴が開いていたんです」

 そう言って佐々木は「たぶん・・私の見間違いですよね」と打ち消すように言った。

 見間違い・・だといいが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る