第12話 顔の渦の中②

 すると、

 伊澄瑠璃子が大崎先生の傍らまで歩を進め、

「大崎先生・・上里先生がお呼びですよ」と息を吹きかけるように言った。

 その抑揚の感じられない声に、大崎先生は、

「ああ・・そうだったな」と従順な声を出し鏡から離れた。

 こちらを見たその顔は、爪で深く掻きむしった傷跡と血で酷い有り様だった。

 上里先生と佐々木が小さな叫びを洩らし、神城は顔を背けた。


 伊澄瑠璃子はそんな大崎先生の顔を見ても平気なのか、

「あら、大崎先生、お顔が大変なことに」と言って、

「はやく保健室に行って手当を受けてくださいね」と促した。

 大崎先生は「ああ、そうだな・・わかった」と答え歩き出した。

 そして、伊澄瑠璃子は、

「先生、ちゃんと自分の力で行くのですよ」と子供に言うように声をかけた。

 大崎先生はまるでロボット、機械仕掛けの人形のように外に出て、歩き出した。


 その時だ。

 物置の奥でがさがさと音がした。

 マットやがらくたを雑に積み上げている場所だ。

 その音にいち早く反応した伊澄瑠璃子はその方向を見据えると、何やら「しゅっ」という声、いや、音を出した。

 すると、がさがさという音は静まったが、大きな黒い影が、ずるずると移動するのが見えたような気がした。

 佐々木奈々は上里先生が来るまでに言っていた。

「ねえ・・あの中に、もう一人、誰かいなかった?」と。

 僕の見たのがそれだったのかはわからない。


 上里先生は伊澄瑠璃子に「伊澄さん、本当に何もされなかったのね」と念を押した。

 伊澄瑠璃子は静かに微笑み、「ええ」と答えた。


 上里先生は「なら、よかったわ」と言って僕たちと伊澄瑠璃子に、

「大崎先生には、手当てが終わったら、ちゃんと話を聞いておくことにするわ」と言って「あなたたちは教室に戻りなさい。もうすぐ授業が始まるわよ」と指示した。


 グラウンドを歩きながら、佐々木奈々が、「どうも気持ち悪いですよね」と言ったり、神園涼子が「伊澄さんは本当に何もされなかったのかしら?」と疑問を呈したりした。


 そんな僕たちの後ろを伊澄瑠璃子が歩いている。佐々木が時折振り返り「伊澄さん、大丈夫?」と声をかける。

 伊澄瑠璃子は女子生徒の憧れの対象だ。

 これがお近づきのチャンスと言いたいところだが、神城も佐々木もそうは思っていないようだ。明らかに敬遠している。


 さっき顔を出したばかりの太陽が再び陰り、不穏なムードで一杯になる。

 教室に入ると、神城が「じゃあ、伊澄さん。今度の金曜日ね」と言った。

 金曜日には彼女と取り巻きの二人と例のお化け屋敷、旧ヘルマン邸二号館に行く約束をしている。

 神城は「なんか、あそこの屋敷に行くの気が進まなくなったわ」と言った。

 佐々木も「どうして伊澄さんは、私たちと一緒に屋敷に行く、なんて言ったんでしょうね」と言った。


 それにしても、

 大崎先生がしていた行為は淫行ではなかったのか?

 淫行を否定した伊澄瑠璃子の意図は何だったのか?

 あれはどう見ても、淫行と呼べるものではなかったのかもしれないが、何らかの行為には違いないだろう。

 伊澄瑠璃子は明らかに大崎先生の体内に何かを入れていた。舌とかではなく、もっと大きなものだ。それに、あの物置小屋には二人以外にも誰かがいた。

 誰かは、人ではなく動物だったのかもしれない。あるいは・・それ以外のもの。

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